第30話 魔王、ヒナに弱さを指摘される

王国軍がハーグ王国軍の前線基地を制圧したのは太陽が沈む前だった。

俺達がそこに行くと、戦った跡が残っている基地が見えた。

敵の死体はそのまま燃やしてしまったらしい。

王国軍の兵士は勝利に酔いしれていた。

前線基地で共に戦った仲間をお互いに労っていた。

アミリア達も仲間と別の所で話し合っていて近くにいなかった。

クレア、錬子、優子はクロエ達と話してくると言ってどこかに行った。

それで残された俺とミーナはというと、

「…………」

「…………」

水の入った紙コップを片手にボーッとしていた。

あの時、投降せずに一矢報いようと拳銃を抜こうとしていた敵兵を撃てなかった事を今も引きずっていた。

以前の俺なら迷わず引き金を引けたのに、あの後自分なりに考えてみた。

しかし何も出なかった。自分でも理由が分からなかった。

隣のミーナは何で俺と同じくボーッとしているのか分からない。

気付いたら俺の隣に座っていた。

「…………」

「…………」

気まずい……だけど声を掛けるタイミングが分からない。

思ったよりミーナの顔が悲しそうで声を掛けるのを渋ってしまう。

何がミーナを悲しませているのか分からない。

聞きたいが、彼女の雰囲気的に聞けずにいた。

「あれー?何だか二人とも、お葬式みたいな雰囲気なんだけど、どしたのー?」

前から相変わらず能天気なヒナが現れた。

彼女のP90はスリングで右肩に吊られている。

手には俺と同じ紙コップを持っていた。

「ヒナか……別に、何でもねえよ」

「いやいや。悩んでいるって顔に書いてあるのに、何でもないはないでしょ」

顔に……?

確かめる為に頬を擦った。

いつの間にか俺の心情が顔に出てしまったようだ。

「二人が何に悩んでいるのか知らないけど、良かったら相談に乗るよ」

ヒナは前の錆びたドラム缶の上に座って俺達の話を聞こうとしていた。

昔からヒナは人の考えている事を読み取れるのが得意だ。是非ともその秘訣を教えてもらいたいね。

「まずはミーナちゃん。君からどうぞ」

「へっ!?私……ですか?」

「私に言いたい事があるんじゃないの?例えば、私が拳銃を撃とうとしていた兵士を撃った事、とか?」

ミーナは静かに驚いていた。

自分が何に悩んでいるのかを言い当てられたからだろう。

ミーナは観念して、聞きたそうにウズウズしているヒナに話し始めた。

「ヒナさんは強いのですね。だから私かゼロさんを撃とうとしていた兵士の凶行を阻止する事が出来た。凄いですよ……本当に……」

ミーナはそれから下に顔を下げてしまった。

あいつが悩んでいたのは俺と同じだった事にびっくりした。

そういえばあいつもライフルを撃とうと引き金に指を掛けていたが、結局撃たなかったな。

あれはそういう事だったのか。

「んー、なるほどね。魔王様の悩みと大体同じかな?」

「え?そうなのですか」

「……ああ。奇遇だな」

「二人共、同じ事で悩んでいるんだね。ミーナちゃんはともかく、魔王様が引き金を引かなかったのは驚いちゃったよ」

「あの兵士の顔を見たらな……何故か引けなかったんだ。このまま撃ってあいつを殺したくないって思って、それで撃てなかった」

「…………」

「ゼロさん……」

ミーナが俺が落ち込んでいるのが分かったのか、俺の肩に手を置いた。

話を聞いたヒナは約十秒考え込んだ後、驚きの事を言った。

「別に相手は敵ですよ?魔王様が引き金を引いても問題ないのに、どうして普通の人と同じ事で悩んでいるの?」

「どういうことだ?」

「相手がどうだったとか関係ないよ。だって敵だもん。悩む必要は無いと思うなー。敵に情けは必要ないし」

「お前……」

「私から言わせると、今まで血も涙もなく殺していた魔王様が引き金を引くのを躊躇うのがおかしいですよ。ミーナちゃんはまだ戦いを経験した事がないから分かるよ。だけど、魔王様。あなたが今になって仲間を殺そうとしていた奴を撃つのを躊躇うのは、魔王様の心が弱くなったんじゃないの?」

