第53話 転移者と魔法少女の決戦


 今はもう使われていない、オフィスビルの屋上に集った四人のもとに、別なビル伝いに宙を跳んできたシリウスが着地した。


「今、戻りました」


 静かに体制を戻し、埃を払うと、怪訝そうな顔をした。作戦を考えていたはずの四人の雰囲気が、とても重くなっていたのだ。


 その中から抜けてきたコレットが近づいてきて、不安そうに尋ねる。


「シリウスちゃん、どうだった?」

「あの巨人の他に脅威はありません。周囲の魔物は全て撤退したようです」


 剣を収めたシリウスは簡単に、偵察の結果を報告した。

 機動力が随一で、単独で強力な力を秘めた彼女は、他の脅威が迫っていないかを探すために周囲一帯を見回っていた。

 予想通り、あたりに敵の姿は皆無だった。


 むろん、それは喜ぶべき事態ではない。

 その証拠に二人の表情は優れない。


「それで。今は、どういう状況かしら」


 純連が必死になって、訴えかけているように見えた。

 リーダーの緑はしばらくの間黙り込み、やがて顔を上げて告げた。


「その手は危険すぎる。許可できない」


 はっきりと、目の前の魔法少女に告げる。

 周囲も同じ意見を抱いているようで、反論の雰囲気はなかった。しかしそんな中でも、純連だけがかたくなに主張する。

 

「危険なのは分かっています。ですがこれなら、助けられるはずです!」

「僕もその可能性はあると思う。だがそれが失敗したら、君はどうなる?」

「純連が、必ずなんとかして、戻ってきます!」


 とにかく必死に訴えていた。

 緑も否定はできないようだったが、肯定もしなかった。

 このまま、黙ってあの汚泥の巨人を見過ごすことはできない。だが純連が主張する手は、あまりに危険すぎるのだ。


「お願いします! やらせてください……!」

「……その決断は、皆の意見を聞いてからにしよう」


 緑は、他のメンバーに問いかけを投げかけた。


「すごく、危ないと思う」


 真っ先に答えたのはコレットだ。

 しかし難しい表情で、自信はなさげだった。


「確かに純連ちゃんの作戦ならいけるかもって、思えるよ」

「…………」

「でも、他に何か先に試せる方法はないのかな……? 失敗したら、大変なことになっちゃうし……」

「ええ。もし実行するとしても、最後の手段でしょう」


 横から断言したのは、今まで静かに話を聞いていたシリウスだ。

 "天橋立"を除いて、最も影響力の強い魔法少女の言葉に、全員が耳を傾ける。


「あの魔物の中に取り込まれてしまったのなら、魔法少女として、彼を助ける必要があるでしょう」

「それは、その通りだ」

「ですが、そのために大勢の命が失われることがあってはいけません。まずは街の安全を確保するべきです」


 それは、誰もが頭の中で理解していたことだ。

 しかし言葉にしたことで、冷静になって考えがまとまってくる。

 考えるべき最優先は街を守ることだ。

 そこが失われたら、何もかもが終わる。

 まず議論すべきはそこだ。


「……確かにその通りだ。だがシリウス、君はあれをどう止める?」

「止めるのは難しいでしょうが、純連の言う通り、核となる本体があるはずです。まずは致命傷にならないように攻撃を続けて、場所を探り、作戦を立てるべきでしょう」


 純連は、道具を拾った後にあんな姿の魔物が現れたと言った。ならば"道具"とやらが本体になるのだろう。

 その部分さえ攻略できれば、巨人は止めることができる。

 あの巨体を留めることは難しい。

 まずは情報を集めて、その中で倒すことができれば御の字だ。


「まず全員で方法を探る必要がある……か」

「でも……万が一、それで倒せなかったら、どうなるの?」


 ひかるの言葉に、全員の空気が気まずくなった。

 今のは全て仮定の話だ。


 例えば、純連の見た“道具”を壊しても巨人が消えない場合もありえる。

 道具はただ魔物を召喚するためのもので、砕いてももとに戻らなかったら。

 彼の肉体が取り込まれて、解放することができなかったら。


 もし、自分たちの実力が及ばなかったら。


 その時はどうするべきなのかも、決めなければならない。

 街の人間の命を預かる魔法少女には、その責任を負って考え抜く必要があった。



 純連は強く拳を握りしめて、何も言わないように堪えていた。

 もしだめだったら。

 そのときにどうしなければいけないか。

 魔法少女として、どうすべきなのか。

 全員が、わかっていた。


「必ずやりとげます」


 純連は強く、最悪の可能性を否定する。


「必ず純連のそばに、戻ってきてもらうんです」


 若干の間の後、僅かに唇を結んだ後に、シリウスも頷いた。


「……ええ、そうね」

「ああ。先の時間で、おおむね作戦も決まった。八咫さんの手は最終手段だ。あれが街にたどり着く前に、動こう」


 緑も覚悟を決めたのか、頷いた。

 何としても、あの巨人を止めて、仲間を救い出さなければならない。

 その気持ちは全員同じだ。


 街を守るために、魔法少女達が動き出した。

 







