第13話 Answer and Identities

 宇宙人が見つかったという噂が校内で出回り始めた。どこからの情報なのかはっきりしないが、もし本当にアレが見つかったのであれば動かなければならない時が来たということだ。本当にせよ噓にせよ、どちらにしても確かめる必要がある。そのために私はここにいるのだから。

 今は授業中のため生徒の声もほとんど聞こえず、せいぜい聞こえてくるのは体育をしている生徒のグラウンドから声くらいのものだ。つまり今から向かう屋上という場所には生徒はいないはずだ。つまり、いるとすれば教師かそれ以外の事務員などの人物だ。あまり考えられないが、外部の人間がこの学校の屋上に不法侵入している可能性もゼロではない。子供ではなく大人である以上、用心するに越したことはないだろう。

 屋上までの階段がやけに長く感じる。もう少しでアレが手に入ると思うと心の奥底から興奮が湧き上がってくる。しかし、それと同時に張り詰めた糸のような緊張感がべったりと貼りついている。これを逃したら次の機会はもう無いかもしれない。絶対に失敗するわけにはいかない。例えどんな手段を使ったとしても。


 屋上に着くとそこには一人の少年がフェンスの向こうを見つめていた。


「おいおい、今は授業じゃないか。翔太君、早く授業に戻りなさい」


「やっぱりあんただったんだな。安和辻教頭センセ」


「やっぱり、というのはどういうことかね?」


「あんたが俺を宇宙犬で襲った張本人だと言ってんだよ」


「私には何のことかさっぱりだな」


「とぼけても無駄だぜ。ここに来たっていうのが何よりの証拠だ」


 少年は冷徹で鋭い眼差しを向けている。


「それはとんだ言いがかりだよ。先生だって人間なんだから屋上からの眺めを見て黄昏たくなるときもあるさ」


「人間だから、ね。あんたはあくまでも知らないで通すつもりみたいだけどさ。それならどうして俺の名前を知ってんだよ」


「それは、君が廃工場へ行ったことで君と話し合ったからな。一度話した生徒まして説教までした生徒の名前はそうそう忘れんよ」


「それだよ、俺は少し引っかかってたんだ。確かに立ち入り禁止の場所へ入るのはいけないことだってのはわかる。そんで怒られるのも理解できる。でもな、あんたはあの時俺に反省文の用紙を渡してすぐに帰した」


「あの時は誰かもわからない部外者がノックもなく侵入してきた。それで苛立って説教するどころではなくなったからだ」


「俺も最初はそう思ったさ。でもよく考えるとおかしいよな。そんな見ず知らずの奴の持ってきた写真を易々と信じるか?そんな訳ないよな。合成だか何だか言って写真のことは否定することはできたはずだ。破り捨てたって良かった。そんな写真一枚くらいどうとでもできたはずだ。それなのに写真をすんなりと認め俺をさっさと帰した。それはどうしてか。それはあんたが赤宙となるべく接触したくなかったからだ。つまり、赤宙に自分が宇宙人だとばれることを恐れたんだ」


「君は何を言っているんだ。頭がおかしくなったのか?」


 目の前の少年の手に円形の何かが握られていた。先程まで何も持っていなかったはずだ。それはまるでどこからともなく少年の手の平に出現したようだった。


「これなんだかわかるか?これはな、生物識別スカウターっていってな。これを使うと誰がどの星の生物かすぐに見分けが付くんだ。この宇宙には色々な生物がいるからな。その星の生物に擬態するようなヤツもいる。そういうのを見分けるのに使うんだ」


少年の持っていたスカウターが赤色に光りだした。


「赤色だな。赤色が付くのがどういう意味かわかるか?赤色はな、登録してある生物と別の生物だったことを示す色なんだよ。登録してあるのは地球人だ。もう意味はわかるだろ?」


「ハハハハハ。私の完敗だよ。正解だ。私はこの星の出身ではないよ。まさか、見抜かれるとはね。正直驚いたよ。まぁしかし翔太君が考えたのではないだろう?君はそんなに賢そうに見えないからね。おそらくその赤宙とかいう宇宙人の入れ知恵だろう。それでも、私がこの星のものではないと見抜いたことには素直に賞賛するよ。おめでとう」


「やけに余裕だな。あんたはたった今、化けの皮を剥がされたんだぜ。もうちょっと焦るとかあるんじゃないの?」


「私が焦る?ハハハ。なんて面白いジョークを言うんだ。翔太君、君は勘違いしてないか?私が君たちが言うところの宇宙人だとわかったからなんだと言うのかね?君はただの地球人なんだよ。それは何も変わらないんだ。地球人である君に一体何ができるというんだね。私はやろうと思えば今すぐにでも地球人の君が反応できない速度で殴ることだってできる。その場合君は即死だろうね」


「あんたは地球人とは勝負にすらならないって言いたいのか?」


「ハハ。当たり前じゃないか。地球人なんて宇宙から見たらとても貧弱な生物だよ。何なら一発殴らせてあげようか?君の腕が折れるだろうけど」


 私がそう言うと明らかに元々鋭かった少年の目つきがさらに鋭くなった。どうやら本気で殴ろうということらしい。地球人ごときが何をしようが私の身体には傷ひとつ付かないだろう。それどころか彼の腕は折れる。その時どんな顔をするのか。絶対に敵わないと知ったときの絶望。その表情はどの生物も美しいものがある。私はその絶望に染まる瞬間が大好きなのだ。

そうだな彼が腕を折った後はゆっくりといたぶってやるとしよう。ヤツの情報を聞かなくてはならないから殺してしまわない程度にな。


「本気で殴る気か。いいぞ。私は今無防備だぞ。さあ、力いっぱい殴りたまえ。さあ!」


「それなら、遠慮なくいかせてもらうわね」


 彼が拳を固めた瞬間、少年の体は別のモノへと変化した。それは少年の姿ではなかった。紛れもなく少女のもの。そう、彼女は写真を持って説教部屋へと乱入してきた赤宙という少女であった。

 そうか、赤宙は彼女は私と同じようにこの星の外から来た者。宇宙には別の個体へと身体を擬態させることが出来る個体だっている。初めから間違っていたのだ。私が話していたのは貧弱な地球人などではなく、外から来た者。そう気づいたときにはすでに手遅れだった。


「宇宙格闘術ラクトスポルト“爆縮”!」


 空間が収縮する。その直後に一瞬で眩い白の閃光が視界を奪っていった。後には時が止まったのかと錯覚するような静けさが広がっていた。

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