第49話 転移者と魔物の群れ


 大和はこの世界に関わる重要な秘密を、山のように抱えている。

 そして純連は、大和が『何かを秘密にしていること』に気づいている。


 しかしなぜか、追求はしてこなかった。

 


(こっちから話すのを待っててくれてる……とかかな)


 危険地帯を移動する道中、そっと純連を見つめた。

 大和に人の心を見通す力はない。しかし傍から見れば、怪しさ極まりない自分を見逃してくれている理由は、それくらいしか思いつかなかった。



(嘘がバレる前に、話すべきなのに……)


 いつか話さなければいけない。

 その"いつか"は今日にもやってくるかもしれない。嘘が破綻したら、嫌でもそうなる。


 ならいっそ、明かしてしまうほうがいい。

 それがわかっているのにできないのだ。


『君たちはゲームの世界の住人。架空の創作物なんだよ』


 そんなことを誰が信じるのだろう。

 全てを話したいと思っても、真実は理解不能で、あまりに残酷だ。

 自分がそんなことを言われたら、きっと怒り狂うだろう。


「クソっ……」


 それを考えれば、やっぱり言えない。誰にも聞かれないように、微細な声で悪態をつく。

 どうしたって、嫌な未来ばかり思い浮かんでしまった。




「そろそろ、目標の場所ですね」


 ひかるがそう言うと、全員が立ち止まった。

 あたりは折れた電柱や、崩れ落ちた建物ばかりの街並みばかりで、それが大通り沿いに続いている。中心地に近づいたためか、オフィス風のビルが増えていた。

 どうやら、ここが今回の目的地だ。


「魔物は、見かけませんでしたね」

「ああ。討伐したばかりとはいえ、一度も出会わないとは思わなかったよ」


 琴海も緑も、そんな風に言葉を交わして、不気味がっていた。

 確かに道中では一度も魔物には出くわさなかった。いつもなら最低でも二、三度は魔物と戦闘になるが、今日はまったくの皆無だ。何となく妙な感じだった。


「たまたま、すれ違っただけじゃないの?」

「緑くん、何か感じる?」

「……少し待ってくれ」


 緑は目を瞑って、耳を澄ませた。

 音を聞こうとしているわけではない。魔力を感じ取ろうとしているのだ。


 主人公は、数少ない男性の魔法の使い手であり、魔力の流れをかなり正確に感じ取ることができる鋭い感覚を持っている。

 そのおかげで、魔物の位置や数を大まかに感知することができた。

 どうだろう。

 そして、みんなが待っていると、鋭く言い放った。


「魔物が近づいている! かなりの大物だ、すぐに警戒してっ!」


 号令で、空気がひりついた。

 全員が空気を一変した。

 いっせいに表情を変えて武器を構えた。

 街はしんと、静まり返っている。


(魔物っ……でも、どこにいるんだ……?)


 慣れていない大和と純連は、汗を額から流して神経を張り巡らせた。

 しかし気配は感じない。

 そのまま、おおよそ一分ほどが過ぎた頃。その場で純連が、恐る恐る尋ねた。


「……来ないですね」

「静かに」


 純連の呟きを、琴海が牽制した。

 そのときだ。


 体の奥に響くような、低い音が地面を揺さぶった。それが大和たちの心臓を大きく跳ねさせた。


「っ……!?」


 地震とは、揺れ方が明らかに違う。

 緑は大剣を構えて警戒を高め、真っ直ぐ前を見据えた。コンクリートの建物に隠れた通りから、電柱を薙ぎ倒しながら現れた。

 魔物は三階の窓まで届く背丈があった。

 頭部に携えた、恐ろしいまでに巨大な一つ目を、ギョロリと六人の方へと向けてくる。


 ボロ布を纏った、異様な青肌の大鬼だ。

 今までと比べ物にならないほどに強大な魔物だ。クイーン・スライムを思わせるような魔力量に、純連が顔を青ざめさせる。

 だが、互いを認識した瞬間に、さらにぞっとするような悪寒が走った。


「……後ろッ!?」


 背後で、柔らかな羽音が鳴り出した。

 その正体に気づいたひかるが、青ざめながら、叫び声をあげて杖を振りかざした。先端に光が宿り、即座に迎撃の用意が整った。



 大和もようやく、最悪の状況に陥っていることを知った。


 破砕したコンクリートの建築物の隙間に、カラスに似た巨鳥が留まっている。

 問題は数だ。多すぎる。

 さっきまで前方も後方も、まんべんなく警戒していたはずだったのに、急に現れるには多すぎる。


「ろ、緑くん! あんなにいるなんて、どうしようっ!?」


 さしもの"天橋立"も、見たことがないような数だったらしい。歴戦の魔法少女であるコレットまでもが顔色を変えた。 

 緑も想定外だったようだったが、表情を歪めるだけで済んでいた。


「あれほど近づかれて、感知に引っかからなかったのか……!? くそっ、みんな急いで陣形を組むんだ!」


 明らかに強敵な大鬼が木製の棒を引き摺って近づいてくる。それに対してリーダーの緑とシリウスは、剣を構えた。

 

