第6話

「やっぱりここだ」


 後ろ。


 甘い、声。


「合ってた。あのときと同じ」


 ふりかえる。彼。


「むかし、この公園で遊んだことがある。あなたと」


「そんな記憶は、私にはありません」


「俺にはあります」


 彼。公園の砂場に、入っていく。


「あなたの名前もどこに住んでいるかも分からなかったけど、ここで、たしかに、遊んでいたはず」


「おもいだせない」


 そんな記憶は。どこにも。ない。


「俺のことを好きだといってくれて。どこが好きかって聞いたら、顔だって」


「うそばっかり」


「いいえ。本当です」


 彼の顔。


「おもいだせない」


「おもいださなくていいです」


「でも」


「顔が好きだから、他の人に顔を見せないでって、意味わかんないことを言うもんだから。俳優じゃなくて声優なんですよ。あなたのせいです」


「わたしの、せい」


「あのとき」


 頭がいたくなってきた。しゃがみこむ。


「やめましょう。昔の話は。立てますか?」


「立てない」


「じゃあ、とりあえずベンチまで運びますけど、いいですか」


「やっ」


 彼の手を。


 払い除けた。


 少しだけ、きらきらしたものが、飛ぶ。ラメか。


「わたしにさわらないで」


 頭が、ずきずきする。


「わたしは、しにたいの。しにたくて」


 そう。


「しにたいから、ここにいるの」


「なんで、しにたいんですか?」


「わからない。わからないけど、しにたいの。しなせてよ」


 彼の手。また伸びてくる。


 払いのけた。きらきらしたものが、また、飛ぶ。綺麗。


 抑えきれず、彼の手が。


 私の頬に。


「じゃあ、なんで、泣いてるんですか?」


 彼の手が、私の頬を、撫でる。


 きらきらしたもの。


 私の涙、だった。


「わからない」


「あたまがいたいのは、気のせいです」


「ちがう」


「しにたいひとの心から、あんな作品はできない。劇団の演劇だって」


「ちがう」


「あなたは、生きたいって思ってる」


「ちがうっ」


 きらきらしたものが。


 光る。


 顔に、何か。


 当たる。


「そう。それが、人間の光と翳だ」


 照明さん。懐中電灯で、こちらを照らしている。


「俺が出したい陰影は、ここにある」


 駆け寄ってくる。ふたり。抱きしめられる。


「泣いちゃって。ほら。メイクが落ちてるよ。直さないと」


「脚本がないと、わたし、舞台に、立てません。しなないでください」


 メイクさんと、演者さん。


「さあ、ほら」


 劇団のおねえさんとおにいさんが、私と彼を立たせる。


「最後の山場よ」


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