第3話 命持たぬモノ


長山高校で殺人事件が起こった翌日、

早朝6時ごろ、

裏門に当たる虎洞門の辺りに

姿を現したのはリュウヤである。


(さて、

 グズグズしているわけにはいかない……

 さっそく、調べよう)


昨日の調査や兄への聞き込みにより、

リュウヤはある程度の事件の目星をつけた。

後はその裏付けを得るための

作業を行うということになる。


虎洞門を通り過ぎて体育館側の

建物の方を振り返る。

相変わらずテープによる封鎖は続き、

警察官や警備用ロボットの存在が

物々しい緊迫感を漂わせていた。

当然、現場への立ち入りを願っても

許可を得ることはできなかったため、

現場周辺に残された痕跡を遠目に

見ることしかできなかったわけであるが、

犯行当時の時間帯の雰囲気などを

掴むことはできた。


と、不意に校門の方に人の気配を感じて

そちらに視線を向けた。そこにいたのは……


「おはよう、ミサキさん」


リュウヤは今しがた校舎に姿を現した

女生徒に向けて挨拶をかける。

時間は朝の7時を回ったばかりだ。

朝練を行っている生徒はそれなりにいるものの、

彼女は運動部ではない。そうした部類としては、

ずいぶん早い登校だが、

彼女にとっては特別早いわけでもない、

普段通りだ。


「……おはよう。」


女生徒はごく端的にそう告げた。

彼女の所作は全てにおいて極めて無機質だ。

そう、まるで彼女は生きていることに

興味がない……

生きているようであった。


彼女の美貌や知性は一般男子生徒からは

絶大な人気を誇るものの、

その冷徹な雰囲気を前に、

他者との間にはるか高い壁を

そびえたたせていた。

彼女は先ほどのリュウヤとの出会いなど

なかったかのように、

そのまま校舎の方へと再び歩みだす。


「あ、ミサキさん。ちょっといいかな?」

「……何かしら?ホンドウ君。」


呼び止めるリュウヤに対し、

足を止めて振り向くミサキ。

整った面立ちに、シャープな印象を与える

青く細いフレームでできた眼鏡の奥の眼光は、

とびきり鋭い。

まるでその瞳に写る全てを

切り裂く刀のようであった。


「ミサキさんも聞いていると思うけど、

 昨日あった殺人事件……アレのことを

 ちょっと調べていて……。たまたま、

 昨日は早くに登校していたのだけど……

 あの事件が起こった時に、一瞬だけど

 ミサキさんの姿を見た気がするんだけど……

 その時のことを覚えているかい?」


「それは嘘ね。」


ミサキはにべもなく断定した。


「死体の第1発見者はサワグチ君だと聞いてる。

 実際、私が見かけたのは彼だったわ。

 

 下手な嘘をつくような人と

 語り合う事などないわ。さよなら。」


そう言って立ち止まることなく

校舎の方へと姿を消していった。


(取り付く島もないな……ミサキさんからは

 もう少し話を聞きたかったのだが……)


まさに難攻不落の要塞

……そのように感じられた。

とはいえ、協力を得ること自体は

できなかったものの、

ミサキのこぼした言葉から

ユウキの言っていたとおり

【ミサキはあの時間帯、犯行現場の辺りで

何かをしていた】という情報だけは

得ることができた。


(今回はこれだけでよしとする

 しかないな………。)


そして、リュウヤは改めて

周辺の探索を再開するのだった。


そうこうしているうち、既に時は

そろそろ8時を迎えようとしていた。


(もうHRが始まるな……

 そろそろ教室に戻らなくては)


昨日あんなことが起こったため、

学校に来ている生徒はいつもより大分少ない。

そもそも、当然登校自体を中止すべきだ・

オンライン授業を行うべきだなどの声も

相当数あったようだが、結果的に

学校運営者や警察協力による衆人環視の下、

短縮授業で昼まで開校することになった。

そして、幸か不幸か、ターゲットである

容疑者もどうやら登校していることも掴めた。

リュウヤは校舎に向かい踵を返す。

その脳裏に、この先の行く末を映しながら……


その日の昼……


長山高校の裏山、海抜50m程の高さにある

祠へと眼鏡をかけたリュウヤが向かうと、

そこには果たして1人の男子生徒が待っていた。


「急に呼び出して悪かったね、

 手紙に書いたように聞きたいことがあってね。」


「……何ですか?

 僕には特に話すことなど何もないですが。」


生徒は無表情にリュウヤを見つめる。

もっと言うならば

『無機質』とでも例えられそうだ。

その様はミサキ以上に

ものだ。


「大した話でなければ、

 忙しいのでこれで失礼します。」


そう言ってその場を離れようと歩き出す。


「それでもここで、はいそうですか、

 とはできないんだ。

 なぜなら君の行動の結果、

 僕の親友が殺人事件の

 容疑をかけられてしまって

 いるのだから。」


生徒の歩みが止まった。

振り向いた表情は先ほどと同じ……

なんら感情というモノを

感じさせることはない瞳、

そして乾いた唇から言葉が発せられる。


「何を言っているのかわからないな。

 証拠などあるのか。」


「犯人が君であるという理由はある。

 まず、ひとつ。ハヤサカ君……

 君はこの4月に転校してきたばかりで、

 身辺がハッキリしない。

 他の人間は、

 もう1年間過ごしてきた実績があるから、

 僕でも顔ぐらいは知っている。そして……

 であるということもね。」


「馬鹿馬鹿しい。

 消去法で恣意的に選択肢を潰して、

 残ったから犯人だというわけか?

