第46話 転移者と未来の話


 これからの方針を伝えるために、大和と純連は、また二人で研究所に訪れていた。


 庵の所属するラボは、相変わらず大和には理解できない、難しいものばかりが並んでいる。庵の後ろに置かれたホワイトボードには、不思議な図形や数式などが書かれているが、どれも意味不明だった。


 そこに走り書きをしていた庵と、隣の純連が、同時に甲高い大声を出した。


「ええっ!? もう進化のデータはとれないのかい!?」

「ふえぇっ!? もう純連は強くなれないのですか!?」


 大和は、そうするつもりはなかったのに、思わず耳をおさえてしまう。なぜか本人ではなく、庵のほうが強く食いついてきた。


「何かの間違いじゃないのかい!?」

「……間違いない」

「なんてことだ……改善した実験方法を試したかったのに」


 耳鳴りを我慢しながら返事する。

 庵はペンを放り捨てたあと、力なくソファに腰を落とした。



 こんな風に、二人が慌てて叫んだのには理由があった。


 大和は、純連の進化についての詳細を知っていると思われている。だから正直に答えたのだ。純連に、次の進化は残っていないと。

 高レア魔法少女は四、五回の進化の余地があるが、純連は低レア魔法少女。

 三度進化を重ねた今が、限界なのだ。


 そして当の純連も、涙目で震えている。

 

「で、では、純連はもう強くなれないということですか……?」

「いやっ、そんなことないぞ! 新しい魔法は覚えないかもしれないけど、成長の余地が消えるわけじゃないし!」


 誤解を解くため、大和は慌てて弁明した。

 魔法の種類とレベルは別だ。

 すみちゃんはまだレベルが上がりきっていないので成長できるのだが、二人ともそうとは知らなかった。


 そう言われた純連は、すでに"何か"を理解している大和にそのことを確かめようと、もう一度尋ねてくる。


「では、まだ純連は、強くなれるということでしょうか……?」

「ああ、それは大丈夫。もちろん!」

「そうなんですね……それなら安心です」


 純連は、本当に安堵した様子で、胸を撫で下ろしていた。


 一般に、“魔法少女の強さ"という言葉が指す意味は共通している。

 当然、指揮能力や判断力などもあるが、基本的には魔法の強さや、使える種類を指すことが多い。

 純連はすでに複数種類の魔法が使えるが、しかし魔法の強さ――防御の硬さや、保有魔力についてはいまひとつだ。


 成長できなければ、今の環境には到底ついていけない。

 だからこそ、安心したのだろう。




「まあ、データについては仕方ないね」

 

 庵は重い息を吐き出した。

 落ち着いてから、改めて訪ねてくる。


「他の魔法少女も、同じように"進化"の可能性は秘めている……という認識だったよね」

「ああ、うん。そうだ」

「ならいいか……はあ。じゃあ、とりあえずシリウスちゃんを待つしかないのかな」


 庵はいったん諦めた。

 大和は八咫純連とシリウスの進化素材が分かるが、他の魔法少女は分からない。

 例えば目の前の魔法少女・水城庵は、そもそも進化素材を覚えていないので、何も言えないのだ。


「やっぱりボクの素材は分からないの?」

「ごめん……」

「ううむ。分かるだけでもありがたいけど、難儀な魔法だよ、まったく」


 残念がる庵に、ごめんと、心の中で誤った。

 ガチャで引いたわけでもなく、特にファンだったわけでもないキャラクターのことまでは覚えていないのだ。

 他のメンバーにも進化素材を尋ねられることはあったが、徹底的に誤魔化していた。

 聞かれるたびに、胃がキリキリと痛んだ。


「シリウスちゃんの"進化"も、強い魔物の素材がたくさん必要だっていうし……これは、次の実験はしばらくお預けだね」


 そう言って庵は、置きっぱなしになった缶ジュースに手を伸ばして、一気にあおった。

 よく見るとカフェイン増し増しのエナジードリンクだ。中学生が、そんなものを飲んでいいのだろうか。

 

