第68話 魔法少女と最後の戦場 後編


 大和は、死を覚悟した。


 あの黒の太陽が地上に降りてくれば、この異次元は崩壊する。そうなれば全員が死ぬ。

 大和も、魔法少女も命を失ってしまう。


 目の前にあるのはまさしく、終焉と呼ぶにふさわしい光景だ。

 

(死ぬの、か……)


 この世界で自分が死んだら、どうなるのだろうと思った。


 稲荷神は『大和の魂』が必要だと言った。

 ならば死後も、あの神の中で存在するのだろうか。

 死んだ先のことなんて考えたこともなかったが、これほどに近づいてきても、現実のことのように思えなかった。



 すみちゃんや、シリウスはどうなってしまうのだろう。


 ゲームの頃は、課金石を使えば復活することができたが、大和の"ユーザーの力"では、それができない。

 リセットなんてない。

 それなら、ただ、死んでいくだけだ。

 


 当然、純連にもそのことは伝えている。

 それなのに。


「『ブロンズ・シールド』っ、『リフレク・シールド』、ですっ……!」


 一度きりの命が失われることは、分かっているはずだが、それでも命を張っている。

 絶望的な状況を前にしても、必死に、大和と琴海を守ろうとしていた。


「俺なんて、守られる価値はないのに……」


 大和は、無力な自分自身を嘲笑った。


 大和の“現実"に、帰るべき場所はない。

 家族も友人もいない。

 愛してくれる人間なんて、誰もいない。

 自分が、誰からも好かれていない人間だということは、誰よりもよく分かっている。


 だから、守られる価値はない。

 自分を見捨てて、琴海を連れて逃げればよかったのにと思ってしまう。

 

「そんなことを、言わないでください」


 純連は、背後の声もしっかりと聞き取っていた。

 絶望から目を逸らしていた大和は、驚いて顔を持ち上げる。


 次元を抉る魔法の太陽は、亀のようにゆっくりと地上に降りている。

 それに対して、純連が作り出せた盾はたったの二枚。

 三人を囲えるほどの大きさはあったが、この世界を飲み込む規模の魔法に比べれば、蟻のようなものだ。


 絶望的な状況は何も変わっていない。

 それでも、大和を誇る表情は変わらない。


「あなたが純連を救ってくれたおかげで、ここに立っています。魔法少女になれたことを誇りに思えるようになったんですよ」

「すみちゃん……」


 自分を虐げ続ける大和に言い聞かせるように、語り続けた。


「お母さんとお父さんを救えました。ことちゃんとも仲直りできました」


 強い感謝と、信頼が伝わってくる。

 彼女の放つ一言一言が、大和の心の奥底を揺さぶった。


「この恩と、大切な気持ちは、死んでも忘れません」


 彼女の様子がおかしいことに、大和もようやく気がついた。


 純連の体が、美しい藍色に輝きはじめていた。

 巫女服が羽ばたくほどの、濃密な魔力が、純連の内側から湧き出していた。

 だが、それはおかしい。

 純連はもう魔力切れだったはずで、そんな力はどこにも残っていないはずなのに。


「すみちゃん、それって……」

「誰よりも大事な人を、その人の住む世界を守れるのなら本望です」

 

