8.さつがい救済エマージェンシー


 翡翠の輝きが光速で集束。それは鋭い風の刃となって手元を離れ、アケミに襲い掛かる。嫌な予感というものはことごとくが的中するものらしく、俺は脚に込めていた力を解き放ち、彼女へと飛び込んだ。

「痛ッ……って、ちょ!? アンタ何して!!」

 俺に突き飛ばされた彼女は地に座り込み、先程まで彼女が立っていた空間で荒々しく風が吹き荒れ、何かが切れる音がして。戸惑いと焦りが入り交じったアケミの声が聞こえた。俺はひとつの命を助けたその代償として、何が起きたのかを認識する。


「――ぁ、嘘……だろ」


 赤い鮮血を散らしながら、宙を舞う何か。それが誰かの手であり、自分の腕の先が熱くなるのを感じた瞬間、俺の左手は鎌鼬のような風の刃に裂かれ、鈍い音を立てて地面へ落ちた肉片がソレであることを理解した。

「あ」

 理解すると共に痛みが湯水のように湧き上がって、かき消すように声を荒げた。

「あ、ああああああ!! ッァアァアアアアア!!」

「バ、かっ……何してんのよ、本当にぃっ……!」

 アケミは困惑の表情を浮かべながら、言葉を捻り出す。

「あなた、どういうつもり……」

「チッ……邪魔しやがって……!」

 青年の態度は一遍し、苛立ちを隠すことなく声には刺々しい殺意が籠っている。


「言っただろう、君を殺す力だ、と。僕はこの忌々しい聖魂紋章で君を殺す。必ず。今ここで」

 物騒な物言いとは裏腹に、アケミに対して向けられて発せられる言葉のその大半は慈しみと、悲しみで構成されていた。


「意味わッかんない……。お前のことなんて知らない、面識なんて無い筈よ、私になんの恨みがあってこんな……っ。第一お前は色・聖魂紋章使いになれるほどの素質を持っているのよ? そんな人間がなんで……!」

「素質はあった、今はもうないけどね。できることなら僕だって……いや、止めておこう。くだらない。もう決めたことだから」

「ねえ、あんた。無理をしているんでしょう!? だったら止「黙れ」


 自身に対して何らかの複雑な感情を抱いていることを察知したアケミはなんとか青年を説得しようと試みるが、青年の決意はすでに固く。



「君を救う、救えるのはもうこの手段しかない。だから殺す、殺すしかないんだ、アケミ」

 青年の翡翠の聖魂紋章がより一層、輝きを増す。その輝きはアケミよりも眩く、神々しく、壮絶な力を帯びている。その光を一身に浴びたアケミは男の力が自分よりも遥か先の領域に到達していると気付き、驚嘆した。


(マズい、このバカ本気だ。この紋章の力は一朝一夕で獲得したものじゃない。何年、何十年。そんなバカみたいに長い年月をかけて鍛えた純度100%の力。本ッ当……今日はツいてないわね!!)

 ちらり、と苦痛に悶える声の主へ視線を向ける。地面は赤く滲んでおり、絶え間なく出血していることが窺える。この出血量では長くは持たないだろう。

(でもまぁ、アンタは私以上にツいてないみたいね、間抜け面……!)

 薄紅の聖魂紋章を極限まで高め、先程造り出した幻影の炎剣・レーヴァテインを短剣にエンチャントする。

(認めたくないけど、奴の実力は私より数段上。っていうかセイント・ハウンドでアイツと互角に戦える聖魂紋章使いなんて居るのかしら……。そんな化け物が敵に回るなんて、夢ならさっさと覚めてくれない? とにかく、今は逃げるための時間を稼がないと)

 この窮地を脱する為の術を構築しながら、アケミは青年に問い掛けた。

「ねぇ、ところで……。名前は?」

「……」

「それくらい教えてくれたっていいでしょ? なんせあんたは私の名前を知っていて、私はあんたの名前を知らない。不公平じゃない」

 言葉を紡ぎ、術式が完了するまでの時間を稼ぐ。

(別に聞き出せなくてもいい、こいつの名前なんて毛ほども興味ないし)


「…………」


 青年はピタリ、と動きを止める。

 複雑な面持ちで、喉につっかえた何かを必死に吐き出すように、けれど静かに、ゆっくりと、口を開き。己の名を告げた。



「清蓮……、御剣清蓮みつるぎすいれんだ」


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