 それはただの詭弁だ。」


「そうだね。

 確かにこれだけでは可能性の域を出ない。

 だが、君の辿った足跡から

 話は違ってくるだろう?」


リュウヤが発した言葉を聞いた途端、

ハヤサカの反応が変わった。正確に言うならば、

リュウヤの予期しない言葉に、

どう対応してよいか分からない、という風情だ。


「馬鹿な……そんな凶器が見つかったなんて

 教師も警察も言っていないじゃないか。

 よほど君は妄想逞しいようだが、

 僕を巻き込まないでくれるか?」


(この反応……やはり、今も持っているようだな、

 何かしらの武器を。それならば、

 このマルチグラスを使えば!)


リュウヤが装着していた

眼鏡型のデバイスが起動する。

そこには緑色のいわゆるワイヤーフレームで

表されたハヤサカの姿と、胸のあたりに一部分、

金属反応を示す赤色表示が映された。


「予想どおりか。」


リュウヤは不適な表情でニヤリと笑う。

そしてハヤサカの学生服の右胸の

辺りに掌を当てて告げる。


「肌の質感はなるほど、

 人体の筋肉の感触と何ら遜色ない。

 見た目も、服越しの触感もね。でも、

 に隠している……

 警察が精密なボディーチェックをして

 その存在が明るみになれば君は

 要観察者になる。すると、

 君の昨日の行動記録は洗い出され、

 処分したであろうだって

 突き止めるだろう。

 それとも、さっきの君の言からして、

 自宅にでもまだ隠してあるのかな?」


理路整然と流れるように、

淡々と優雅に紡がれるリュウヤの言葉に、

ハヤサカも本性を現す。

学生服の上着とシャツがはだけ、

複数の曲刀型をした短刀が体の内側から

リュウヤ目がけて飛び出してきた。

間一髪、リュウヤは後ろに飛び退いて、

刃物による攻撃から逃れることができた。


「知られたからには、その記憶……

 消去させてもらう……。」


「正体を見せたな……

 ……お前の存在、封じさせてもらう。」


リュウヤは、用意していたエモノを構える。

外見は折りたたみナイフ程度の大きさ

だったものが、一振りすることで柄の部分が

2倍程度の大きさに延長した。

それと同時に形状化された光が鞭の形を成し、

まるで俊敏な蛇のごとく放たれた一撃が、

内部にある機械の構造が

むき出しになった辺りを打ち据えた。


(この電磁ムチなら、内部回路を

 ショートさせることができるはずだ!)


果たしてリュウヤの考え通り、ハヤサカ……

いや、その名前ももはや偽名かもしれないが……

生徒に擬態していたアンドロイドは

与えられた一撃によって無力化し、

うつ伏せに地面に倒れた。

機能を完全に封じることができたのだ。


(よし、これで警察が来る前に、

 メモリーログのコピーができれば……)


リュウヤは近づいて

アンドロイドの頭部の裏側をまさぐる。

幸運なことに、アンドロイドの

ブラックボックス……メモリーログは

想像通り頭部に配置されていたため、

スムーズにデータコピーをすることができた。


そうこうするうち、

タケガミら警察数名がやって来た。


「ホンドウ君!これは!?

 コイツは一体……!?」


「タケガミさん、このハヤサカ君は人間に

 擬態したアンドロイドだったんですよ……。

 コイツが今回の事件の犯人です。」


「……この内部構造は確かに人間の

 それではない。しかし、まさかこれほど

 人間に酷似したアンドロイドが

 存在していたとは……それに

 ロボット規制法の縛りをこうも簡単に?

 だが先日の事件でも確かに

 A・Pの暴走はあったしな……。」


「タケガミさん、

 ここに映像記録がありますから。

 これも確認してください。」


リュウヤはマルチグラスに記録させておいた

映像と音声のデータをタケガミの携帯電話

あてに転送を試みる。

タケガミは驚いた様子ながら、

リュウヤからのデータを受信し、確認を始める。


「……以前、通報があった時も、

 これとよく似た視点から撮影された

 データ提供を受けたことがある。

 この技術はどこから?」


「それは……言えません。」


「そうか……まぁ、それはいい。

 だが、この生徒……

 いや、ロボットだったのか……。

 コイツと君との間であった

 やりとりについては、

 もう少し詳しく話してもらうぞ。

 もっともコイツのメモリーログを確認して、

 君の証言及び映像記録と付き合わせて

 確認するだけの作業になるだろうがね。」


そう言ってタケガミは

部下に解析班を呼んでくるよう命じた。


「動機やコイツの製造元など調べるべき事は

 まだまだあるが……少なくとも君のおかげで

 容疑者の確保はできた、と言ったところか。

 さすが、あのジンヤ・ホンドウの弟と

 言ったところだな。礼を言おう。」


「ありがとうございます。

 兄とタケガミさんが遭遇したという例の事件の

 ことを聞いて、僕なりに推測してみたんですが、

 お役に立ててよかったです。」


「とはいえ、

 今後はこうしたことは控えた方がいいな。

 あくまで君は一介の高校生に過ぎないのだから。

 危険だぞ。」


「……そうですね。その通りです。

 ご忠告ありがとうございます。」


リュウヤはタケガミの言葉に素直に感謝する。

しかしその一方で、自身が今後、

穏やかな世界で暮らすことは

叶わないだろうことも自覚していた……。


かくして長山高校における凄惨な殺人事件の

幕は下りた。


これからリュウヤは筐島警察署に同行し、

事情聴取を受けることになる。


だが、これで全てが終わったわけではない……。


リュウヤの宿命の旅路はまだスタートを

切っただけに過ぎないのであった……。

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