第67話 魔法少女と最後の戦場 中編
アルカディア・プロジェクトの物語が導くのは、ありふれた結末だ。
最後の敵に対面した主人公が、敗北を目前にして真の力を発揮して逆転する。
魔法少女と共に勝利をおさめて、追い込まれていた人類の窮地を救う。
あらゆる作家や監督が描き出してきたような、物語の一つに過ぎない。
しかし、この世界においては事情が違う。
もう、定められた運命は破壊されている。
敗北を知った最後の敵は、最悪の状況を予見して計算に組み入れていた。
全ては、勝利を掴み取るこの時のためだ。
「運命を打ち壊す力は、妾の手の中にある」
変貌によって得た絶対的な力は、まさしく神と呼ぶに相応しい力だ。
魔法少女の二人はもとより、魔力を感じることのできない大和でさえ圧力に怯えた。
「どうして、お前が、その姿に」
「其方は分かっている筈でしょうに……まあいいわ、見せてあげましょう」
稲荷神は片手をかざした。
彼女の体格と同じほどの大きさの次元の穴が、宙に浮かび上がる。
立ち上がったシリウスは、よろけそうになりながら剣を構えた。
純連も両手を構えて、攻撃に備える。
しかし、それは攻撃のためのものではなかった。
「っ、あれは……」
「この街ですか……!?」
三人は目を見開いて注目した。
穴の向こう側に映し出された光景は、自分たちの住んでいた街だった。
崩壊した京都を雲の上から見下ろしていた。
紅色の光の筋が、まるで血管のように碁盤の目の十字の道に張り巡らされていた。
街には魔物が蠢き、土地を支配していた。
だが、魔物達が線に触れた途端、悲鳴を挙げるまもなく、その命を吸いあげられて灰になっていく。
鬼も、粘液も、巨大烏も。
恐怖に駆られて逃げ出しても、紅色の触手が絡めとっていった。
全ての命が食い荒らされ、変換された魔力が街の中心――この地に集っていた。
改めて姿を見ると、神の衣服の内部を這う光が心臓部に収縮していた。
「まさかあなた、魔物の力を……!?」
「ええ。もう妾が、この世界に魔物を撒く必要などないでしょう?」
スライムのように、魔物の命はこの世界で増殖し、育まれてきた。
その力が神に奪われていく。
たった二人で立ち向かってくる魔法少女に対して、過剰すぎるほどに力をつけていく。
それは、真の力を目覚めさせた主人公に対抗できる唯一の力でもある。
「吸い上げた魔力である以上、長くは保たないはずです」
シリウスは恐怖を堪えながら言い放った。
「すぐに全ての魔法少女がこの地に結集する。貴女が恐れている者も来るでしょう」
「その頃に、妾はこの世界にいない。そもそも、この次元に気付く魔法少女も、存在しないでしょうねえ」
「ッ……」
稲荷神の指摘は正しかった。
純連もシリウスも、この世界で戦うことは知っていたが、誰にも話していない。信じてもらえないからだ。
「もう戦力は必要ない。上位世界に行くのは妾だけで構わないのですから」
神は、運命に勝利するための策略を、練り続けてきた。
ここで勝利をおさめれば、上位世界に君臨することができる。あまりにも簡単だ。他のものは、何一つ必要としない。
「妾を倒し得るのは『青陽緑』のみ。でも彼が、ここに来ることはない」
唯一恐れているのは、主人公の存在だ。
例え運命が変わっても、主人公の持つ『可能性』が変わるわけではない。
ならば、そもそも戦わなければいいのだ。
神の出した結論だった。
「随分、彼のことを買っているのね」
「ええ。忌々しいけれど認めるわ。無数の世界で妾を倒し続けてきた存在ですもの」
でも、と、シリウスに指先を向けた。
「魔法少女シリウス。其方は、妾を倒し得る存在ではない」
「……そうですか」
僅かに屈んで、剣を再び三度輝かせる。
事実上の勝利宣言を聞いても、シリウスは効く耳は持たなかった。
破砕したコンクリートを蹴って駆け出した。
「駄目だ!」
大和の静止の声は、届かなかった。
シリウスは同じように剣を振った。
神も先ほどと同じように防御をしなかった。
だが、しかし。
防御破壊の魔法を伴った剣の攻撃は、胴で止まった。
「なっ……!」
「そんな程度の力で、妾を倒すことはできないわよ」
同じように肩を切り裂こうとして、鋭い剣先は止まっていた。
血どころか痛みさえ感じていない。
神は、クスクスと笑って、茫然とするシリウスを見つめている。
「あがぁぁっ!!」
背後に跳ぼうとしたシリウスだが、逃れきれずに、指先から放たれた黒雷を受けて弾き飛ばされた。