「ん? よかったら君たちも飲むかい」

「え、遠慮しておきます……健康に悪そうなので」


 果汁0%のジュースを毎日のように飲んでいる純連が、全力で遠慮したのを見て、大和は壮絶な違和感を覚えた。

 庵も、自嘲するように缶を持ち上げる。


「違いないね。ボクも好きってわけじゃないんだ。置いてあるから飲んでるだけだよ」


 苦く笑って、部屋の奥に視線を向けた。

 積み上げられた飲料ロゴの書かれたダンボールの山がある。よく見るとゴミ箱にもエナドリの缶が積み上げられており、作業している研究員も、コーヒーか、エナドリをずっと飲み続けていた。

 過去のブラック職場を思い出した大和の目が死んだ。



「……っと、いけない。そろそろ本題に入らないと時間がなくなっちゃうね」


 息をついていた庵が、急に声をあげた。


「本題ですか?」

「うん。"天橋立"と関わりのある君たちに、伝えておきたいトピックが出てきてね。今日呼んだのは、その件もあってのことなんだ」

 

 そんなことを言い出した庵に、きょとんとした表情を浮かべる。

 まだ協力は始まったばかりだ。"天橋立"関係の話と言われても、ピンとこなかった。


「あのクランは、例の"雲の中心"を目指しているっていう話を聞いたんだけど、それは本当かな」

「ああ、そうだ」


 大和がうなずく。

 

「それに関係するような論文が、最近海外で出たんだよ。知ってるかい?」

「いや、さすがに論文は読まないから……」

「純連も知らないです」

「いま研究者界隈では、その話題で持ちきりさ」


 庵の煽りに、純連は前のめりになって興味津々だ。

 大和もその話には心当たりがなく、興味を惹きつけられる。


 庵は机の置かれていた用紙を手に取って、内容を読み始めた。


「タイトルはね、世界各地で発生している渦雲が引き起こす現象について、だよ」


 純連も大和も、ますます身を乗り出した。

 簡単に内容を説明するとだね、と庵は前置きする。


「著者によると、あの不自然な雲は、時空の歪みによって発生しているものらしいんだ」

「時空の歪み?」


 よく分からない単語に、二人揃って首を傾げた。

 しかし庵は先を話したがっており、どんどん読み進めていく。


「最先端の計測機器を使ってサンプルを調べたところ、ボクたちの住む世界から、未知の性質を持つエキゾチック物質が検出されたんだよ。それが極小規模のビッグクランチを発生させている可能性が、初めて示唆されたんだ。アブストだけで胸躍る内容だよね。けど、この先のデータがすごくて――」

「待ってくれ。今なんて?」


 理解不能な単語が並んだ。

 大和は止めようとしたが、庵は聞いていなかった。


「時空の歪みだけど、とれたデータの詳細がすごくてね。この科学的大発見ともいえるデータが、ネット上で公開されたおかげで、各国でもさらに詳しく調査が進んで……」

「ちょ、ちょ。ストップ。何言っているのか、分からない」


 いよいよ大和が立ち上がって、制止させた。

 純連の頭からはも煙が吹き出して、意識が完全に空を飛んでいる。


 庵はやれやれと、首を横に振った。


「中学理科の基本用語しか使ってないのに。ちゃんと勉強しておかなきゃだめだよ?」

「いや……習った覚えがないんだけど。なんだっけ、えきぞ……物質?」

「まあ、君たちのために噛み砕いて説明するとだね」


 大和の呆れるような声を無視して、常識を説くかのごとく続きを語った。


「渦雲の下に魔物を呼びよせる"原因"があって、そこから今も、次々に魔物が出現しているんじゃないかって説が、研究で証明されはじめているんだ」

「そんなものがあるのですか!?」

「具体的に、それが何を指すかまでは分からないみたいだけどね。でも、ちゃんと原因があると分かっただけでも、人類にとって大きな進歩だろう」

「ですが、それがなくなれば……」

「ああ。"歪み"を発生させている原因さえ止めてしまえば、新たに魔物は出なくなるってことだ」


 純連は理解不能な状況に思考を停止させていたが、一転して、いたく感動したみたいだった。


(研究とか、ちゃんとされてるんだな)