 唯一、大和と琴海を守れる道があった。

 自分の存在を賭けて、全ての魔力を操り、形成した盾に注ぎ込んでいく。


 命を削って魔法を使っていた・・・・・・・・・・・・・

 そのことに気付いた大和が、叫んだ。


「だめだ、純連ッ!!」


 この世界はゲームではない。

 命という燃料を燃やして、自らの力を引き出すような真似もできてしまう。

 大和が止めに走るが、純連に腕を振り払われて、逆に尻餅をついた。


 八咫純連は、寂しそうに微笑んだ。

 それは自分の死を知っている顔だった。


「どうかあなたを、最期まで守らせてください、■■やまとさん」


 たった一人で戦場に立った魔法少女は、大和だけを見ていた。

 尻餅をついたまま、動けなかった。


「すみ、ちゃん」


 その覚悟を目の当たりにして、知らずに涙が頬を流れた。 




「随分と長かったわねえ。遺言は終わったかしら?」


 終焉の魔法を振るう神が問いかける。

 ボロボロに傷ついた純連は空を向いて、馬鹿正直に叫んで返した。


「きてください、二人を守り抜いて見せますッ!!」

「そう。では、死になさい」


 反射の盾と銅の盾が、最後の守りだ。

 命を賭して作り出した防壁に、いよいよ次元の太陽が衝突する。


 純連を中心に、暴風が大地を払った。

 両足で大地を踏み締めて、押しつぶされないように必死に腕で支えた。


 反射させて、攻撃を逸らす。

 今はそれだけを考えていたが、しかし先程のように、空に跳ね返ったりはしなかった。


「なっ!?」

「くっ……アハハハハッ! だから、魔法少女は愚かだというのよ!」


 まるで引力があるみたいに、太陽は巨大な盾を押しつぶそうと迫ってくる。

 足が地面に深く食い込んでいく。

 純連は、血を吐いた。


「う、ぐ、ぁぁ……っ」


 残された僅かな魔力さえ、無慈悲に削りとられてしまう。

 神にとっては当然の結果だった。


「この一撃は、魔物から吸収した膨大な魔力で作り上げたのよッ! 耐え切れると、本気で思っていたのかしら!?」


 もともと、確実に魔法少女と、上位世界の男を殺害するためにと作った全力の一撃だ。

 もともと一方的にやられていた純連が、数秒でも耐え切れたのは、相性ゆえの奇跡でしかない。


 命を燃やして防ごうと純連は、意識を失いかけた。

 だがそれでも、最後の力を振り絞って、魔力を注ぐのを止めなかった。


「しぶといわね」


 だが、神はそれさえも打ち砕く。


「終わりよ。魔法少女に希望など残さないわ……!」


 確実に始末するために、稲荷神は次元の太陽に人差し指の先端を向ける。

 それを見た大和は、叫んだ。


「っ、やばいっ、すみちゃん!!?」

「どんなに強かったとしても、弱者であることを定められた魔法少女に、これを止められる道理などないわ」


 そんなことをしたら、黒の太陽は崩壊してしまう。

 魔法の殻が破れれば、次元を削り取る一撃を発動されてしまう。その規模は先ほどの比ではない。

 神の世界に、逃げ場はどこにもない。



 稲荷神にとって、上位世界の人間は魂さえ取り込めればそれでいい。

 むしろ主人公と関わりたくなかった。

 早々に次元転移をする腹づもりだ。

 そのために、引き金を引いた。


「死ね、忌々しい魔法少女共ッ!」

「や、めろおおおおっ!!」


 大和は絶叫した。

 無慈悲に放たれた閃光は、太陽を貫いた。



 異次元が音を立てて歪む。

 殻は破れて、この空間に存在するすべてが、次元の狭間に飲み込まれていく。

 自らが作った世界の崩壊が始まった。


「アハハハッ! アーッハハハハハッ!!」


 天地創造にも等しい攻撃で、神自らが傷を負うことはない。

 自らが作り上げた次元が滅んでいくのを、嬉々として受け入れた。


 神の立てた計画は、ここに完遂された。







「……ハハ、ハ?」


 次元の狭間に響いた笑い声が止まった。

 あり得ないことが起きたことに気付いたが、理解することができなかった。



 大和はまだ生きていた。

 いまだ存在する地面にへたりこんだまま、以前、純連と交わした言葉を思い出した。


『純連はゲームの中の人じゃありません。大和さんも、ゲームの外の人じゃありません』


 自分の正体がばれてしまった時、純連はそう言って、大和の不安を否定した。

 それはくしくも、この世界から逃れようと画策する稲荷神とは、全く反対の立場だった。


「あ…………」


 その言葉が、脳裏に焼き付いていた。

 もしも神の思う通り、ここがゲームと同じ世界だというのなら。

 運営から見捨てられた魔法少女は、ここまでたどり着くことはできなかったはずだ。


 




 魔法少女、八咫純連。

 彼女は数々の困難を乗り越えてきた。

 ゲームで定められた理から外れた時から、胸に信念を抱いて、必死に食らいついた。

 

