12.はじまる運命エクストラ

 御剣清蓮は翡翠の刀の切っ先を天に掲げ、翡翠の聖魂紋章より絶え間なく放出されている力の全てをその刀身へと集中させていく。力は清蓮を起点として幾層もの風となり、その全てが斬撃を纏い。空間を切り裂きながらその勢いを増していった。

 気を抜けば身体が持っていかれてしまいそうな猛風があらゆる万物を引き剥がし空へと巻き上げる。木々の枝、校舎の硝子、花壇のレンガ、エトセトラ。それらは無数の細やかな風の刃に裂かれ、粉々に砕け散り風の中へと消える。

 やがて突風は高さ数十メートルにまで至り、竜巻と化す。だが渦を巻く風すべてが斬撃の属性を獲得したソレは最早【竜巻】と呼称できる領域を逸脱しており、一振の剣へとその性質を変化させていた。


 清蓮はその破滅の風剣の名を呼ぶと無慈悲に、容赦なく、たった一人の少女に向かって振り下ろした。

風王一閃エウロス

 地鳴りのような轟音と共に、天を裂き地へ降り注ぐ破滅の風剣・風王一閃エウロス

 アケミは咄嗟にレーヴァテインを形成する炎を崩し、巨大な炎の壁を前面に造り出す。城壁のように高々と築き上げられた立派な炎壁、しかし。

 それ如きが世界を剥がし壊す災害を止められる訳も無く。

「――ッ」

 まるで、砂でできた城を踏みつぶすように。炎の城壁は呆気なく粉々に砕け散り、瞬く間に無防備となったアケミは逆巻く力の渦に呑まれ、後方数メートル先にある民家の塀へ勢いよく叩き付けられた。


 だがそれで終わりではない。未だ迫る風王一閃エウロス

 苦痛に表情を歪めながらも、アケミは左掌を突き出し最大出力で防護壁を展開するも意味は無く、気が付けば視界は翡翠の風に覆われ、人の肉体など容易く砕け散るであろう凄まじい衝撃と共に塀の瓦礫諸共吹き飛ばされ、崩落音と共に崩れた民家の瓦礫に沈む。

 瓦礫に埋もれ、無音と暗闇が包む中。全身を裂かれた痛みは熱さとして延々と神経を駆け巡る。


 

 その中で少女は思考した。



(この男は……私を殺せばそれで気が済むのかしら)

 現段階で判明している清蓮の目的はアケミ・ルシエードを殺すこと。であればその目的が達成された後、この歩く災害のような男が次にとる行動とは――?


(増援部隊のみんなを、アイツはあんな目にあわせた。私達に力を貸す気はさらさらない。いくらファルヴェ聖魂紋章エンヴレイムを宿しているとはいえ、同胞殺しの罪は重い。どう転んでもセイントハウンドなかまたちとコイツとで醜い殺し合いに発展する。正直……それで済めばいいけど)


 彼女が想定するの中で一番最悪な展開は御剣清蓮が敵と手を組むことだった。


(どのみち、どんな未来だろうとこの戦争は私たちが負ける。……あぁ……ふ、じゃあ、あれじゃん。私ひとり死んだって何の意味もないじゃない)

 

 いままでのじんせい、なんのいみもない。


 私の人生は無意味であると悟るアケミの心に虚無感という穴がうまれ、押しとどめていた感情が波として押し寄せる。勝手に目頭が熱くなり口ががくがくと震える。

 しかし絶望は歩みを止めず、清蓮はもうアケミの眼前にまで迫っていた。

 風が空を切る音と共に覆いかぶさっていた瓦礫が宙を舞い、月明かりが彼女を照らす。

 その手には形だけの抵抗に過ぎない炎の残滓が握り締められている。そんな心身ともに傷だらけの少女に、まるで手を差し伸べるように刀の切っ先を向けられた。


「これで終わりだ。何もかも」


 アケミの頬に伝う涙に清蓮は気づいていたがその手は止まらない、なぜなら彼は知っているからだ。アケミ・ルシエードという少女がこれから歩む道は過酷であると。

 ならばこれは、言わば救済だと清蓮は思考を巡らせる。未来に起こる絶望に比べれば今から起こる絶望は些細なことだと。


(だからここで終わらせる。ここで斃れることで君は救われるんだ。生き続けて辛い想いをするなら、ここで安らかな眠りについたほうが良い)

 御剣清蓮が辿り着いた救済の方法。



 救済とは、慈悲深く殺し死なすこと――此れは救いである。

 泣きじゃくり、後悔し、絶望しながら死んでいくことで。彼女はその先に起こる更なる絶望を体験しなくて済む――此れは救いである。

 現在に光あり、未来に光なし。であれば死。

 故にいま終わらせる。

 此れは救いであり。

 此れは救いであって。

 此れは救いであるべきだ。



【否】


 この救済行為によって救われるのはアケミ・ルシエードでは無く、御剣清蓮。彼女は救われない。

 何故――? 死の淵に希望は無く、あるのは心残りと後悔と憎悪。その様々な負の感情を抱いたまま死ぬ? どこが救いだと言うのだろうか? 此れはエゴイズムである。仮定はどうあれ、此れはモラルを欠いた、悪である。

 悪。罪。悪。

 であるならば、断罪せねばならない。


「おい」


 故に、あの森林公園でのだと。ようやく御剣清蓮は理解した。


「待てよクソ野郎」


 燃えた森林公園で出会った見知らぬ青年の声が、清蓮の鼓膜と心情を揺らす。

 清蓮はアケミ殺しを決行する前に最悪の未来をいくつか想定していたが、これは思いつく限り一番最悪な展開であった。何せ自分にとって代わる存在が現れたのだから。


 ふと、清蓮は過去に誰かがこんなことを言っていたのを思い出した。


『命に代わりは無いけど、英雄にはいくらでも代わりが居るんだ。英雄が死ねば新たな英雄が。英雄が挫折すれば新たな英雄が。英雄が託せばその者が英雄に。この世界はそうやって、英雄を繋げて平和を勝ち取ったんだ。だからお前が辛くなったら誰かに託せばいい。そうすれば誰かがお前の意思を継いで戦ってくれる、独りで抱え込むなバカ坊主』


 御剣清蓮えいゆうが邪道に堕ちれば。

 新藤翠えいゆうが正道に現れる。


「なんだ、お前か。何故僕の邪魔するんだ?」なんて、分かりきってるクセに問い掛ける。


「言ったろ、お前がクソ野郎だからだ」と、英雄は堂々と返答を返す。


「そうか、どうでもいい。部外者は消えてくれないか? ひどく目障りだ」心臓が見えない何かで縛られているような、苦しさを感じる。感じるだけだ、他にはなにもない。


「ッじゃねぇ……」


「何だ? ヒーロー気取り」


「ふッざけんじゃねぇ!! 女を傷つけて、泣かせた、お前の方が……! よっぽどクソほど目障りだ馬鹿野郎ッッ!!!!」


 たった一人の少女の為に、勝ち目のない悪に立ち向かう。それはまるで昔の自分の姿を見ているようで、御剣清蓮は酷く気分が悪かった。


 この物語は翡翠の英雄・御剣清蓮の物語では無く、新たな英雄・新藤翠の物語である。

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