ペンドラゴン-比翼の鳥-

リアび太

第1話 とある高校生の日常

西暦2019年5月。

日本において、人々は令和という元号の

新たな時代を迎えた。

そして30年後の西暦2049年……

慶永という新たな元号になった今、

新たな物語の扉が開かれる……。


リュウヤはホンドウ家の次男である。

亡き両親の代わりとして大黒柱となっている

兄を支え、弟の面倒を見る立ち位置にある。

今日も仕事に出るために先に家を出る兄を

見送った後で、弟が集団登校の班に合流した

のを見届けてから、家の施錠を確かめて自分も

高校へと出発する。そして、本日のノルマを

頭に描きながら、通学路を自転車で走る。

自宅から学校までは20分程度である。

その間、目や耳に入る風景や喧騒を、

頭や心でしみじみと噛みしめられることは、

リュウヤにとって必要だと思える時間なので

あった。

職業病だろうか、自分は物事を疑うことに

病みすぎている……最近は特にそんな風に

思うことが多いように感じる。

自分の気持ちに正直になれば、アルバイトの頻度を

減らして、部活動に興じ、

クラスメイト同士で噂話や将来への展望など

学生らしい話をするのもいいな、などと思う。

しかしながら、今、自分の生活を変えることは

叶わないのだ。

(僕には、僕たちにはやらなければならない

 ことがあるから……)

軽く頭を振りながら、リュウヤは自転車で

風を切って進む。そう、いつものごとく……


そして、順調に本日の授業を全て消化した放課後、

文芸部部室にて。

「やぁ、ホンドウ君。珍しいね。

 来てもらえて嬉しいよ。」

部長であるミカゲが心底嬉しそうな

満面の笑みで声をかける。

リュウヤは所属上、文芸部に籍を置いてはいる。

しかし、ほぼ創作活動は行っていない。

いや、行えていないという方が正確ではある。

規則上、生徒は何かしらの部活動に所属することに

なっているが、勤勉学生については部活動をする

かわりに生活費を捻出するためのアルバイトを行う

ことが許される。ホンドウ家もリュウヤの入学時に

申請を行い、無事に許可を得ているため、

学業に支障をきたさない程度のアルバイトに

リョウヤもほぼ毎日勤しんでいるという図式

である。

もっとも学年上位レベルの成績を誇る

彼については、

アルバイトをするにあたり、何ら問題はなかった。

今、文芸部はリュウヤとミカゲを含め、

2年生が3人しかいない。

部活動としては、5人いなければ設立は

認められないのであるが、継続していく分には

1人でも残っていれば活動することが

認められる。

(昨年度は3年生が3人(皆、無事、卒業済み)

いたため、6人だった。)

とはいえ、人数が多ければ多いほど創作についての

議論の場が増えるなど活動にも活気が出るし、

後輩が入部せず休部・廃部扱いになってしまうなど

という未来はなんとももの悲しいものがある。

そのため、部員3人ともが勧誘やら創作やらに

熱も入っているのである。

「ありがとう、部長。

 毎日、顔を出すことができなくて

 申し訳ないと思っているよ。」

リュウヤも家庭事情故、

やむを得ないのではあるが、

もともと少ない部員がさらに1人減している状況は

心苦しく、強く気にかけている。

今日もすぐにでも

バイトに行かなければならないのであるが、

顔出しだけでもと部室に来たのである。

「ごめん、もう行かないと。

 成竜祭までには作品を刊行できるようにするよ。

 それじゃあ、ヒカリさんにもよろしく。」

 長山高校の伝統ある成竜祭……

運動祭、文化祭、後夜祭が連なるビッグイベントが

開催されるまで、もうあと2ヶ月を切っている。

開幕日から逆算して、多忙なリュウヤといえど

近日中には相応の仕込みをしなければ

ならないのである。

ミカゲに残る文芸部員の女生徒への言づてを頼み、

リュウヤはバイト先のオオカド探偵事務所へと

向かった。


オオカド探偵事務所はリュウヤのみならず大多数の

一般人から見ても、どこか常軌を超越しているかの

ような異様な建物・存在であると思われている。

大体、一見すると城塞のような白亜の建物の正面

にはまず入り口が見当たらない。裏のいかにもな

勝手口のような扉から内外を行き来するのである。

所長いわく「秘密を抱えた依頼者が思い悩む

ことなく入ってきやすいように」ということだが、

そもそも看板も案内図も出していないのだから、

全くの逆効果でしかないだろう。

もっともリュウヤは、

それは方便で本当の狙いは訪問客を極力減らすため

ではないかとみている。実際、この1年間で

依頼客があったのは、指折り数えられる程度

しか覚えていない。

そのため、副業としての活動がオオカドの

資金源なのではないかと推測される。

怪しいのは大小様々なガラクタ……もとい物品の

数々で溢れかえっている点だ。

一介の探偵事務所には不釣り合いな、

アニメに出てくる人型ロボットのような

模型や科学実験室のフラスコだの業務用の大火力の

バーナーだのは、探偵事務所という肩書きに

不信感というアロマを振りまいているであろう。

(僕の使命を果たした暁には、ぜひオオカド

 探偵事務所の真実を研究したいな……)