「純連。防御の魔法を、今すぐ全員にかけて!」

「わっわかりました!」

「コレットも、今すぐに頼む!」

「ああっ、もう。こんなの聞いてないのにっ! 『レイズ・ラプターズ』!」


 シリウスに追い立てられた純連とコレットは、慌てて両手をかざして捨鉢気味に叫ぶ。防御と速度バフの効果を持つ魔法をかけた。

 六人全員が魔法の光に包まれ、暖かな感覚とともに、身体が光り輝く。

 

「後ろのほうは、わたしたちに任せて!」

「すまない、頼む!」

「あなたたちは、自分の身を守ってッ!」


 琴海はそう言い残し、強化された身体で、思い切り地面を蹴飛ばした。

 鬼の巨大な口が開き、凶暴な牙から放たれる咆哮が大気をびりつかせる。

 大和たちは肌が痺れる感覚に恐怖した。

 だが魔法少女の脚力は、そんな程度では揺らがない。流星のように蒼色の光を残して剣を振るう。だが魔物も一直線に、巨大な木棒を振り下ろした。

 木棒と剣が衝突したとたん、空気が歪むような波動が作り上げられた。


「っ、この魔物……!」

「シリウス。囮は、僕に任せて」


 振り下ろされた土煙から飛び去ったシリウスが、舌打ちした。


 その方向をギョロリと、大鬼の一つ目が見つめた。

 通常であれば、木の棒など容易く切り裂くのだが、魔法で相応の強化がされている木棒には、わずかに傷を残すのみだ。


「僕が相手になる! こっちを見ろ、鬼の魔物!」


 シリウスを守るように、緑が大剣を横に携えながら立ちふさがった。

 体から紅色のオーラが湧き上がり、それを見た鬼の眼が、あっという間に血走っていく。敵の注意を引きつける魔法が効いている証だ。


「さあ化物、かかってこい……!」


 それは"天橋立"でさえ戦ったことのない、強力な魔物との戦闘だった。

 生き残るための両者の、戦いの火蓋が切って落とされた。

 




 リーダー達の背後でも、魔物との戦闘の幕が開かれていた。


 「わわっ!? どどど、どうすれば……」


 無数の巨大烏が、一斉に飛び立った。

 空が黒く染まった。その光景を目前にして、純連が目を白黒させる。盾の魔法だけではどうやっても防ぎきれない数だ。


 しかし夜桜光は、冷静に杖を掲げた。

 掲げた杖から放たれた桜色の魔力光は、まるで光の爆弾のような輝きを持つ。


「お願い、力を貸して……『ライト・ガーデン』!」


 大和たちは事前に言われていた通り、急いで目を瞑った。


 ――魔法が発動する。


 まるで白の爆弾だ。

 閉じたまぶたの向こう側が、真っ白に染まったのが分かった。

 ビルの隙間から飛び立ってきた烏達が、いっせいに嘴の奥から、悲鳴のような音を捻り出す。

 衝突したような柔らかい音が、断続的に空から響いた。


 やがて閃光が消えて、目の前が見えるようになってくる。半分以上の鳥が地面に落ちて、羽をひくひくと揺らしていた。

 

「す、すごい……えっ、夜桜さん!?」


 堕ちた烏たちが光に還っていく中で、異変が起きていた。

 強大な魔法を放った夜桜光は、疲れたような表情で膝をつき、息を荒げて汗を流していた。

 しかし強がったように、平常に振る舞おうとしていた。


「光ちゃん。魔力、分けるから!」

「大丈夫、この程度は問題ありません……」

「無理しないで。私なら平気だから」


 すぐに立ち戻った光に、コレットが近づいて回復魔法を使った。

 顔色が徐々にもとの色に戻っていく。

 体力を取り戻した光は、杖を手にしたまま、再び敵に向かい合った。

 

「ごめんね、コレット」

「大丈夫。それより敵が多すぎるよ。何か手を考えなきゃ……」


 様子を見ているものや、空で旋回するものがまだ数多く残っている。

 今の攻撃で数は削れたが、まだ大半の魔物は健在だ。


 光の大技も無限に放てるわけではない。

 次はしのげても、三回目は無理だろう。

 

(このままじゃ、まずい)


 今の猛攻撃を何度も仕掛けたれたら、勝ち目がなくなってしまう。

 大和も自分を奮い立たせて、シリウスに作ってもらった魔法の剣を構えた。

 だがそれを、隣の純連が止めてくる。


「前に出ないでください。片手で数えられるくらいの数なら、純連がお守りします!」

「……ああ。ありがとう」


 ビルを見つめる純連の表情は、真剣そのものだった。

 大和は、目の前の魔物と戦闘することは許されていない。だが、それは極めて安全なはずなのに歯痒い。

 

(ここで死ぬかもしれないのか……?)


 その可能性がよぎった。

 目の前にいる鬼は、最終ステージの中ボスとして登場する魔物だ。以前のクイーン・スライムよりよほど強い。今は戦えているが、本当に倒せるのかと不安になってしまう。

 背後の烏の魔物は、それより数段ランクが落ちるが、脅威は数だ。もし一匹でも生身の大和に攻撃が通れば、それでひとたまりもなく終わってしまう。


 本当に、死ぬかもしれない。

 ようやく目前にした、命の危機を感じ取って、大量の汗が流れた。


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