俺は心の中でヒナを憎んだ。

何で俺がそんなことを言われなくちゃならないんだ。俺が弱くなったって?ありえねえよ。

だがヒナは、真剣な眼差しで俺を見ていた。

「それでは戦場で生き残れませんよ。戦場は弱い人から死ぬから」

「ちょっとヒナさん!止めて下さい!さっきからあなたは……!」

「へぇ~?誰も殺せなかったミーナちゃんが私に何か反論でもあるの?」

「っ!!」

核心を言われてミーナは唇を噛んだ。

「人を殺すのがそんなに怖い?魔物は容赦なく殺してきたのに?」

「それは……」

「詭弁だよね~。これだから人は醜いって他の種族に言われるんだよ」

「ヒナ、そのぐらいにしろ」

「……?どうかしたの魔王様」

さっきから聞いていれば、ヒナはミーナが誰も殺さなかった事を責めている。

その事に耐えられず、俺はヒナに声のトーンを下げて言った。

ヒナは俺の怒りを感じたのか、首を傾げて俺に顔を向けた。

「ヒナに殺人を強要する気か?そんな風に育てた覚えはないんだが」

「敵に情けをかけるなと言ったのは魔王様だったはずですけど」

「俺が言いたいのは、人を殺したくない奴にそこまで言う必要はないって事だ。彼女は今まで魔物を狩ってきた傭兵だ。人殺しをするのは……」

「プッ!アハハハハハハハハ!」

ヒナが腹を抱えてケタケタと笑った。

「何がおかしい?」

「魔王様、人間だって立派な魔物じゃん。自然を破壊したり、奴隷を飼ったりする卑しい生物ですよ。私はそんな人間が嫌いだよ」

「…………」

「!?」

俺とミーナは固まった。

ヒナの目は黒く、穢れてしまったような目をしていた。

元ナチスのアドロフや昔の優子と同じ、負の感情に満ちた目だ。

「私は村の奴らに売られ、貴族に奴隷として扱われた!そんな奴らに情け?嫌だよ!私は人間を許さない。その気持ちはこれからも変わらない」

「ヒナ……」

「だけど人間の中にも良い人がいるのは理解しているから、私にとっての敵は卑しい奴らだけだよ」

ヒナは貧しい農村出身だ。

その村は娘の身売りが横行していて、ヒナはその娘の一人だった。

ヒナを買った貴族はネグレクトで、彼女にいつも暴力を振るっていたのは覚えている。

うちに入ったのは彼女がわずか十歳の時だ。

彼女の強い執念で魔王軍幹部のドクの部隊に入った。

あの頃からか、あいつが人間を憎んでいたのは。

その人間に復讐する為に魔王軍に入隊したんだ。

「ヒナ、その辺にしなよ」

「錬子ちゃん」

さっきまで別の所にいた錬子がここに来た。

「あんたの悪い人間に対する憎しみも分かるけど、言い過ぎよ」

「でも……」

「もうゼロはあの頃とは違うのよ。クレアとミーナ、ここの世界の人と出会ってゼロなりの優しさを手に入れたの。ミーナもゼロも人間への憎しみは無い。だからあんたも理解しなさい」

