第8話 不幸な恋の残滓
「いやはや、それにしても、ここの担当者がお前だと知った時には、ぶったまげたよ。ほんと、悪いことは重なるもんなのかね。なあ、イコライも、そう思うよな?」
「……」
「ねえ『悪いこと』って、どういう意味? 私に何か問題でも?」
「細かいことは気にすんな……なあ、ミキ。この二人はまだ疲れてんだ。話なら、俺が聞くからさ。イコライとソラちゃんは先に帰してやってくれないか」
「そういうわけにはいかない。あと、馴れ馴れしくしないで」
不意の空戦から、三日後。
イコライたち一行は、とある空中都市の軍事基地にいた。
空戦が終わった直後、イコライは念のため、近隣の世界連邦軍基地に保護を求め、受け入れられていた。
世界連邦軍。
……などというものは、一応、公式には存在しないことになっている。
ただ、世界連邦政府と独占契約を結んでいる六つの巨大軍事企業……シルヴァン、ブラウニイ、トロル、サイレーン、ヴァルキア、そしてフェアリィの六社……が、俗に「世界連邦軍」と、あたかも世界連邦政府の国軍であるかのように呼ばれていた。
他の全ての軍事企業が束になってかかっても叶わないと言われるほど、強大な戦力を誇るこれらの六大軍事企業だが、世界の何もかもを支配しているわけではない。たとえば、世界連邦政府は、原則として個々の都市国家同士の戦争には介入しないことになっている。その理由は「構成国の個別的自衛権を尊重する」ためだとされている。
連邦憲章の定めるところによれば、連邦軍がその力を使うのは「人間の自由と尊厳」が脅かされた時だけだ。
……などというのがほんの建前であることは周知の事実だが、それはそれとして、戦争当事者ではない相手に対する武力の行使を監視し、抑止することは、世界連邦軍の重要な任務の一つだった。
今回その「戦争当事者ではない相手に対する武力の行使」の被害者となったイコライたちは、事情聴取のため、三日に渡る足止めを食らっている最中だった。カイトなどはそれに対して「こういうの二次被害って言うの? え、違うの?」などと遠回しな抗議をしたりしていた。
が、その足止めも、もうすぐ終わりだ。イコライ、ソラ、カイトの三人は、その日、基地の会議室に呼ばれ、これから調査結果の報告とやらを受けることになっていた。
彼らに応対した責任者の名前は、ミキ・イチノセ。若い女性士官で、階級は中尉だった。
……が、ソラはこの女性士官のことが、会った時から気になって仕方がなかった。
というのも、三日前にミキと会った時、イコライは大きく目を見開いて黙り込み、カイトは「おいおい……」と言って息を呑む、などという、異常な反応をしたからだ。ミキの方も、露骨に嫌そうな顔をしていた。
そんな三人を見たソラには、どうもこの三人は知り合いらしい、とすぐにわかった。
なのに、なぜか三人とも旧交を温めるような素振りは見せない。やり取りは至って淡々としている。というか、ところどころ刺々しいような感じさえした。
怪しい……という思いが、ソラの心を捉えて離さなくなった。直前の事件の衝撃など、一時的に吹き飛んでしまうほどに。
ミキは、ボブカットにした黒い髪が特徴の、折り目正しい雰囲気の美人で、いかにも仕事ができそうな女性だった。イコライが以前「俺は優秀な女の子が好きだよ。仕事か家事かは関係ない」と言っていたのを、ソラはふと思い出す(ちなみにソラはその時「その言い方、なんだか気持ち悪いです」と言い返した)。
だが、何よりもソラの心を浮き足立たせたのは、ミキの容姿だった。
ミキの顔は、ソラと瓜二つだったのだ。
ミキも、それに気づいているはずだった。ミキは、初めてソラを見た時、ソラの顔を食い入るように見つめながら、呆然としていた。そして以後、決してソラと目を合わせようとしなかった。気持ち悪い、と、その横顔が言っていた。
そこで、滞在初日の夜、ソラはイコライが寝静まった後でこっそりホテルの部屋を抜け出して、カイトが泊まる部屋を訪ねた。
なぜカイトに聞こうとしたかというと、どうもこれは、イコライに直接聞くのはやめた方が良さそうだと、彼女の思考回路のある部分が告げていたからだ。
カイトの方では、ソラが来ることを予想していたようで、ソラを部屋に招き入れると、二人分のコーヒーを入れ、自分はベッドに腰掛け、ソラをライティングデスクの椅子に座らせて、こう切り出した。
「ソラちゃんの聞きたいことは大体わかってるよ。イコライとミキの関係だろ?」
「さすが、察しが良いです」
「まあ、ソラちゃんがそんなに目に力を込めて聞いてくる事なんて、あの男のことに決まってるからね」
カイトは「まったく幸せなやつだよ」と言って笑ってから、話を続けた。
「俺たち三人はさ、同級生だったんだ。同じ戦闘機パイロット養成校の、同じクラスの出身」
「……それだけじゃ、ないですよね?」
「ああ、それだけじゃないよ」
カイトはあっさりと認めた。
「色んなことがあった。本当に、色々なことがね」
「一体、何が」
「それはね、全部は言えないな。イコライから直接聞きなよ」
「そうですね……あ、でも、一つだけ教えてくれませんか」
「何?」
「昔、イコライさんにひどいことをした女の人って……ミキさんですか」
カイトは驚いて口ごもったが、「イコライのやつ、そこまで話してたのか……」とつぶやいた後、少し考えて、話すことにしたようだった。
「……ああ、そうだよ」
嫌な記憶を呼び起こされて、カイトの表情が苦しそうに歪んだ。ソラは、いつも陽気なカイトのそんな表情は初めて見た。
「ミキは昔、イコライにひどいことをした。あいつはもう気にしてないって言ってるけど、でも本当は、いまも傷ついてるんだ。だから俺はね、ミキがイコライにしたことを、いまでも許してない」
「イコライさんは、一体何をされたんですか?」
「それは……俺の口からは……」
「……まあ、それはいいです。少なくとも、重要なことが一つわかりましたから」
「え?」
「イコライさんは……ミキさんのことが、好きだったんですね」
「……」
カイトは答えなかったが、それこそが答えだった。
ソラは続けて聞く。
「いまでもイコライさんは……ミキさんのことが、好きなんでしょうか」
「さあね」カイトはわざとらしく肩をすくめる。「俺にはわからないし、それこそ、俺がどうこう言えることじゃないよ……気になるなら、いつかイコライ本人と、ゆっくり話してみるといいさ」
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