第48話 転移者と不穏な空気
「お疲れ様です! 道中どうかお気をつけて!」
初めて、"天橋立"を含めた六人で検問所にやってきた大和たちは、見張り役の軍人に、今までにないほどの敬意を払われた。
「え、え、えっ?」
まるで会社の社長のような扱いに、大和は目を白黒させた。
それに対して、真っ先に先頭に立って笑顔で対応しているのが主人公の緑だ。
「応援ありがとうございます。微力ですが、今日も精一杯戦ってきます」
「はい。我々も、可能な限り力になります。頑張ってください」
彼らの態度が変わった理由は、もちろんクラン"天橋立"の存在だ。
街の希望である彼らは、義務教育を終えたばかりの少年少女で構成されているが、大人でさえ成し遂げられない実績がある。
普通は誰であっても対応を変えないが、大人な立ち振る舞いさえ身につけた彼らに感銘や、期待を抱いてしまうのは当たり前だった。
「シリウスさんも、応援しています。どうか我々のかわりに魔物を倒してください」
「……ええ」
そしてもう一人のリーダーの魔法少女シリウスも、英雄を見るような眼差しを向けられていた。だが緑と違って、こちらは何となく気まずそうに視線を逸らしている。
「人から褒められるの、ことちゃんは苦手なんです」
横からこっそりと、純連が教えてくれた。
素直に喜ぶタイプではないらしい。
(街の攻略はこの国の悲願……か)
大和はその熱量の中、自分と彼らの間に大きなギャップを感じていた。
現代兵器だけでは攻略しきれない魔物に、真っ向から対抗することのできる魔法少女は期待の星だ。
今は自分もその一員だと思うと、肩に責任が重くのしかかったような気がした。
検問所から見送られたたあと、同じような顔をした純連が、疲れたように息をついた。
「なんだか、いつもよりプレッシャーを感じます……」
「魔法少女なのですから、そのくらいは仕方ないでしょう。慣れておくことね」
同じ視線を受けていたシリウスは平然とした表情だ。
純連は不思議そうに尋ね返す。
「ことちゃんは、平気なんですか?」
「そういうわけではありません。ですがもう慣れました」
「さすがことちゃんです……」
淡々とした言葉で返すシリウスに、ますます強い尊敬の視線が向いた。純連の中で、親友の株がまた高値を更新したようだった。
「なになに、なに話してたのっ?」
身を乗り出して入ってきたのは、赤頭巾の魔法少女・コレットだ。話好きな彼女は、さっそく純連の横に立って顔を近づけた。
純連も、親しくされることに満更ではないようで、ふふんと胸を張った。
「ことちゃんが格好いいという話をしていました!」
「純連、違います」
「ああ確かに。シリウスちゃん、最初の頃はすごい活躍だったもんねえ」
「コレットも、人の話を聞いてください。そんな話はしていません」
持ち上げられて、逆にシリウスの機嫌は少し悪くなったように見た。
むすっとした表情に対して、まあまあ、と明るい態度でなだめる。
「私もシリウスちゃんのことは、緑くんと同じくらい格好いいと思ってるよ」
「……褒めているのですか?」
「うん。最初に誰よりも先に街の人を救って、その後の色々なところで活躍してくれたじゃない。そのおかげで"魔法少女"が受け入れられたって、みんな言ってるし、わたしも思ってる」
「わたしも、その意見には賛成だな」
コレットの全肯定に、毒気を抜かれたような顔を浮かべた。
すると、前を歩いていた
「シリウスちゃんがいなかったら、わたしたち魔法少女はこんな風に活動することはできなかったと思う。すごく格好いいよ」
「ことちゃんは、みんなのヒーローですね!」
「……偶然です。あの時はたまたま、この街に来ていただけですから」
微かに表情を曇らせて、視線を横に逸らした。
大和だけが話についていけずに首を傾げていると、リーダーの緑が声をかけてきた。
「どうしたんだい、なんだか浮かない顔をしているよ」
「あ、いや……」
「ああ、そうか。君は東京のほうから来たから知らないんだったね」
大和が事情に疎いことを察して「こっちでは彼女は有名なんだよ」と、親切に教えてくれた。
「この街が魔物に襲われた時、警察でさえなす術がなかった敵に、彼女は真っ先に立ち向かっていったんだ。そして多くの人が救われた」
「そうだったのか。噂では聞いたことがあったけど……」
「ああ。あの出来事のおかげで、ここでは魔法少女が尊敬されているし、国から許可を得て戦うことができている。僕もシリウスには憧れているんだ」
緑は、遠い空の向こうに視線を向けた。
確か主人公もこの街に住んでいた住人の一人だ。思うところがあったのかもしれない。
「今の僕たちには、それと同じくらいの期待がかかっている」
「……うん」
「必ずこの街を取り戻さなきゃいけない。君もきっと、同じくらい強い想いを持っているからこそ、参加してくれたんだと思う」
緑に、まっすぐに見つめられた。
だが大和はうつむいた。
「そんなに、立派な理由じゃないよ……」
「謙遜しなくてもいいよ。君はもう、命掛けの戦いを経験している人間だ。そのうえでこの活動に加わってくれるというのは、相当な勇気だったと思う」
主人公の差し出してきた手を見つめて、大和は、強い罪悪感を抱いた。
「君も同志だ。僕たちとともに進んでいこう」
自分なんかが、この手を握ってしまってもよいのか、と思う。
しかし、その気持ちを心の奥に封印した。
主人公の言う通りだ。
今は多少無理をしてでも、前に進まなければならないのだ。
「なんとか、自分なりに頑張ってみる」
「ありがとう。君の協力に心から感謝するよ」
緑は、本当にそう思っているみたいだった。
しかし大和は、主人公のように立派な理由なんて抱えていない。
いまさら泣こうが、喚こうが、曲がった運命は元に戻らない。後戻りできないというだけだ。
(ボスは倒さなきゃいけないんだ。それは、変えられない)
未来の結果は変わっても、今の彼らは決して道を変えたりはしない。
ならば、自分も全力でやるしかない。
どの選択肢にも不安はあるが、最も最悪なのは、物語がバッドエンドを迎えることだ。
自分は一端を担っていると思うと、仕事で大きなストレスを抱えたときのような、焦燥が浮かび上がってくる。
すると不意に、腕のそばに寄り添ってくる感覚があった。
「……大丈夫ですか?」
隣を見ると純連が、不安げな表情を浮かべて見上げている。自分を心配してくれていることが、すぐに分かった。
だが、力なく返すことしかできなかった。
「ああ。大丈夫だよ」
「そうですか……」
大和が語るつもりはないと悟った純連は、寂しそうに引き下がった。
先行きの見えない不安と、強い罪悪感に、ますます心が苛まれていく。
だが後ろ暗い感情は、誰にも見せることができない。誰にも相談できない。
今にも千切れそうな細いロープの上を進んでいくような気持ちで、大和は危険地帯を進んでいった。
荒廃した街を歩き進む六人。
彼らを、折れた電柱の上から見つめる一匹の動物の姿があった。
それは朱色の前掛けを首に下げた、黒色の毛並みの狐だった。
ガラスのような瞳に映し出されているのは、その集団の中で、最も浮いている人物の立ち姿だ。
落ち込んだような、暗い表情を捉えて、瞳が妖しく輝いた。
『――見つけたわ』
誰かが、口を歪めながら言った。
やがて彼らが見えなくなると、電柱からひょいと飛び降りて建物の隙間に姿を消した。
誰一人、見慣れない存在がいたことに、気づかなかった。
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