 巨人は汚泥を地面に落とし続けながら、赤子のように四つん這いに進んでいた。


 それが通り過ぎたあとのコンクリートは焼け爛れたように歪み、折れた電柱や、放置された車は潰されていく。

 周囲に魔物の姿は一匹も見当たらない。

 人間からも、魔物からも嫌悪されるそれは、一方向に進んでいる。

 人恋しさに街を目指しているのか。あるいは雲の中心から逃れようとしているのか。

 誰からも、目的を理解されていなかった。



 巨人は途中で進行を止めた。

 目の前に、突然、青緑色の金属壁がせりあがってきたのだ。


 巨体をさらに凌ぐほどに大きな青銅の盾に、泥の手で触れる。

 音を立てながら煙を上げたが、それで溶けることはなく、先に進めなくなった。


「ふぬぬっ、『ブロンズ・シールド』、でっかい版、ですっ……!」


 道の端で、純連が両手をかかげて魔法を使っていた。

 普段対抗する魔物よりも、数倍大きな壁を作り出していた。だがそれを維持するための魔力は相当に大きく、コレットから魔力譲渡の補助を受けながらでも、表情に苦しさが浮き出ていた。 


「辛くなったら言ってね、純連ちゃん。まだ余裕はあるから、強めにかけるよ」

「大丈夫、まだ、いけます……!」


 額に汗を流しながらも、歯を噛み締めてふんばる純連の表情に、弱気の色はなまったくない。

 巨人が両手で壁を漁っている隙に、隣の魔法少女も動いた。


「痛いかもしれないけど、ごめんね……『ライト・パレット』っ!」


 コレットが、脚部に五発の魔力を打ち込んだ。

 放たれた光は真っ直ぐに泥を撃ち抜いて、巨人の足に穴が開いた。だが上から落ちた泥で、穴はすぐに塞がってしまう。

 巨人はダメージを負うどころか、攻撃に気づいた様子さえない。


「そんな……だめ。ぜんぜん効いてないよ……!」

「それなら、遠慮はしなくても問題ないですね」


 隣から出てきたのは、剣の魔法少女シリウスだ。

 コレットは隣を見たが、もうそこに姿はなかった。


 目の前で派手な水音が上がった。

 脚部分の泥が、勢いよく弾け飛んでいた。

 大砲でも打ち込んだみたいに、大穴が空いて、周囲に泥を撒き散らした巨人はズルズルと体制を崩して土埃をあげる。


 もうすでに、脚を切断していた。

 剣を振るったあと、シリウスは向こう側の建物の壁に足をつき、綺麗に着地した。


「やった、効いてるよ!!」


 巨人の視線は、急に迫り上がってきた壁から、破壊された自らの足に向いた。

 失った足も少しづつ元通りに復元しているようだったが、破壊された部位が大きいせいか、回復は圧倒的に遅い。


 そして、ちょうどそのタイミングで、壁を作っていた純連の限界がやってきた。


「っ、もう、だめです……!」


 息を止めていたみたいに、ぷはっと息を吐き出した。道を遮っていた巨大な壁が光に戻って消えていく。


 しかし巨人は、そのことには気付いていない様子だ。

 いまの攻撃を行なったのは誰なのか。

 犯人を探すみたいに、巨人は愚鈍な動きで周囲を漁っていた。 


「君の相手は、こっちだ!」


 リーダーである緑の、敵を引きつける魔法によって、巨人の視線は一点に移動する。

 大剣を構えて、構えをとっていた。


「どこかにある本体を、必ず僕が探し出す……!」


 緑の言葉に対して、巨人は、唸り声をかえした。

 洞窟の中で、空気が一気に吹き抜ける時のような風切り音が、口と思わしき部分から響く。もともとが人間であるなんて、知っていなければ到底思えない化け物ぶりだ。


 大和の意思ではない。

 おそらく、魔物としての本能しかないのだろう。

 攻撃するように、泥の手を緑に伸ばした。


「『ブロンズ・シールド』!」


 だが緑に伸ばされた手を遮るように、湾曲した銅の壁がせりあがり、両者の接触を拒んだ。

 そのまま、べちゃりと腕は無残に潰れる。


 意味がわからないと言う風に、巨人は自分の潰れた手を確認する。

 そんな相手に純連は、必死に叫んだ。


「攻撃しないで、お願いです。もとに戻ってください……!」


 大切な人に、必死に頼み込んだ。

 これ以上誰も傷つけないでほしい、もとに戻ってほしいと、言葉を送り続ける。


 だが巨人にはまったく聞こえていない。

 再び姿を現した緑に、また中途半端に再生した泥の腕を伸ばした。


「避けて、緑くんっ!」

「っ……ダメか!」


 呼びかけにも答えない様子を見て、口惜しげな声をこぼしうつ、寸前に横に転がって攻撃をかわした。

 しかし、僅かに攻撃を食らってしまったのか、膝をついて腕を抑えた。

 

