第16話 Goodbye Alien

「俺がお前と最初に会ったときのこと覚えてるか?」


屋上での激戦から一日しか経っていなかったが、平穏な日々が戻ってくると考えただけで気分は何か月も経過したかのようだった。


「もちろん。工場に君が来ることが分かってたから待ってたのに全然来なくてものすごく待ったよ」


「それはお前が工場の奥の奥の部屋に居たからだろ!」


 横に並んで歩いている少女に目を向ける。この少女、もといこの宇宙人赤宙と初めて会ったのは廃工場だった。


「それがどうかしたの?」


「お前は立ち入り禁止の廃工場に来た俺を学校にチクるとか言って脅したよな?」


「そんなこともあったかなー」


授業が終わり俺と赤宙は俺の家へと向かっているところだった。こうして並んで歩いく時が来るなんてあの時想像できただろうか。第一印象は最悪。脅してきたどころか重力解除装置なるわけのわからないものを使ってきたのだ。あれはれっきとした攻撃だったと今でも思っている。


「そのとき、俺がお前に向かって廃工場に来た理由を何て言い訳したか覚えてるか?」


「えーと何だっけ?」


その言い訳は咄嗟についた噓だったし、赤宙も噓だと見破っていたことだし記憶にあまり残っていないとしても仕方ない。


「それなら、俺が教頭に説教されてた時のことは覚えてるか?」


「あーそれは覚えてるかも。私が写真を捏造したことで君は助かったんだよね。ナイス私!」


「俺にはお前に助けられたことよりも、お前に捏造写真で脅されたことのほうが鮮明に記憶に残っているがな」


「……」


「その時お前が持ってきた写真はどんなものだったか覚えているか?」


俺が廃工場に入ったことが学校に知られて教頭に説教をされていたとき、赤宙は俺がペットを探しているという存在するはずのない写真を持って助けにきてくれた。脅されたことは事実だが助けてくれたことには感謝している。絶対口にはしないけど。タイミング的にもバッチリだったし、おそらく部屋の外で初めから聞いていたのだろう。


「それは覚えてるよ!なんせ私が捏造した写真だからね。君が猫探してるやつでしょ。あ、そうか!廃工場でした言い訳ってペットを探していますってやつか!」


「そうだ。説教の時もその言い訳を使っていたわけだが、なかなか信じてもらえないどころかこっちの話も碌に聞いてくれなかったな。まぁ、ペットを探していたのは噓だが。探していたのは、な」


「どういうこと?」


「着けばわかることだ」






「ここだ着いたぞ」


今、俺の家には俺と赤宙の二人しかいない。両親は仕事で海外を飛び回っているため日本に帰ってくることはほとんどなく、いつも家では一人だった。さらに友達も少なかったために俺以外の人間が家に来ること3年ぶりくらいだ。こいつは人間じゃないけど。


「おじゃましまーす!意外と整頓されてるねー。もしかすると私の家より綺麗なんじゃない?」


俺は友達が少なく人の家におじゃましたことがほぼないため、これが綺麗なのか実感がない。


「来てくれ」


そういって俺の部屋へと案内する。その瞬間赤宙の目が大きく見開いた。


「この反応。これあの粒子の反応がすごく高い!」


興奮ぎみの赤宙を横目に俺は自分の部屋の扉を開け、中へ入る。


「見つけた!こいつだ!」


そこにはペット用のケージに入れられた一匹の子猫がいた。白色で毛並みも良く青い目で愛くるしい表情を覗かせている。が、この生き物は猫などではない。この生物こそが赤宙が探し求めていた宇宙人なのだ。


「やっぱりか」


「どうして、これをどこで?」


「実はこいつが例の宇宙人じゃないかって気付いたのはごく最近のことだった。お前が初めに言っていいたその宇宙人の粒子が学校でも俺にだけ付いているのがおかしいと思ったんだ。いや、もっと早く気づくべきだった。お前や教頭に使った噓の言い訳だが、ペットを探していたのは確かに噓なんだ。だがペットが居ないとは一言も言ってなかっただろ?実は隠してたわけじゃないんだが、お前と出会った少し前に俺の家の庭にこいつがいたんだ。最初こそ保健所かどこかにやろうと思っていたんだが、その顔を見ているとそんな気になれなくてな。そこで家で飼うことにしたんだ」