「……はーい。錬子ちゃんも人間だし、ここで否定したら錬子ちゃんと仲良くしているのが否定されちゃうよ」

「フフフッ。素直なのがあんたの取り柄だね」

「錬子、その……」

「ゼロの言いたい事は分かるわ。私も、この世界に転生してから殺しを控えるようになった。案外、平和って悪くないわね」

錬子が柄にもなく笑った。錬子が無邪気に笑う所を見るのは初めてだ。

錬子も俺と同じく変わったって事か。

さっきまで憎しみの目をしていたヒナの目は元に戻っていた。

そしたら俺とミーナに謝ってきた。

「ごめんなさい魔王様。ミーナちゃんも強く言っちゃって御免ね」

「いや、大丈夫だ。気にしてない」

「私こそ、弱気になってすみません!」

「二人を困らせちゃった……何だかションボリ……」

急にヒナが肩を落として落ち込んでいる。

かなり自分を責めているみたいだ。

昔から感情が動きや顔に出る分かりやすい女だ。

「そういえば魔王軍のレーションに極上品があったわ。困らせたお詫びに二人に渡しなさい」

「!はーい!すぐに取ってきまーす!」

錬子にアドバイスされるとヒナは喜んでレーションを取りに行った。

何だかんだ言ってヒナは真面目で正直だった。

悪い人間を憎んでいるが、それ以外は普通だ。

「まったく、あの子はまだ四千年前とは違う事を理解していないわね」

「いや、弱い心を持った俺が悪い。ヒナがある意味正しい」

「本当にお人好しね。ヒナが悪いとは思っていないんでしょ。まあそこがあんたの良い所だけど」

「ミーナ、大丈夫か?ヒナは悪い人間が大嫌いでな、まあミーナは良い奴だから問題ないだろう」

ミーナはさっきより落ち着いているが、まだヒナの言った事を引きずっているみたいだ。

このままだとずっと自分で抱え込んじゃうな。

俺が何とか言って元気づけよう。

「ミーナ、元気出せ。お前のその優しい心は俺も評価している」

「え?」

「敵だった奴でも優しく出来る奴はそう多くはない。お前の優しさは皆の心を癒すんだ。無論俺の心も。もし俺を生んだ奴がお前みたいな優しさを持っていたら違った生活をしていたのかもな」

