第50話 転移者と邪悪な魔道具
青肌の大鬼が、持っている木棒をシリウスに思い切り振り下ろした。
剛腕から繰り出される一撃が、コンクリートの地面を叩き割る。
無残に破壊された道路から破片が弾け散るが、それをうまくかわし、剣を振るった。
「ぐっ、なんて硬いの……!」
シリウスの剣は、一撃必殺の攻撃力を秘めている。しかし敵は何らかの魔法装甲を宿しており致命打にはならない。
一方で大鬼の攻撃は、一撃で魔法少女を沈めるほどのものだが、愚鈍であるがゆえに攻撃は命中しない。
一進一退の状況で、戦闘は完全に膠着していた。
反対側の戦況も、芳しくなかった。
大量に現れた烏の魔物は、光の魔法で大きく数を減らした。
だがそれで削れたのは半分程度。
警戒心を高めて、うかつに近づいてこなくなってしまっていた。
数匹が断続的に襲いかかってくる敵を、細々とした方法で逐次迎撃していく。
「『ライト・ピッケル』!」
唯一の攻撃役である光が、必死に戦線を支えている。
白光の棘が、飛来してくる魔物を貫くが、それで倒せるのはせいぜい数匹だ。
後ろの二人の支援魔法少女も、前線に駆り出されて、敵と戦っていた。
「『ブロンズ・シールド』ッ! ふぇぇっ、これは、こういう魔法じゃないですよう」
「倒せればなんでもいいよ! 頑張って!」
せりあがった銅の塔が衝突して、撃墜。
透明な魔力の弾丸に貫かれて、撃墜。
光が逃した魔物も丁寧に処理していくが、慣れない攻撃の魔法に、純連は泣きそうになっていた。
「光ちゃん、さっきの大技で何とかならないの!?」
そしてコレットも同じように悲鳴をあげる。
「ダメ。さっきの魔法は連発できない。魔力切れで、魔法が使えなくなっちゃう!」
「ですが、ここままではまずいです!」
「ちゃんと数は減っているわ! 攻撃を続けるの。魔物だって無限じゃない!」
光の気丈な励ましをうけて、涙目でも折れずに、三人の魔法少女は魔法を放ち続けた。
膨大な敵も、無限に湧き出るわけではない。退路を開くためにも、折れるわけにはいかないのだ。
――その戦いを、茫然と見ている男がいた。
剣を携えているが戦いに加わらない。
それを使いこなす実力がないからだ。
大和は無力な自分に嫌気が差して、バットが変貌した剣の柄を、強く握りしめた。
「……俺も、戦うべきじゃないのか」
時間が経つごとに、耐えがたい気持ちは募っていく。
魔法が使えるという違いがあったとしても、自分よりも年若い少年少女が必死に戦っているのに、自分が何もできないのが悔しい。
せめての、あの烏の魔物を一匹ぐらい倒せないだろうか。
シリウスの武器なら無理な話ではない。
(いいや、だめだ。足手まといだ!)
大和は、首を振った。
苦い思いを押し殺して自制する。
敵を一、二匹は倒すことができるだろう。
だが、それで怪我を負ってしまえば、それだけで迷惑をかけてしまう。自分が参加しても、邪魔なのは分かっていた。
今は黙って耐えなければいけない。
這い上ってくる黒い感情を抑えるために、胸元に手を置いた。
「危ないですっ!!」
「え……」
純連の悲痛な声に釣られるように、空を見た。
巨大な魔物の烏が大羽を広げながら、嘴を向けて視界を覆っていた。
大和を目掛けて直に下降している。
間に合わない。足が動かない。
とっさに、腕を掲げて守ろうとした――
「守ってください、『リフレク・シールド』っ……!」
純連が片腕を向けて叫ぶと、直前で光の壁が出現する。
それに真正面から衝突して弾かれた。
魔物は、与えるはずだった衝撃を跳ね返され、潰れたような奇声をあげたあとに消えていった。
大和が怪我を負わなかった。
純連はほっと息をつく。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ……大丈夫」
「よかったです! すみませんが、もう少しだけ身を守っていてください!」
手を振る純連に、頷いてかえした。
「純連ちゃん、こっちも危ないからっ、はやく、助けてぇっ!」
「わわっ、待ってください! 今戻ります!」
いよいよ泣きそうになっているコレットの声に呼ばれて、純連はふたたび、戦線に身を投じていった。
まだ戦闘の真っ最中。
悠長にしている時間はない。
一人で取り残された大和は、動揺で跳ねた心臓を抑えて、気を落ち着けようとした。
「はぁ……ん?」
不意に地面を見て、何かに気づいた。
見慣れないものが消滅した魔物のあとに残されている。
なんだこれ。
近づいて、手に取ってみる。
「……?」
今の魔物が落としていったものだろうか。
ドロップアイテムかもしれないと思い、土埃を払って確かめる。
そして、ぎょっとした。
神社の神楽で使われるような、立派すぎる狐の能面だったからだ。
「えっ、なんでこんなところに、こんなものが……?」
とても魔物からドロップするようなアイテムには見えなかった。記憶にもない。ゲームで、こんな道具は見たことがなかった。
不気味だ。
さっさと捨ててしまおうと思った。
――その矢先だ。
『そういうこともあるわ。ここは、あなたにとって架空の世界なのですから』
ぴたりと手が止まった。
仮面を捨て去ろうと思った気持ちが、急になくなっていく。
(そういうことも、ある、のか?)
疑い顔のまま、まじまじと見つめる。
なんとなく手放したくない、という気持ちが心に沸き起こったのだ。
狐の目と視線を合わせていると、心の中にモヤがかかったみたいに、意識がぼんやりとしてくる。
――そう、それでいいの。仮面をよく見ていなさい。
魔物の落とした道具に心奪われて、いつの間にか手放せなくなっていた。
黒色の中に輝く金色の瞳から、ドロリと黒い液体が溢れた。
涙のように流れたそれが、仮面の淵をつたって大和の手を汚す。
だが、一度魅入られた大和が、そのことに違和感を抱くことはない。
(俺、なんで、こんなことを……)
あれほど気にしていた戦況が、しだいに気にならなくなった。
お面から溢れる黒い液体が、ぼたぼたと滴り、服の中にまで滑り込んでいく。
凪いだ心が堕ちていく。
精神が、別の誰かに支配されていった。
――
パンッ、と。
何かを叩きあわせたような音が、どこか遠くから聞こえた。
突然のことだった。
半分虚な目を浮かべていた大和は、急に目覚めたように視線をあげる。
今まで立っていた場所の風景がなくなっていたことに気がついた。
『な、なんなんだ一体……えっ?』
戦場のかわりに、視界一杯に見慣れた景色が広がっている。
ぞっとした感情に支配された。
『嘘だろ』
勤務している会社のオフィスだ。
与えられた作業椅子に座っている。
背筋が冷たくなるのを感じた。
どういうわけか、大和は元の世界に戻ってしまっていた。
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