「まさか、君の家の庭にいたなんて」


「びっくりだろ?だがここで問題がひとつ発生したんだ。俺は動物全般が苦手だったんだ。それなのに何故か家に上げてしまった。一度上げたからには無責任に捨てるなんてできなかった。色々悩んだ末に俺の部屋に入れることにした。本当に何故飼おうと考えたのか今でも謎だ」


「おそらくだけど、動物嫌いの君がこの猫みたいなのを飼おうと考えたのは、こいつの仕業だよ。世界を滅ぼしうるだけの力を持っているんだから、人の心を操るくらいわけないさ」


「なるほどな」


「もしかして、ずっとこの部屋に入れておいたの?外にも出さずに?」


「そういうことになるな。飼ったのはいいが、どう扱っていいのかわからず餌と水をあげるだけで、スキンシップみたいなことも一切しなかったからな」


「そういうことか。どうりで君にしか粒子が付いていないわけだ。そもそもその粒子は大量に出るものじゃないからごく近くに居ないとつかない。しかもあまり触れあったりしていなかったし、こいつもこの部屋の中から出ようともしなかった。だから粒子が外に漏れることもなく、君にだけしかも少量だけしかついていなかったのか」


「そういうことだ」


このパートナーはこの宇宙人を探すことを目的として結成されたものだ。こうして宇宙人が見つかった今、パートナーを組んでいる理由がない。始まりがあれば必ず終わりがあるのだ。


「お前はこれからどうするんだ?」


「うーん、そうだね。宇宙人が見つかったことだし、まずはこいつを無事に連れて帰るよ」


「そうか。お前と過ごしたこの数日は命がいくらあっても足りないかと思うことばっかりだったけど、案外楽しかったぜ。ありがとな。」


一緒に行動したことは時間にすればとても短いものであったが、経験した内容の濃さは人生で一番のものだ。宇宙人に廃工場で逆さにされたと思ったら、捏造写真で脅してくる。かと思ったら宇宙犬に襲われたところをバリアで守ってもらったり、屋上で文字通り命を賭けて共に戦ったり。人生まだまだこれからだが、これ以上の体験はないだろう。


「そんなこと言われると、なんだか照れますなー!」


「また、会えるよな?」


「うん、きっとね。でも、連れ帰る前にやらなきゃいけないことが一つだけ残ってる」


「なんだ?」


「それは私の痕跡を消すこと。少し私はこの惑星に関わりすぎちゃった。もし誰かに感づかれて私が宇宙人だってことがばれたら大変でしょ」


「お前が宇宙人だってことそんな簡単にばれるものなのか?」


「念には念をってやつだよ。万が一ってことがあるしねー」


「でもどうやって消すんだ?」


「それはねー。じゃーん!これを使うのです!」


そう言って彼女が取り出したのは小さなアンテナ塔のようなものだった。


「これを使えば消したい記憶だけ、今回で言ったら私に関する記憶だね。それだけを消すことができる。しかも使い方は至ってシンプルこのメモリを合わせてー」


アンテナ塔の下の土台部分についているメモリをいじりだす。記憶を消す機械なんてあるのか。宇宙人の科学力には驚かされるばかりだ。


「あとはアンテナから電波を飛ばす範囲をこうやって設定すれば……」


この作業が終わったら、本当に別れの時だろう。こういうとき最後になんて言うべきなのだろうか。今までありがとう?またな?この思い出は一生忘れないからな!とかであろうか。待てよ、この作業が終わるということは、赤宙との記憶が消えるということになる。それには俺も含まれているのではないか!?


そう思った矢先、彼女の細い指先がアンテナ塔のボタンに触れるのが目に映った。


「バイバイ、翔太君」



その時の彼女の目にうっすらと涙が見えた気がした。


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