 魔法少女が、自らの限界を超えるために最後に必要とするのは、魔物の素材ではない。

 各々に降りかかってくる耐え難い困難を打ち破ることだ。



 魔法少女の才能は、等しい。

 誰もが才能を開花させる資格を持っている。


 中には、シリウスのように最初から資格を持つ者もいれば、”アップデート“によって、その領域に至る者もいる。

 アルカディア・プロジェクトと呼ばれるゲームで、純連がそうならなかったのは、運営が描く物語で必要とされなかっただけだ。


 この世界は、運営が描く物語じゃない。

 八咫純連は誰よりも先に、頂に手をかける資格を有していた。





 必死に作り出していた青銅の盾と反射の盾が混ざり合って収縮する。


 新たな盾が、両手の前に形作られた。

 それは人一人を守るのがやっとという程度の、あまりに心許ない大きさだ。

 それが、神が苦心して作り上げた太陽の爆発を、ほとんど完璧に抑えこんでいた。


「何だっ、一体、なにが起きているッ!!?」


 力の大半を使った神は、理解不能な現象に慄いていた。

 純連が作り出したのは青銅の鏡だった。

 その鏡面が、放出されるはずだった膨大なエネルギーを全て吸い込んでいた。



 絶望が、大和達の前から消えていく。

 全ての魔力が、鏡の世界に吸い取られた。


「馬鹿な……」


 球状になった世界の空に稲荷神だけが残された。もう暴力的な魔力は宿っておらず、元の姿に戻っている。



「すみちゃん、その姿は……っ」


 大和は、信じられないような想いで純連を見ていた。


 弱者だったはずの盾の魔法少女。

 目を瞑っている純連は、僅か一瞬のうちに、神々しい衣装に換装していた。



 ボロボロに傷ついていた巫女服は、すっかり綺麗な形に戻っていた。

 それどころか、吹き荒れる風にあおられるたびに花弁のような形の光を散らし、より綺麗な姿ではためいている。

 ツインテールも、まるで本物の海のように色を変え続けて、美しい色を見せている。

 少女とは思えない。

 まるで、小さな女神だ。


 だが変貌した魔法少女は、戸惑うことも構うこともない。

 目を見開いて、真っ直ぐ神を睨んだ。


「馬鹿な……こんなもの、上位世界には、存在しなかったはず……」


 稲荷神に、もう余裕は残っていなかった。

 覚醒した魔法少女の鏡が、迷いなく最後の敵の姿をとらえる。

 その向こう側では、吸い上げられた膨大な魔力が蠢いている。すべて純連の魔力と同じ色の光に変わっていた。

 

「これは全部、あなたに、お返ししますっ……!」


 真の進化を遂げた魔法少女は、鏡に封じ込められた魔力を、全て解き放った。

 身の丈を大きく超えた力を使った神は、魔法の反動で動けない。


「『八咫鏡やたのかがみ』っ!!」


 濃密な光の柱から逃れる術はなかった。


「ッ……!!」


 稲荷神とうかのかみは、黒の魔法の盾で自分を守ったが、無駄だった。

 光が、一瞬で何もかもを打ち破ってくる。

 自らの集めた魔力に、焼かれていった。


「ばか、な」


 勝利のために、徹底的に対策していたからこそ、この敗北が理解できなかった。

 物語を打ち破るために警戒してきた。

 対策は、全て成功したはずだった。


(妾が、負ける、など……――)


 神を騙る元凶は、暴力的なまでの力に飲み込まれて、その身を消した。




 巫女が封じたエネルギーは、留まらない。

 内側から、球状の歪な灰色の世界を割った。ガラスが剥げるように、異空間が大和たちの前で崩壊する。



 魔力の閃光は、渦巻いていた雲を祓った。

 水面に石を投げたときにできる波紋のように、色づいた世界の暗雲を吹き飛ばした。


 満点の青空が、戻ってくる。

 太陽の光が、数年ぶりに、京都の街を照らし出した。






 救援に駆けつけようとしていた主人公や、魔法少女。そして避難していた街の住人も言葉を失った。


 街に魔物を呼び込んできた渦雲が、何の前触れもなく、魔物とともに消え去った。

 長きに渡って苦難をもたらしてきたいくさの、終わりの合図だったが、そのことを、まだ誰も理解できていなかった。



 ようやく訪れた青空の下。

 滅んだ街は、しばらく静寂を奏で続けていた。

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