第2話 疑念

「おいおいおいおい!

 許可なく勝手に動いてもらっちゃ困るな!」

リュウヤとユウキの前に細い縦縞・グレーの

スーツ姿をした肩幅の広い男がせかせかと

近寄ってくる。

この男の名はタケガミ。

筐島はこしま警察署の刑事課に配属された警部補である。

「君はこの殺人事件における死体の

 第1発見者……重要参考人なんだ。なぁ?」

そう言って、タケガミは目つきを細める。

(この人は警察か?……どうやらこの様子だと

 ユウキのことを疑っているようだが……。)

リュウヤは瞬時にある程度の情報を頭の中に入れ、

タケガミに切り出した。

「あの……僕はリュウヤ・ホンドウと言います。

 彼、ユウキ・サワグチとは昔から仲がよくて。

 彼は大分緊張しているようなので、僕も一緒に

 話を聞かせてもらえませんか?その方が

 彼も落ち着いて話しやすくなると思うので。」

穏やかでいながらもハッキリとした意志を

感じ取れる話し方とこの場に似つかわしくない

ほどに涼しげな表情に、タケガミも感じ入る部分が

あったのだろう、「ああ……。」とだけ短く

返事をし、顎をしゃくって死体の下まで

自分についてくるように2人に告げる。


タケガミが進んでいった先……例のテープが

張られていた先の部分……そこにはたくさんの

警察関係者と仰向けに転がって冷たくなっている

1人の男子生徒の姿があった。その生徒の顔は

あまりの恐怖からか目が大きく見開かれた

状態であり、先ほどユウキが言っていたように

夥しいほどの血が死体の周りには散乱していた。

いくつもの鋭い傷跡が示すところ、どうやら

鋭利な刃物で何度も切り裂かれた様子だ。

「仏さんの名前はコウタロウ・テラハラ。

 この長山高校の3年生だ。知っているか?」

「上級生ですし、部活動などでの絡みも

 ないので、特に面識はないです。」

「僕もです。」

フム……と右手を自分の顎に当てて天を

仰ぎながら、タケガミが呻く。

「それで、さっきも聞いたわけだが……

 君がこの死体を発見したときには

 どんな状況だったのか?話もできないほど

 緊張していたのはわかるが、今度は友達が

 いるから心強いだろう……覚えている限りの

 詳細を教えてくれ。」

「わ、わかりました……。」

一瞬リュウヤの顔を見やってから、

ユウキは語り出した。


話はこうだ。

まずユウキは朝の6時30分ごろから

学校へ登校してきた。この随分早い登校の理由は

部活動、テニスの朝練のためである。

入学からちょうど1年ほどが経過し学校生活にも

慣れ、夏には挑戦しがいのある高き目標、

インターハイを目指し張り切って練習に

打ち込んでおり、朝・昼・晩と

精力的に実施しているというわけである。

ユウキはテニス部のエースであり努力家であるが、

今回はそれが徒となってしまった。不幸にも

この日この時間帯学校にいる人は

まだ誰もいなかったのである。

ユウキは裏門である虎洞門こどうもんを抜けて

登校してきたころ、

卓球部などがある体育館の棟の方から

ドサっという物音がした。

そして行ってみたところ、テラハラの死体と

対面したということであった。あまりに驚いた

ユウキは思わず叫び声を上げてしまったようだが、

誰もいない校内で助けてくれる者はいない……

突然死体と対面するような場に出くわせば誰しもが

心平静ではいられないことは想像に難くない。

それでも気丈に自分の携帯型情報デバイスを

取り出し、病院への119番通報を行ったのである。

まずは救急車(と、そろそろ学校に登校をしてきた

教員や生徒たち)がユウキとテラハラの周りを

取り囲み、生死の確認を行った結果、

警察へとお鉢が回ってきたのである。

警察が来てからの初動捜査以降の有り様は、

リュウヤもその目にしたとおりと言うわけだ。


(これはもしかすると……)

「刑事さん、よろしいでしょうか?」

「警部補のタケガミだ。何かね?」

「タケガミさん、このユウキが第1発見者という

 ことで容疑者の1人であるということは

 理解できます。

 ただ、今の状況では証拠も固まっていない

 ことから彼を逮捕することはできない。

 そうでしょう?」

「……彼には一応監視は付けさせて

 もらうつもりだ。」

「分かりました。それでは明日の放課後までには

 真犯人を明らかにしてみせましょう。」

リュウヤの言葉を聞いてタケガミは驚愕した表情を

浮かべる。

「聞き捨てならないな。

 そうそう簡単に行くわけはないだろう。

 それとも何かね。我々無能な警察どもに、君の

 名探偵ぶりを見せつけようとでも言うのかね。」

「あなた方のことを軽んじてみているわけでは

 ありませんが、自分も友達が疑われている

 状態は不本意なんです。

 僕がアルバイトをしているオオカド探偵事務所の

 所長にも相談して犯人を割り当ててみせます。

 何か情報を持っているようですから。」

「オオカド探偵事務所?妙な噂はいろいろ聞いて

 いるが、どれほどのものかね?