「ぐっ……なんだ、これはっ」

「緑くんっ!?」


 苦しげな声を出した緑を見て、コレットが焦って駆け寄った。

 僅かに、剣を握る手の部分に泥が付着している。それは地面に滑り落ちていき、煙を上げて消えた。


 手に痕は残っていない。

 だが余韻は残っているのか、膝をついたまま額を抑えた。


「今のは痛みじゃない。だが、なんなんだ、このダメージは……?」

「無理しちゃだめだよ……!」

「ああ、大丈夫。あの泥は防御魔法が効かないのか」


 緑には、自らのものと純連の防御魔法が二重にかかっている。

 だが、それさえも貫通して、言葉にし難い痛みが緑を襲った。コレットが回復魔法をかけると、少しづつ顔色を取り戻していったが、それでも表情が優れない。

 一瞬の苦痛が、あまりに酷かった。



 巨人は執拗に手を伸そうとしていた。

 しかし、その前に手を止めた。


「あなたを、このままにはしておけない。全力でいかせてもらう……!」


 巨人は声のした前の方角を見る。

 この一瞬のため、夜桜光は詠唱を続けていた。


 正面で魔力が膨れ上がっている。

 正真正銘、最後の魔法だ。

 伸ばした片手から、杖を伝って膨大な光の魔力が流れた。


「全てを浄化してっ、『ライト・ガーデン』っ!!」


 魔法が放たれた。

 体内の魔力を使い果たす、二度目の強力な全体攻撃魔法だ。

 人間には効果がなく、魔物だけを殲滅する魔法の効果はてきめんだった。



 まるで光の爆発だった。

 太陽の中に来てしまったようで、誰も目を開けていられなくなる。


 巨人は悲鳴のような、身の毛もよだつ恐ろしい声をあげて、腕で光をふりはらおうと必死になった。

 だが、徐々に体の泥が溶けていった。

 腕や足が縮んで胴、体が無くなる。

 汚泥は煙をあげて、光とともに空に還っていく。


 最強の一角である杖の魔法少女、夜桜光の放つ攻撃魔法に、なすすべはなかった。

 魔法の光に焼かれ、巨人は身体ごと消滅していった。






 光が収まり、ひかるは力尽きたように膝をついた。


「はぁ、これでっ、魔物は……!」

「やったのか……!」


 緑が、声をあげた。

 ヒトの姿を崩しつつある怪物の汚泥の中に、その姿を見つけた。



 黒色の狐面を被った男が、吊られるように浮かんでいた。

 だらりと手足を垂れ下げている。

 どうやら意識はないようだ。


 純連や、みんなが、希望に満ちた表情を浮かべた。




「なっ……!?」


 ごぼ、ごぼと。

 意識のない、その男の仮面の内側から這い出てくる。

 まるで水道管を壊したときみたいな、尋常ではない速度で泥が溢れだした。


 それが巨人の体を再形成していく。

 その光景を目にした瞬間、刹那のうちに判断を下した。

 剣を構えたシリウスが、仮面を切り裂くべく、地面を蹴り飛ばして跳んだ。




 ――あらあら、それはダメよ。せっかくうまくいっているのに。




 だが、それは無駄だった。


「っ……!」


 泥の中からドロンと、重々しい水で構成された真っ黒な球体が、宿主を包み込んだ。

 刹那の判断で放たれた攻撃は、弾かれた。

 一瞬のチャンスは失われた。


「ことちゃん!」

「シリウス!?」


 シリウスは理解できないという表情で、反対側に落ちていった。


 仲間だった男は、球体に包まれて見えなくなる。徐々に汚泥は膨らんでいく。

 最初の時のように、ヒトの体を保ちながら、何倍もの大きさに膨らんでいった。



 一瞬の機会は失われた。

 もう同じことができるほど、魔法少女達の魔力は残っていない。


「そんな……」


 夜桜光やコレット、そして純連も。

 絶望したみたいに膝をついた。

 巨人は雲に覆われた天を向いて、おぞましい咆哮をあげた。 


 











 建物の影に潜む一匹の黒色の狐を介して、元凶の女性には、ことの全てが見えていた。

 手に宿した魔力の黒光を消して、掲げた腕を下ろす。


『いけないわねえ。この街の魔法少女は、本当に油断ならないわ』


 窓の向こう側で、火事のような白煙が上がっている光景を見て、楽しげに笑う。

 女の介入によって、魔法少女は絶望に追い込まれた。

 だが、本当の目的はそれではない。


『■■■■。部外者のあなたには、このまま妾の中に消えてもらうわ』


 狐の尾を持つ女の声は、誰にも届かない。

  

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