「幼馴染って負けフラグだよな」と言った翌日から、幼馴染が『幼馴染と結ばれる』作品を勧めてくるんだが

沖田アラノリ

第1話

「幼馴染って負けフラグだよな」


 ある日、俺こと『真鍋晶』は友人との話でこんなことを言った。


 それは高校の昼休み。

 昼飯を食い終わった後に、俺は友人と今期のアニメについて話をしていたのだ。

 話題にしていたのは、今期のアニメの中でかなり注目されているラブコメアニメである。それは主人公が複数のヒロインから好意を向けられる、ハーレムものと言われるラブコメだった。


 そこに出てくるヒロインの一人に、主人公の幼馴染がいた。

 その子は小学校の頃から主人公と友人で、小中高と主人公と同じ学校に通っている。

 明るく元気で、主人公のことが大好きで、昔から一途に主人公のことを思っていて――

 そして、負けヒロイン感がすごい娘だった。


 その子は悪い子ではない、いやむしろ健気でいい子だ。

 主人公のために自分の身を顧みず行動して。

 時には別のヒロインのために行動する主人公に発破をかけて。

 いつも誰かを元気づけようと行動している。


「でも負けヒロインなんだよなあ」


 そう。負けヒロイン。

 恋愛において主人公から選ばれない存在。

 自分が選ばれなかったことに泣きながらも主人公を祝福する悲しい女の子だ。

 残念なことに、そのようなヒロインになってしまう女の子には、いくつか顕著な特徴があった。

 別に悪いことはしていないのに、主人公に選ばれないヒロインに共通する特徴。


 その特徴は様々ある。

 主人公が最初に好きになった人とか。

 年上のお色気お姉さんとか。

 何かと健気で自分のことを犠牲にしてしまう娘とか。

 青い髪のヒロインとか。

 幼馴染とか。


 例外はあるが、そのような特徴をもつ彼女たちが主人公と結ばれる確率は少ない。

 大抵の場合、ピンク髪の女とか傍若無人なツンデレとか転校生とか空から降ってきた女が主人公と結ばれている。

 特に空から降ってきた女。

 あいつらの勝ちヒロイン率は俺もビビるね。

 絶対主人公と結ばれるじゃん。なんでだ?


 閑話休題。

 今期アニメの話に戻る。

 そのような負けヒロインの特徴は、話題にしたアニメの幼馴染においても同じことが言えるだろう。

 確かにまだ主人公が誰かを選んだわけではないし、最終回が来たわけでもない。だから負けヒロインだと断定することはできないが、あの幼馴染は負けヒロインと多くの人に予想されているのだ。