口から胃液が吐き出され、曲がった身体が中に投げ出された。
「ことちゃんっ!!?」
強制的に、シリウスの変身が解除されたのを見て青ざめた。
両腕を伸ばした純連が透明な盾を作り出し、飛ばされた琴海が地面に投げ出されるのを、かろうじて防いだ。
怪我をしない程度の速度で、受け止められる。
「ぐ、うぅぅっ……がっ」
「シリウス、しっかりしろ……!」
盾から地面に落ちた琴海を覗き込むと、腹部を抑えて、苦しそうに呻いていた。
制服が剥けて、焼け焦げた肌が痛々しい。
命を失うほどの怪我ではない。
しかし、重症だ。脂汗を滲ませる七夕琴海は、戦線に復帰できないほどの傷を負った。
神は、哀れむように笑った。
「やはり魔法少女は、到底考えられないほど愚鈍な存在ね」
「どういう意味ですか!」
噛み付いた純連は怒っていた。
傷つけられた親友を前に、冷静ではいられない。
「どんなに努力をしても、妾のような"神"を超えることは敵わない。それが理解できない其方達は、本当に愚かよ」
「っ……取り消してください!」
「すみちゃん!?」
倒れた琴海と大和を置いて、二人を守るように前に出た。
「ことちゃんは、愚かなんかじゃありません!」
果敢にも、稲荷神に向けて叫んだ。
だが子犬が叫んだ程度にしか聞こえていないのか、神は哀れむばかりだ。
「雑魚の魔法少女では、力の差が理解できないのかしら。死にたいの?」
「死にたくはありません! あなたは、きっと凄い力を持った魔物です……! 純連は、殺されてしまうのかもしれません!」
でも、と。
この異空間で、腹の底から叫びをあげた。
「ことちゃんも、■■さんもっ。それに純連やみんなだってっ……!」
世界から音を消して名前を呼んだ。
泣き出しそうになりながら、怒っていた。
「守るべきものを守るために、必死に戦っているんです! あなたがそれを、そんな風に笑うなんて、絶対に許せません……!」
「何を言うかと思えば。本当に愚かねえ」
神が、純連に指先を向ける。
だが今度は予測していたのか、純連は即座に魔法を使った。
反射壁と銅の盾を、同時に目の前に作り出す。
だが――
「あ、ぐっ……!?」
進化を遂げたボスの黒の閃光は、純連の作った盾を
純連の背中から貫通する。
「え……」
確実に胸を貫かれた。
地面に穴が空き、煙があがった。
それを見た大和は、頭が真っ白になった。
「す、すみちゃん……っ!!」
駆け寄って、倒れた小さな体を抱き起こす。
純連の目は閉じていた。
自動で身を守る力を授ける小盾は、ひび割れ、倒れた地面の上で粉々に砕けた。防御のキャパシティを、遥かに超えていたのだ。
「すみ、ちゃん……」
「……あ、ぐ、ぅ、ぅぅ」
「あ! ああっ……! だ、大丈夫か、おいっ!!」
泣き出したい気持ちで、胸を貫かれて倒れた少女を抱えていると、歯軋りして呻いていることが分かった。
生きている。
それが分かっただけで体から力が抜けそうになった。
「あら、今ので終わらせるつもりだったのだけれど……」
生存を不思議がっていた。
大和がよく見ると、純連の胸元に開いた穴を、藍色の魔力が塞いでいた。
黒の稲荷神も、納得した様子を見せた。
「ああ。そういえば、そんな魔法もあったわねえ」
「すみちゃん、しっかりしろっ! お願いだ、死なないでくれ……!」
「う、ぐぐっ……」
「あらあら。ゲーム・システムは知っているでしょう。死ぬはずがないじゃない、可愛らしいわねえ」
神と違って、大和は冷静ではいられなかった。
心臓を貫かれて無事でいられるはずがない。例えゲームの法則が適用されると知っていても、信じきれない。
(これは、クイーン・スライムで進化したすみちゃんの、最後の魔法だ……)
神の一撃は、命を確実に奪うものだった。
生きているのは、最後の進化で身につけた魔法の力のおかげだ。
どんな攻撃を受けても、体力を一だけ残して、生き残ることができる。
それが八咫純連の最後の魔法でもある。
「でもこれで使い切った。二度目はないわねえ」
「ぐっ……」
しかし、それは戦闘中に一度しか使えない。大和は純連を庇うように抱きかかえた。
もう一度同じ攻撃を受ければ、確実に死んでしまう。
「力無き者に選択肢などない。そのことが理解できたかしら」
二人を見て嗜虐心が刺激されたのか、感情を昂らせて両腕を空に掲げた。
「もはや、其方達では妾を止めることはできない」
