9.くるえる狂人エクスプロージョン
「そう、いい名前ね」
「ッ……」
アケミの当たり障りのない感想に、苦悶の表情を浮かべる清蓮。
どうして、そんな顔をするのか。その心理を知る者はこの世界に誰一人として居ない。
「よく言われるさ」
冷たくそう言い放ち、清蓮は攻撃の構えを取った。左手の聖魂紋章から放たれる力が世界を揺らす。比喩では無く、現実に。御剣清蓮が放出する超高密度のエネルギーに耐えきれず、悲鳴を上げているのだ。
繰り出されるは絶滅必死の究極の一撃。数多の戦いを潜り抜けてきたアケミだからこそ、直感で理解した。
相手の技が発動する、その寸での所でアケミの準備が完了すると即座に行動に移った。
「いくわよ――!」
レーヴァテインの切っ先を清蓮に向け、構築した術式を発動させる。
清蓮のソレには満たないものの、強大な力が剣の切っ先に込められていく。
大技がくるであろうと予測し、身構えた清蓮。だがそれは大きく裏切られることとなった。
「!」
炎の刀身が揺らぎ、切っ先が爆ぜる。それは清蓮を覆う様に四方に飛び散り、彼女の号令と共に。
「レーヴァテイン・エクスプロージョン!!」
劫火を爆発させた。
威力は申し分ない、何せアケミ・ルシエードが現時点で繰り出せる最高の技だ。並大抵の相手であればあの鬼のように蒸発し消滅するだろう。
けれどアケミの目的はそれではない。
神話の炎剣の熱量をもってして、薄紅色の劫火は清蓮の視覚を、凄まじい爆音は聴覚を、五感の二つを封じ込めた。いくら強大な力を持っていたとしても、所詮は人間だ。数秒の足止めくらいにはなる筈、アケミはそう算段を踏んで必殺の一撃を逃げるために使う選択をした。
(どうせこれを喰らってもピンピンしてるんでしょうけど、この不幸者を担いで逃げるだけの時間は稼げる、はず。あんたの相手はまた今度……今は逃げるが勝ち!)
「く――この……!」
清蓮は翡翠の聖魂紋章で風を生み出し、爆発によって生じた煙幕を晴らす。
しかしその頃にはもう、焦げた森林の中にアケミの姿は無かった。
「――」
目的を達成できず怒り狂うか? 自分から逃げたことに嘆き悲しむか?
清蓮が取った行動はそのどちらでも無く。
「ふ、ふ……ふ、ははははははははッ!! あぁ、そうか、そうだ、流石は名高き戦乙女、セイント・ハウンドの最高傑作!! 簡単に殺させてはくれないって訳か。確実性を選んで風王結界なんて溜め技つかうんじゃなかったな……ハハ。
あぁ……安心したよアケミ、君は狂いなく、僕が知っているアケミだ、安心した、不安だったんだ、もし君が君でなく僕が選んだ道のせいで別の何かに変わってしまっていたら、と。でも君は君で、君で居てくれたそのことに僕は感謝しきれない。
さあもう後戻りは出来ない、絶対に助けに行く、待ってろよ、アケミ」
決意を新たに、狂人は負の感情を爆発させ壊れたように笑い続けた。
*
河瀬宮森林公園で翡翠の
アケミ・ルシエードは負傷した青年を担ぎとある高層マンションにある自室へと向かっていた。
(
ロングコートに身を包んだ少女が負傷した高校男子を背負って帰路に就く、なんて光景、誰かに見られたら通報されかねない状態だ。
いつもなら行政機関や、自身が所属する組織の後始末班に事後処理を放り投げるアケミだが、御剣清蓮というサイコキラーに追われている状況で一般人や非戦闘員を巻き込む訳にはいかないため、自身が使える手札でなんとか切り抜けようとしていた。
幸い、聖魂紋章やそれに類する力を持たない一般人から認識されるのを阻害する
長い髪が、首元に張り付いているのが、鬱陶しい。
日本の夏の蒸し暑さをこれほど恨んだことはない、とアケミはマンションのエレベーターで頬を伝う汗を感じながら悪態を尽く。
背中で微かに呻き声をあげる青年の容態は芳しくなく、アケミが痛みを和らげる治癒術を施したお陰でなんとか一命を取り留めており。今は眠っている。
そしてアケミ自身も力を行使し続けたことによって、追い詰められていた。
故に、休むことなく使い続け。更に許容範囲を越えるまで酷使すれば最悪の場合、死に至る。
アケミは今日一日、この街に潜む鬼をたった一人で斃し、狩り続けていた。
それに加えイレギュラーとの遭遇で予期せぬ消耗を強いられ、中身は文字通り空っぽだった。振り絞ってようやく、生命のエネルギーを数滴出せるか出せないかの瀬戸際。
(なぁにやってんだろ、私)
朦朧とする意識下の中、彼女は自分自身を嗤う。
「……は、安心しなさい。あんたは助けてあげる。一度決めちゃったんだもの、途中でやーめた、なんて。ダサすぎよ」
けれど、諦めることはしなかった。背中に感じる重みがある限り、決して。
エレベーターを降り、廊下を歩き、自室のドアに辿り着く。
鍵を開け、靴のまま部屋に上がり、ふらつきながらも歩みを続ける。
(そういえばあんたの名前聞くの忘れてたわね)
名前も知らない青年をベッドの上にゆっくりと置いて横たわらせると、首にまとわりついた髪を払いながら鈍る意識に鞭を打つように次の行動に移った。
(左手は……今の私の力じゃ無理か、はやく医療班を呼ばないと……)
リビングのソファーに置かれた通信端末を取りに立ち上がる。視界が暗転しかけるほどの眩暈に襲われたが、常人離れした気力で持ちこたえ唇の端を噛みしめて、通信端末を手に取った。
「……アーノルド」
機械音が鳴り、彼女が所属する組織『セイント・ハウンド』と通信が接続されたことを確認すると、か細い声で誰かの名前を呼んだ。
『アケミ……? なにかあったのか!?』
普段とは全く違う彼女の声色で察したのか、通信端末越しでもわかるくらいに男の声は焦っていた。
「ちょっと、ね。上手く説明できそうにないから……端折るけど、負傷者がひとりいるの。医療班の手配、頼めるかしら」
『あぁ、わかったすぐに伝える。キミは大丈夫なのか? 平気かっ?!』
「ふ――、ふふ。なんか焦ったアーノルド、ひさしぶりかも」
『なにを呑気な……! とにかく、すぐに向かわせるから。キミは安静にしておくんだぞ。わかったな!』
「えぇ、お気遣いどうもありがと、あとね……
『な、ファルヴェ適正者……!? さきほど観測した膨大なコスモスはそれか! ではそこにい――待て、キミのコスモスの値が著しく低いぞ。一体なにが……っ』
「私にもわかんないわよ、ほんと……意味不明」
『……と、とにかく、説明は後回しだ。まずはキミとその負傷者の治療が最優先事項だ……!』
「おねがいね」
『……あぁ。……任務本当にご苦労様、アケミ』
「はいはーい」
通信はそこで切れ、沈黙が訪れる。
アケミはふぅ、と一息ついて白い天井を見上げて、そのままスイッチが切れたように、まどろみも無く、こと切れるように気を失った。
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