 そしてその予想は外れることはないだろう。

 残念ながら。



「やっぱあの子は負けヒロインかー。晶もそう思っていたのか」

「ああ。当たり前だろ。さすがに負けヒロイン感が高いわ。そもそも幼馴染とかいう時点でちょっと勝ち目薄いというか」

「だよな。てか幼馴染と付き合うラブコメってほとんどなくね?」

「あんま見かけねえよな。やっぱ転校生が強いわ」

「幼馴染って昔から一緒にいるからあんまり女として見れないらしいぜ」

「家族みたいに感じちゃうってことかね」

「あーあ。あの子負けちゃうのかー。いい子なのになー」

「残念ですねえ。幼馴染でさえなければまだワンちゃんあったのに……」


 そんな風に俺たちはわいわいと楽しく話していく。

 皆の意見を聞き、やはり自分の意見は間違っていないと納得して俺はこう言った。



「幼馴染って負けフラグだよな」



 「あはは」「だよなー」と言って友人達が笑う。

 そうして話し込んでいくと昼休みも終わり、キーンコーンと予鈴がなった。


「やっべ。鐘なったわ」

「つぎ音楽だよな。早く行かねえと」

「あ、やべ。教科書忘れたわ。誰か後で貸して」

「わかったからさっさと行こうぜ。あの先生遅刻にうるせえんだよな」


 全く授業の準備をしていなかった俺たちは、急いで教科書と筆箱をもってあわただしく教室を出ていった。

 そして、そんな俺たちの話に聞き耳を立てていた存在に、俺は最後まで気づかなかった。




「へ、へー。幼馴染って負けフラグなんだ……」






 その翌日のことである。

 学校に行く通学路の途中で俺は幼馴染の女の子に会った。


「おはよ! 晶」

「おう。おはよう」


 その幼馴染の名前は『吉永由紀』。

 由紀とは家が近所で、幼稚園の年少からの付き合いである。

 そのまま小学校・中学校・高校と一緒の学校に行っており、かれこれ10年以上も一緒に過ごしてきた。

 家が近所で同じ高校に通っているからか、こうして通学路で遭遇することはよくある。

 俺たちはそのたびに話しながら一緒に通学していた。


 話す内容は大体がアニメや漫画やゲームに関するものだった。

 俺も由紀もアニメや漫画などの二次元が大好きで、幼いころは漫画の貸し借りやゲームで対戦することなどしょっちゅうしてきた。

 お互いが気に入ったアニメや漫画を片方に勧めることもよくある。

 その日も、由紀が面白いアニメを見つけたと言ってきた。


「あ。そういや私昨日こんな面白いアニメ見つけたんだけど知ってる?」


 そう言って見せてきたのは、数年前に放送されたラブコメアニメのサイトだ。

 確か複数のヒロインから好意を向けられていたけれど、最後には幼馴染のヒロインと結ばれた作品だ。

 どう考えても脈無しだと思われていた幼馴染が主人公と結ばれて、少し話題になっていたような。


 でも確かに話題にはなったけれど、別に面白くはなかったと記憶している。

 女の子は可愛いかったけれど特に真新しいことはない、よく言えば王道で悪く言えばテンプレのハーレムラブコメだった。

 最後の最後に幼馴染が勝利したことが唯一の他との相違点と言ったところか。


 それにこういうラブコメアニメは、由紀はあまり好きではなかったような気がする。

 普段はバトルやアクションが多い作品を好んでおり、ラブコメなんて見ていなかったはずだ。

 少なくとも他人に勧めるほどにラブコメを面白いと言うことはこれまでなかった。

 これを俺に勧めるなんて意外だ。


「これ見たことあるけど、そこまで面白くはなかったぞ。」

「え、そんなことはないよ! とってもよかったじゃん! 特に最後のあたりが!」

「あー確かに最後に幼馴染と付き合ってたな」

「そうでしょ! そうでしょ!」


 由紀はにこにこと笑顔でうなずいている。


「でもあれ幼馴染と付き合って少し話題になったけど、別に面白くはなかったような」

「その幼馴染の勝利がいいんじゃん! 長年の思いが結ばれるのがとっても感動的だったよ!」

「うーん。俺は別のヒロインが好きだったから、あんまり感動しなかったな」

「で、でもこれ少し話題になったって言ったじゃん。みんな幼馴染の勝利に感動したんだよ! 幼馴染は勝ちヒロインなんだよ!」

「確かに幼馴染が勝利したから話題になったけどさ。それは別に幼馴染を祝福して話題になったわけじゃなくて、それが意外な選択だったから話題になったんだよ。普通は幼馴染が負けヒロインだからこそ、その勝利が話題になったんだよなぁ」

「うぅ~。違うよぅ。幼馴染と結ばれるのがみんな感動したのぉ。主人公は幼馴染と結ばれるべきなのぉ~」


 なんでこいつはそんなに頑ななんだ。

 ひょっとしてあのヒロインは由紀の推しなのか?