「ゼロさんの……お母さんの話ですか?」

「あんな奴、母親じゃない。俺にいつも化け物を見るような目で殴ったり蹴ったりしたクソ野郎だ。お前とは天と地程の差があるよ」

本当にミーナとは真逆の女だった。

俺を産むと交際相手だった男に何で産んだんだと責められて、その腹いせに俺を虐待した。

暴力は日常茶飯事だし、交際相手にも虐待された。

腕にタバコの火を押し付けたり、寒い外に平気で置いていった。

いつもいつもあいつらを憎んでいた。

何もしていない俺がただ生まれただけでどうしてこんな目に遭うんだと何度も自分に問い掛けた。

そして俺が六歳の時、殺したい思いが我慢の限界を迎えた。

ある山道で産みの母親が俺を連れて山道を走っていると、偶然母親の乗っていた車がエンストして、舌打ちした母親が車を路肩に止めた。

母親がボンネットを開けてエンジンを調べて、ロクな知識もないから携帯で交際相手に電話した。

俺はその時、何を思ったのか車から出てガードレールで電話している母親の背後に立った。

偶然が重なり、強い風が俺の後ろから吹いていた。

母親は交際相手と揉めてて俺が背後にいる事すら知らない。

……チャンスだ。害悪な母親を殺せる。

そして覚悟を決めた俺は強い風が吹いたのと同時に母親の背中をタックルした。

その衝撃で母親がバランスを崩して体が前に行って、ガードレールから下に落ちていった。

あそこの高さはかなりある。

落ちたら無事じゃ済まない。

バキッ!という鈍い音を聞いて俺はガードレールの下から母親がどうなったか確認した。

母親はしぶとく生きていたが、両足が反対側に折れていて、体中血まみれだった。

あの状態だとしばらく動けないと気付いたが、母親は俺の顔を見ているし知っている。

失敗した……と悔やんだその時だ。

再び母親の悲鳴が聞こえた。

見ると、複数の野犬に食われていた。

母親が苦しみ、犬が彼女の肉を引き千切る。

その辺りが赤い血で染まったのを見たとき、俺は……

「笑った……かもしれない。小さい頃だし、あの母親が死ぬのを見てどう思ったか分からない。だが、あの後自分の手を見たら母親を押した感触が残っていた」

話し終わった時、ミーナと錬子は黙っていた。

ミーナは何故か涙を流し、錬子は哀しそうな顔を浮かべていた。

これは零以外には言っていない、俺の罪の一つだ。

初めて人を殺したのはあの母親を下に落として野犬に食わせた事だった。

他にも俺の罪はあるが、最初の罪がそれだった。

「どうだ。これがお前が憧れていた俺だ。ガッカリしただろ?」

「…………いいえ」

「なに?」

「納得がいきました。親の事を話さないのも、自分で抱え込もうとする性格も。だからこそ、私はあなたを軽蔑しません」

驚いた。普通は引くもんだと思っていた。

だがミーナはあの優しい顔ではなく、真剣な顔をしていた。

俺と向き合っていた。

「私は、お父さんにもお母さんにもお姉ちゃんにも恵まれました。ごく平和に暮らし、この世界で傭兵として働いていました」

「それがなんだよ?」

「平和に暮らしていたからこそ、あなたという境遇の人を知りませんでした。あなたは強くて面白くて、ですが哀しい顔をしていた。それが今分かりました。私はあなたという哀しい人を見捨てる訳にはいきません。助けたいのです」

「……俺を助けるって?ハハハッ、どうやって、お前に何が出来る?」

「……気付いていないの?」

錬子が俺に問い掛けてきた。

「なんだよ」

「目から涙が……出てるのに気付いていないの?」

……え?

頬に触れて初めて泣いているのに気付いた。

泣くのはいつ振りだ?何百年振りに泣いた気がする。

ミーナが助けると言って、嬉しくて泣いたのか?

「私はあなたに興味がありました。ユニークで優しいあなたを、いつしか好きになりました」

「それでたまに錬子が鈍感とか言ってきたのか。納得がいったよ」

「私はただあなたの優しさに惹かれたのではありません。敵に優しく、親しい人はそれ以上に優しく、そんなあなたを好きになりました」

「…………物好きだな。人殺しで童貞の俺を好きになるとかイカれているだろ」

「ほら。嬉しい時は適当な事を言う。ゼロさんは意外に分かりやすいです」

「…………」

「それに、あなたはずっと一人じゃなかったはずです。誰か、前にあなたの隣にいませんでしたか?」

「……!!」


『おや?君は確か……』

『……だ。よろしくな、佐由理』

『君はかなりのお人好しのようだが、ただのお人好しではないみたいだ。面白そうだ。よろしく頼むよ』


「佐……由理……」

一人だけいた。俺と友達……ではなく親友になってくれた奴が。

忘れていたが、ミーナの言葉で思い出した。

そうだ。俺には頼れる親友が前の世界にいた。

そいつはここにはいないが、あいつの約束は忘れていない。

その約束を果たす為にも、俺はこの世界でも頑張らないといけない。

「ゼロさん。私、私達はそんなに頼りないですか?悩みを打ち明けない程信頼していないのですか?」

「……違う。ちゃんと信頼しているし頼りにしてる」

「なら!」

ミーナが俺の肩を掴んだ。

驚いて思わず顔を見上げ、真剣に俺と目を合わせているミーナを見た。

「もっと頼って下さい。あなたには、頼れる仲間がいっぱいいます。あ、私にも……頼って下さいよ」

「…………なーに弱気になってたんだ俺。ミーナに叱られて頭冷やされたわ」

立ち上がり、ミーナの肩を掴み返してやった。

ミーナは予想していなかったのか、顔を赤くし、驚いて俺を見た。

「悪いな、へこたれてたら佐由理に叱らちまうな。あいつに説教されるのは御免だ。だからもう弱音を吐かず、困ったら頼らせてもらうぞ、ミーナ」

「…………」

「ミーナ?」

「あーあ。気絶しているよ」

嘘だろ!何で……あ、そっか。好きなんだっけ、俺のこと。

「まったく、やっぱりどこか抜けてる男だね。あんたは」

呆れた様子で錬子が言った。

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