3.ぶきみな静寂アウェイ


 俺は現時点で出せる最大の速力、ほぼ全力疾走と言っても過言ではない速さで彼女たちを追いかけていた。だが視界の先の先、ちらちらと映る彼らとの距離は一向に縮まっていない。

 喉はカラカラで、心臓も横腹も限界だと悲鳴を上げている。



 気が付くと俺は、近所にある大きな森林公園に足を踏み入れていた。

 河瀬宮森林公園。河瀬宮町にある大きな森林公園でレジャー施設やバーベキュー場もあり様々な用途で使用できることから、巷ではそこそこな有名なスポット。

 平日でも色んな人が訪れ、賑わせている。此処なら助けを呼べるかもしれない、なんて淡い期待を抱いたが。今日は期待をことごとく裏切るアンラッキーデーのようで。


 普段であれば愛犬を散歩に連れてきている人、ジョギングをする人、遊ぶ子供たち等々がいる筈なのだが、今日は全くといっていいほど人の気配はなく、バカみたいに静まり返っていた。


 あぁ、そうかい。いいもーんだ。


 樹木の葉から零れる夕日に照らされた砂利道を、力いっぱい踏みつけて、意気込みを新たに先を急ぐ。

 そこでふと、ふつふつとひとつの疑問がわいてきた。一体、いつまでこの追いかけっこを続けるつもりなのだろう。正直もう、女の子が捕まったところを颯爽と助けるシーンに突入しててもおかしくはないというのに。


 男達の方はに備えて鍛えてて体力に自信がある。……なんてことで説明できなくも無い。

 しかしだ、夏場に分厚いロングコートを着込んだ魔訶不思議ィな少女が、俺や男達と同じくらいの体力があるものなのだろうか?


 勉強ばかりで身体が鈍っているとはいえ、俺は現在進行形で育ち盛りの現役高校二年生、中学は陸上部所属、体力にはそこそこ自信がある。なのに、その自慢の体力が少女らよりも劣っているというのは少し――というか認めたくない――疑念を抱かざる負えない部分。

 思いついた中でそれっぽい理由をつけるなら火事場の馬鹿力か。あるいは実は陸上部所属の超絶寒がりちゃん。……無理がある。



 限界を迎えつつも走ること一分か、それにも満たない短い時間。彼女らを追い、木々がうっそうと生い茂る森林地帯に足を踏み込んだ。


 瞬間。


「――え」


 俺は、彼女らを見失ってしまった。それも瞬きの1秒にも満たない、時の隙間。ほんのわずかな一瞬の間にに見失ってしまったのだ。


 強い既視感が現れる。そうだ、この感覚には見覚えがある、同じ体験をしたことがある。横断歩道で彼女を見失った時と同じだ。

 化かされたような、あたかも自分の気のせいだったかのような不思議な感覚。神隠しにあった瞬間を見てしまったかのような不安が募り。少し遅れて俺は気が付いた。


 騒々しいくらいに鳴いていたヒグラシや虫の鳴き声がピタリと止み、辺りを不気味な静寂が包み込んだことを。まるで、彼女らを見失ったことをキッカケにこの空間のが変化したかのように


 …………。


 あらゆる音が静止したかのような錯覚。自分の足音と呼吸音以外、彼女らが地を踏む足の音も、先程の二人組が発した獣のような笑い声も聴こえない。

 これ以上、足を踏み入れたら良くないことが起こるかもしれない、という確信も無ければ証拠もないただの予感がためらいという足枷を造り出し、両脚をがちりと拘束する。


 あしがうごかな――いや、いやいやいや立ち止まるな――怖がるな。今更引き返すなんて、できるわけない。

 ここまできて少女を見捨てて帰るなんて、それこそためらうべき行為だ。頭の中でやかましく鳴り続ける思考の警笛を無視し、その先の空間へ足を踏み入れる。此方に行ったであろうという方角自体は判る、けれど何処にもそれらしき人影は見つからない。


 歩けど無。空間ただ独り。夕暮れ赤く。影の黒際立つ。鼓動が騒ぐ。けれど無音の森林。ただ独り。ただ、独り。

 フラッシュバックするのは昼間の光景。誰の注目も興味も引かない可憐な少女。周りの人には見えていなかったのだとしたら。もし、あの子が故意にそうさせていたとしたら。

 これがだとしたら?


 脳裏によぎる予感に背筋が凍る。心拍数が跳ね上がり、体温が上昇する。


(大丈夫、落ち着け自分これは考えすぎだ。走り過ぎて頭に酸素回ってないからおかしくなってるだけだ。は、はは……しっかし本当に、何処に行ったんだ? 木が邪魔くさいけど、そんな壁みたいに列を成して生えてる訳じゃない。ここは森林地帯の入り口付近、見晴らしはまだ良い方だ)


 脳を稼働させ、無理矢理にもで心を落ち着かせようとする。

 方角は判る、進めばきっと見つかる。なんて確かな根拠もないものにすがり、恐怖に心が包まれそうになるのを必死に抑えようとした時。


 ざああああ、と。風に揺れて葉が擦れ、静寂を破った。

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