 別にそこまで好かれているヒロインではなかったと思うのだが。

 疑問に思いながら、俺は通学していた。




 そしてその翌日の朝。

「ね、ね、こんな漫画見つけたよ。基本バトルだけど恋愛要素もあって、主人公の選択がとても素晴らしいの!」

 それは能力バトルの漫画で、最終話で主人公は幼馴染と結婚していた。

 他にもヒロインがいたが、幼馴染のヒロインと結ばれていた。

 能力バトルとしては面白かったが、恋愛要素は微妙だった。

 正直恋愛関係はいらなかったな、と思ってしまう。


「すごいよかったよね! 特に主人公が幼馴染と結婚する選択をするところがさ!」

「え? あそこ微妙じゃない? 伏線も別になくて、割と唐突だったし」

「伏線なんてどうでもいいの! 誰と結ばれるかが重要なの!」

「そんなわけないだろ。俺はどうせなら主人公の相棒やってたヒロインの方と結ばれてほしかったな」


 そのヒロインだったら少しは恋愛関係の伏線もあったし。


「そんな……。あの幼馴染の娘は頑張っていて……」

「いや恋愛に関しては特に何もやってなかったような」

「主人公は幼馴染と結ばれるべきで……」

「別に結ばれる必要はなくね?」

「も、もういいよ! 晶のばか!」


 そう言い残して由紀は学校へと走っていった。




 その翌日。

「昨日こんなライトノベルみつけたんだけど、読んでみて。ラストがとてもよかったなぁ」

 それはラブコメのライトノベルで、ラストには幼馴染のヒロインが勝利していた。

 でも二巻打ち切りの作品で、若干投げやりに終わっていた。

 ラスト、良かったか? 微妙な出来だったというのが正直な感想だ。




 その翌日。

「この漫画めっちゃ面白いからおすすめするよ。絶対に最後まで読んでね! 途中で読むのやめちゃだめだよ!」

 それはラブコメ漫画で、最後に幼馴染のヒロインと付き合っていた。

 途中で別のヒロインと付き合ったりしながらも別れて、最後には幼馴染と結ばれるというものだ。

 絶対に最後まで読めと言われたからストーリーに何か特徴があるのかと期待したが、別に大したことはない普通のものだった。

 どうしてこれを勧めてきたのだろうか?




その翌日。

「いやーこのゲームめっちゃ面白かったなあ。特に最後の結婚式が感動的でさー」

 それは有名なRPGで、結婚するのは主人公の最初の村にいた幼馴染だった。

 確かにゲームは面白かったが結婚自体はあっさりしたもので、別に感動的ではなかった。

 由紀はどこで感動したんだ……?




翌日。

「この漫画は神だよ! 全人類が読むべき名作だよ!」

 それはラブコメの漫画で、幼馴染との恋愛がテーマだった。

 恋愛対象のヒロインが幼馴染一人のみという珍しい作品だ。

 でも全人類が読むべきというのはちょっと言いすぎじゃないか?




翌日。

「こ、ここここの漫画も、おすすめ、だよ?」

 それは幼馴染とエッチしまくるエロ漫画だった。

 いやR18だぞこれ。

 なに買ってんだよ。




翌日。

「この漫画は一押しなの! 絶対読んでね!」

 通学路において、またもや由紀が作品を勧めてきた。

 ていうか、


「全部最後に幼馴染と結ばれる作品じゃねえか」

「え? なに?」


「なに、じゃないよ。なんで勧めてくる作品が全部幼馴染と結ばれるものなんだよ」

「そ、そうかなぁ。たまたまじゃない?」

「たまたまじゃないでしょ。毎日毎日よく見つけてこれるな」

「面白いものをすすめてたら、それがたまたま幼馴染が大勝利するものだったってだけだよ」

「そんなことある? 幼馴染が主人公と結ばれる作品なんてほとんどないのに」

「あるよ! いーっぱいあるよ! 幼馴染と結ばれる作品はたくさんある!」

「いやあんまないよ。幼馴染は負けヒロインは多いし」

「幼馴染にも勝ちヒロインはたくさんいるよ!!」

「そんなことないだろ。幼馴染は負けフラグなんていう言葉もあるくらいで――」




「幼馴染は負けフラグじゃないよ!!!!!!」




 由紀は立ち止まって、急に俺に向かって叫んできた。

 い、いったいどうしたんだ?