 ま、せいぜい期待しておくとするよ。

 ただ、この現場は我々警察が捜査を行うから

 邪魔されるわけにはいかないな。」

「分かりました、それで結構です。」


その後も20~30分程度、

他に目撃者がいないか、

テラハラが襲われた理由に心当たりがないか、

犯人らしき人物を見なかったか、

心当たりはないかなどを聞かれたのち、

2人は束の間ではあるが、解放された。

ただし、ユウキには宣言されたとおり、

遠くから警察官の監視がつけられているようだ。

リュウヤはユウキに労いの言葉をかける。

「ユウキ……大変だったね。

 だが、明日はきっと君を自由にしてみせるさ。」

「リュウちゃん、よかったの?あんなこと言って。

 嬉しかったけど、心配だからさ……

 僕は別に……どうってことないから!」

ユウキが白い顔ながら気を張る。

昔からの馴染みであるリュウヤにとっては、

こうした自分より他人を優先するユウキを

放ってはおけなかったのである。

「いいんだ。警部補さんにも言ったけど、

 事務所に当てがあるんだ。任せてくれ。」

「リュウちゃん……ありがと。

 あ、それと実はさっき刑事さんたちには

 言わなかったことがあるんだ……。」

「……?」

「えっと……実はミサキさんの姿を

 見たような気がするんだ」

「え?本当かい?どうしてそれをあの警部補さんに

 言わなかったんだ?」

「僕の見間違いじゃないかと思ったから……

 もし不確かなことを言ってミサキさんに

 迷惑が掛かっちゃったら彼女に迷惑だし……。」

「……そうか。ミサキさんは確か今日儀式の日

 だったな。となると明日にでも話を聞くか。」

長山高校には他とは異なった独特な行事が

いくつか存在するが、そのうちの一つ、

『開祖詣で』という儀式がある。これは例年4月の

半ばに行われる伝統行事にあたり、学校の開祖に

当たる江田島次郎左衛門英虎を礼賛し、

その偉業を称え、功績を学ぶために縁のある

ところを巡回するというものである。

参加者は成績優秀な2年生の生徒男女2名に

数名の教員が引率するという形だ。

静岡県内のみならず、東京の鼐場だいば

日帰りで訪れるため、参加者は1日中拘束される

ことになり、学業は免除・往路は学校集合、

復路は適当な場所で解散する運びになっている。

今日は無理に話を聞くことはかなわないだろう。

(そうなると……あと、今日やるべきことは……)


休校となり、全校生徒は講堂に集められ簡単な

説明を受けた後、帰宅を命ぜられた。

教師ら学校関係者が通学路に分散するように

配置された中を生徒たちが帰って行った……。

一人の生徒の変死体が早朝の構内で発見された……

長閑な町の長閑な高校で剣呑な事態が勃発したと

いうショッキングなニュースは、現場である

長山高校を喧騒に包んだのみならず、長山高校の

ある伊豆北条市・兄の職場のある筐島市といった

周辺市町の市井の人々にも瞬く間に知られることと

なり、情報化社会・ユビキタス社会に対する畏怖を

リュウヤたちも抱くことになった。

校内を調べることはできないため、

リュウヤは学校を離れ、独自に捜査ができるように

オオカド探偵事務所へと向かった。

オオカドは生憎今日も外出しているようであり、

連絡もとれなかった(これも普段割とよくあること

ではあるのだが)ため、リュウヤはオオカドが先日

言っていたA・Pの暴走などについてまとめている

調査記録を読み返した。

(これは……やはりな。あとは……)


昼を迎え、リュウヤは兄であるジンヤ・ホンドウに

コンタクトを試みる。今時分であれば兄も昼休憩を

迎えているであろうことを見越してだ。

案の定、ジンヤに向けて発信をした次の瞬間には、

兄は応答してくれた。そして子細を語ってくれた。

彼が10日ほど前に遭遇した事件……

そう、A・Pによる殺人未遂事件についてを……

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