 一方で大和は、その"原因"を示すものが何なのかを知っている。

 ちゃんと研究されているんだなと感動し、突き止めようとしているものを"知っている"ことに、少しだけ優越感を覚えた。


「"天橋立"の方針は、その説にそぐうものだということさ。原因が叩ければ、魔物は現れなくなる」

「す、すばらしいです……!」

「とはいえだ。仮にそれが正しかったとしても、あのクランが苦戦しているんだ。簡単でないことには変わりないよ。まだ裏付けも弱い。あくまで参考程度に伝えて欲しい」

「了解です!」


 庵はしっかりと釘を刺し、純連も敬礼してこたえた。

 

「そして、論文の中にはもう一つ、面白い記述があるんだよ」

「何だ?」


 今度は大和が尋ねた。


「次元のずれの補正が行われたとき、もともとこの次元に存在しないものが排除される。その可能性も示唆されたんだ」


 と、そこまで言ったところで、今度はさすがの庵も気づいた。


 純連と大和の頭の上には疑問符が浮かんでいる。

 どうやら難しい言葉を使うとだめだと分かってくれたのか、すごく簡単に省略してくれた。


「つまり原因を取り除いたら、この街の魔物は全部いなくなるかもってことさ」

「そうなのですか!?」

「可能性だよ、あくまでね」


 またも、意気込んだ純連が立ち上がる。


「危険地帯と言われている場所に踏み込むリスクは高い。けどもし、それが本当なら、見返りは十分だろう」

「おおおおおっ……!!」


 魔物を退けることは魔法少女の悲願だ。

 街を取り戻すことは夢の純連の目がきらきらと輝いた。庵もドヤ顔だった。






「え……?」


 大和は、そんな二人をよそに、全く違う表情を浮かべていた。

 ある可能性が思いついてしまった。


(じゃあ、俺は……?)


 考えたのは、自分の行く末だ。

 もともとこの次元に存在しないものは、排除される。

 大和はこの世界の住人ではない。

 まさか消える存在の中に、自分も含まれるのだろうか、と。



 大和は、この物語の幕引きまでの物語を知ってる。

 もしもゲーム通りに進むのなら、魔物はきっと全て消滅するのだろう。だから勝手に、消えるのは魔物だけだと思っていた。

 しかし庵は、"魔物"ではなく、もともとこの次元に存在しないもの"という言い方をした。

 大和は、この世界の人間じゃない。



 この世界から消えるかもしれない。

 それに気付いたとたん、目の前が暗くなったような気がした。


「どうしたんですか?」

「えっ。あ、えっと……」


 気づけばいつの間にか、隣からじっと純連に見つめられていた。

 思わず言葉が濁って、つい視線を逸らした。

 そんな態度を浮かべてしまったせいで、今度は庵にも思わしげに見つめられる。


「もう遅いし休んだ方がいいね。あれを何本かあげるから、持って帰って飲みたまえよ」

「いや、大丈夫。あれは苦手なんだ。親切にありがとう」


 庵が指指さしたのは、例のエナジードリンクの山だ。しかし大和は表情を取り繕って、丁重にお断りした。


「何か力になれることがあったら、ちゃんと教えてよ。研究所のみんなが、君たちには何かしたいと思っているんだ」

「……ああ、ありがとう」

「いいってことだよ!」


 庵は笑ってそう言った。

 大和も少し無理して笑った。



 ただ一人。純連だけが、大和を気遣うような表情を浮かべていた。

 

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