たまに見かける会計帳簿や所長室の奥の

謎めいた空間を徹底的に調査したい……

そんな密やかな夢を描きつつ、

リュウヤは所長の置き土産のやることメモを手に、

今日も早速作業に入るのだった……。


辺りが暗くなったころ……

「いよう!リュウちゃん!はかどってるー?」

帰ってきた早々、胴間声を響かせたのは、

所長のナルミ・オオカド。相変わらずの脳天気かつ

フランクなスタンスでリュウヤに声をかける。

「所長、お疲れ様です。ギリギリでしたが、

 言われたことは終わりましたよ。」

「おうおう。いつもいつも大したもんだ。

 毎度毎度お願いする内容増やしてるのに

 やっちゃうんだもんなぁ。」

「そうだろうとは感づいてましたよ。

 誠意は見せますが、これ以上はさすがに手に

 負えないので放置してしまうかも

 しれませんね。」

「そうされると困っちゃいますねぇ。

 よし、それじゃ給料日の前だけ

 ノルマを増やそう!

 達成できないと支払いできない

 っていうね……。」

……。

無言の笑顔で見つめ返すリュウヤと

全くお構いなしに書類を辺りに広げるオオカド。

こんなやりとりも研究所では日常茶飯事である。

リュウヤも内心呆れながらも、

テキパキと帰り支度を進める。

「それでは所長、明日また。

 お手柔らかにお願いしますよ?」

と、そこで日常通りではないことが起こった。

オオカドから「ああ、ちょっと……。」などと

呼び止められたのだ。

「リュウちゃんなら大丈夫だと思うんだけど、

 最近物騒なことが多くてね。アシスタント・

 パートナーが突然暴走したり、この辺にしちゃ

 珍しく物騒な暴漢が闊歩していたり

 するらしいんだ……。弟さんとかお友達とか、

 気をつけないとね?」

(アシスタント・パートナー……確か、

 近年急速に普及しているっていう、家庭用の

 お手伝いロボットAIのことだったな)。

「そうですか。分かりました。

 ご忠告ありがとう。」

礼と共に事務所を後にした。家に帰り、弟と雑談を

交えながら晩ご飯を食べ、寝かしつけるまでが

主な日課だ。それから就寝まで本を読んだり、

今日の記録をまとめたり(日記のようなものだ)、

筋トレをしたりするなどで夜は更けていく。

今日は兄の帰りは遅いようだ。兄がある程度

早く帰ることができる日については一日の

活動について話をして過ごすことが多い。

もちろん、探偵事務所における素行調査の

結果などはコンプライアンスの

観点から話すことはできない。しかし、

それ以外の探偵事務所内部でオオカドがやっている

らしき実験や内容は報告を行っている。

いつかオオカドの行っていることが

明るみにでるだろう……。

そんな予感を抱きながら翌日に備えて眠りにつく。

これがリュウヤ・ホンドウの何の変哲もない

いつもの日常であり、

そして、辛くもその日常は破られることと

なるのである……。


翌日、リュウヤが校舎を視界に捉えるくらいの場所

まできたところで事件は起こった。いや、正確には

すでに起こってしまっていたのだが。

そこかしこでヒソヒソ話や怒号が飛び交うという、

尋常ならざる異様な空気が辺りを支配していた。

ただごとではない事態を肌で感じ取り、

様子を窺うと刑事ドラマなどでよく見る

「keep out」と書かれた黄色地に黒文字の

テープが張られていた。そして先ほどから

大声を張り上げていた連中がどうやら警官らしいと

把握したリュウヤが、奥へと視線を移していくと……

「ユウキ!」

見覚えのある姿が飛び込んできたので、

思わず声を上げてしまった。

「あ、リュウちゃん!リュウちゃん!!」

声を上げた生徒はリュウヤの顔を見るなり、

過緊張で強ばった面持ちから相好を崩した。

ジロリと睨む刑事らしき人間は気になったものの

心細そうなユウキの様子にすぐそばまで近づく。

幸い、周りの警察官に制止されることはなかったが…。

「これは……一体どうしたんだ?」

そう尋ねながらも、リュウヤはある程度

何が起こったかを推し量っていた。

「僕もよく分からないけど、ち、血塗れの人が

 倒れているのを見たんだ!」

「あぁ……。」

(やはりか……所長の危惧が的中してしまったというわけか……)

なおも不安そうな親友のユウキとは対照的に、

リュウヤの心はこの非常事態に際してさえも、

さざ波も立たぬほどに平穏を保っているのだった……。


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