大和は、自らの目を疑った。
魔法が現実にあり得ない現象を引き起こす力であることは知っていた。
しかし、それでもありえない。
廃墟の京都駅を崩し、それ以上に巨大な、黒色の鳥居が現れた。
神は、向こう側に魔力を注ぎ込む。
門の向こう側。次元の境目がゆっくりと波打って、宙に浮かび上がる。
「あ、あ……」
大和は膝をついて、絶望した。
太陽のように巨大な闇色の球体が全貌を表した。
今までの小さな穴を開けてきた攻撃と同じで、巨大さにおいては正に次元が違う。
それに引き寄せられ、大和達のいる異空間の時空が歪んでいく。
平らであるはずの地面が湾曲する。
京都の街がくるまって、まるでビー玉の中の世界に閉じ込められたようになった。
「これで本当に最後ね」
闇の太陽のもとに、稲荷神は君臨した。
「その命を散らせなさい、魔法少女――」
「ま、待ってくれッ!!」
大和は、最後の号令を遮るように叫んだ。
空を支配した神は、いよいよ勝ち誇ったように笑んだ。
「何かしら。遺言でも残したいの?」
「違う……やめてくれ。どうか、二人を殺さないでくれ」
「■■さんっ!?」
純連の、音にならない叫び声が聞こえたが、振り返らない。
空に浮かぶ神と、上位世界からの転移者の視線が交差する。
「生贄になる覚悟ができたのかしら?」
「お前は俺の住む世界に君臨したいんだろう。なら俺はどうなってもいい。こんなの必要ないはずだ……」
大和は、血の滲むような思いで懇願した。
頼みの綱だったシリウスは、この戦闘に復帰できないダメージを負ってしまった。
純連も攻撃を耐え続けて、いよいよ限界を迎えている。
スマホゲームであれば、とっくにやり直しているような状況だ。
しかし、この世界に”リセット”なんて都合のいいものはない。
完全に大和の負けだ。
「妾に魔法少女をけしかけておいて、随分と都合のいい申し出ではないかしら?」
「分かっています。だから、お願いします」
大和は、頭を深々と下げた。
かつての世界では日常茶飯事だった行為だったが、こんなに悔しいのは初めてだった。
それでも膝をつき、深々と土下座をした。
「どうか二人の命だけは、助けてください」
頭をコンクリートに伏せた。
目の前に存在しているのは、ラスボスではなく、自分では絶対に勝てない神だ。
唯一の救いは、彼女の目的が、この世界の住人ではないことだ。
自分が死ぬのはもう逃れようがない。
でも二人だけは、見逃してもらえるかもしれない。そのために大和は必死になった。
「えっ……」
だが神が返事を返すよりも先に、大和の背中に手が触れた。
「だめですよ、■■さん……!」
大和を追い越した魔法少女は、神の御前に立っていた。
痛々しい笑顔が、大和の心を震わせた。
「最後まで、純連に護らせてください」
純連の服は黒ずみ、肌からは紅色の液体が滴っている。
残りの体力は僅か1。
見えないが、吹けば飛ぶような値しか残されていないはずだ。
無くなれば、本当に死んでしまう。
それなのに、止める言葉が喉から出てこなかった。
自らの命が消えかけていることは、彼女自身が一番知っているはずなのだ。
「まだ妾を止めようというのかしら?」
それでも折れずに戦闘の構えをとった純連を見て、神は尋ねる。
迷わずに頷いた。
「はい。あなたはきっと皆を殺します。刺し違えたとしても、その野望を止めなければいけないんです」
純連は、自分が弱いことは分かっている。
だが、魔法少女として、英雄と呼ばれるシリウスと全く同じ決意を抱いている。
「誰も傷つけさせません」
純連はもう最初の頃とは違っている。
もともと、取り戻したいものを胸に抱いていた。だが今は守りたいものもできた。
この死の縁でも心を奮い立たせるのは、その人の存在があってのことだ。
「絶対に、純連が二人を守ります」
「……純連、っ」
倒れた親友の琴海が、呻き声で名前を読んだ。
「最強の魔法少女すみちゃんは、絶対に、折れませんっ……!!」
両手をかざして力を振り絞って、最後の盾を作り出す。
だがそれは、あまりに脆弱なものだった。
稲荷神も思わず失笑し、そして望み通りに滅びを与える。
「いいわ。死になさい、愚かな魔法少女」
「だめだっ、純連ッッ!!」
破滅の魔法が発動した。
もう大和の叫びも聞かず、魔法少女に、神は死の鉄槌を振り下ろした。
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