 いきなり大声を上げてきた由紀に対して困惑してしまう。


「ゆ、由紀? 急にどうしたんだ?」

「急にも何もないよ! なんで幼馴染が負けフラグなんて言うの!」

「だって実際そうじゃん。大体の作品で主人公からは女と見られていないし、実際結ばれてないし。負けヒロインでしょ」

「そんなことない! 幼馴染は負けてない! 幼馴染は負けフラグなんかじゃない!」

「一体どうしたんだ。何が不満なんだよ」


 由紀は半泣きで幼馴染は負けフラグではないと主張してくる。

 その様子になんだか悪いことをしているような気になってきてしまう。

 うーん。泣かせたいわけじゃなかったんだがなあ。


「不満なのは、晶が幼馴染に対してひどいこと言うからだよ!」

「ひどいこと?」

「そうだよ。ひどいこと言ってたよ。わ、私だって幼馴染なのに!」

「いや、由紀は幼馴染だけど、それとこれとは話がちがうじゃん」

「何が違うの!?」

「確かに幼馴染は負けがちだけどさ。それはあくまで二次元の話じゃん。現実に生きる由紀とは関係ないっていうか」

「…………確かに、そうだけどさ」


「全く。これくらいのことで泣くだなんて」

「だって! 晶が幼馴染は負けフラグとかひどいこと言うから!」

「だからそれは二次元での話だろ。現実で考えるなよ」

「幼馴染は女として見れないって言ってたじゃん!」

「そういう風潮もあるっていうだけだよ」


 俺の言葉に反論しきれなくなってきたのか、由紀の言葉が小さくなる。

 うつむいて、地面の方を向いて小声で何かを呟いている。


「でもぉ……。晶は……」

「ま、俺は別に全然ありだけどな。幼馴染」

「え?」


 その瞬間、由紀がはじかれるように顔を上げた。


「まあ別に幼馴染というだけで忌避することはないし。それに幼馴染ってことは何年も一緒に過ごせるってことだろ」

「え? え!?」


「そんなに一緒にいられるくらいなら気が合うってことだろうし、むしろ幼馴染の方がいいんじゃないか?」

「え! ほんと!?」


「ほんとほんと。アニメじゃ幼馴染は負けフラグだけど、現実なら有利、いやむしろ勝ちフラグなんじゃないか?」

「そ、そうなんだ……。幼馴染は現実じゃ勝ちフラグなんだ……。晶はそう思ってくれるんだ……」


 頬を染めて、胸に手を抑えて、嬉しそうに由紀は呟く。

 その後、由紀は意を決したようにこちらを向いた。



「うん。ここで言おう。いつまでも隠してちゃいけないよね」

「由紀。どうした?」


「ねえ。晶」


 まっすぐ俺の顔を見ながら由紀は告げた。


「私は晶が、幼馴染の晶のことが好き」


「だから、私と付き合ってください!」



 ……。

 …………。

 まあ、うすうす感じてはいた。

 これまでは別に幼馴染系のヒロインが好きなだけだと思っていたが、さきほどまでのやりとりと今の様子を見ればいくら俺でも察しが付く。

 それに対する俺の返答は決まっている。

 これまで散々幼馴染は負けフラグと言ってきた俺の答えは――


「いいよ」


 了承だった。


「俺も由紀のこと好きだし」


 そう。そもそも俺は由紀のことが好きなのだ。

 幼馴染の負けフラグ云々は、本音ではあるが照れ隠しでもあった。

 本当は(現実の)幼馴染が大好きなのである。


「え。ほ、本当にいいの?」

「いいに決まってるだろ。俺は幼馴染が好きなんだから」



 そうして、俺と由紀は交際することになった。


「えへへ。晶」

「なに?」

「やっぱり幼馴染は、負けフラグじゃなくて、勝ちフラグだなって思って」


 どうやらアニメと違って、現実じゃ幼馴染は勝ちフラグらしい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「幼馴染って負けフラグだよな」と言った翌日から、幼馴染が『幼馴染と結ばれる』作品を勧めてくるんだが 沖田アラノリ @okitaranori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