第45話 転移者と新たな出発


 鳥居大和は、いずれ訪れる未来を知っている。

 ゲームをもとに形作られたこの世界では、物語と同じ事象が起こる。完全ではないものの、ゲームと同じ法則が適用されることも分かってる。


 その知識を、キャラクター達に披露することで、一目置かれるようになった。

 魔法少女の持つ未知の可能性。

 魔物に関する知識。

 この世界においては何より有用だった。


(でも、全部は覚えてない)


 いくら"アルプロ"をやり込んでいた大和も、全てを覚えているわけではない。出せる知識には限りがある。


 しかし周囲はそうは思わない。

 温度差が徐々に、大和の首を締めていた。





「へえ。魔物や、魔物の素材を見ると、何となく情報が頭の中に浮かんでくる。そんな魔法だったんだね……」


 クランとして行動しはじめた初日に、大和を待っていたのは、協力関係にある魔法少女コレットからの質問責めだ。

 特に彼女は、今まで大和のことが気になっていた一人で、仲間になったこの機会に顔をぐんと近づけて迫ってくる。


「あ、あの、コレットさん……?」

「すごいよ。すごいけど、もう正体を暴く魔法は使っちゃダメだよ」


 両腕を腰に置いて、鼻息を荒くした。


「ばらされたら、普通の女の子に戻れなくなっちゃうんだから」

「や、まあ……その。ごめん」

「いいよ。名前は言わないよう気をつけてね!」


 コレットは丁寧に釘を刺してくる。

 言い訳もせず、苦笑いで返すしかなかった。


(ほんとに。余計なことを言わないようにしないとな……)

  

 大和は、出来る限り口をかたく結んだ。


 今までは琴海と純連だけだったので、失言しても、誤魔化しようはあった。

 しかしそばにいるのは、主人公パーティの三人だ。“魔法"なんて偽っているが、いつばれてしまうか分からない。慎重になる必要があった。


 ちらりと他のメンバーの様子を確認する。

 夜桜光は、俯いて考え込んでいた。


「そんな不思議な魔法があるなんて……」

「そんなところから正体が漏れるなんてね。誰にも気づかれなくてよかったよ」


 コレットはそう言って安心しただけだったが、光は別だった。


 ゲームでは主人公であった彼女は、じっと大和を見てくる。

 な、何だ?

 何を言ってくるわけでもないが、見る目はどこか厳しい感じがする。素直に信じていないと言うか、疑っているような雰囲気だ。


「……まるで、魔法少女を育てるためにあるような”魔法“だよね」

「言われてみればたしかに……いろんな子がいるし、そういうものもあるんじゃない?」

「そうなのかな……」


 コレットは疑っていないが、それでも光は考え続けている。


(た、確かに。魔法少女に都合がいいことばかり言いすぎたか……?)


 大和は内心で、ひかるの指摘に、怯えた。


 単純な指摘だが、言われるまで気づかなかった。その追求から逃れたいと思ってしまい、ビクビクと視線を動かしてしまう。


「と、ときに今度は純連がっ、聞いてもいいでしょうか!」


 その一声が、窮地の大和を救い出した。

 声の主は純連だ。

 光はいったん考えるのをやめた。


「分からないことがあったら、なんでも答えるよ」

「え。あ、ええと……その……」

「?」

「あっ、そうです! これから向かう場所について教えてください!」


 思いつきの発言のようだった。

 だが、確かにそれは知りたいところだ。

 今日は初めて“最初の地域”の外に出る日だ。しかし純連と大和は、まだどこまで進むのか聞かされていない。

 

「今日はしばらく川沿いを進んでいつもりよ。帰還ポイントは、ちょうど御所ね」

「えっ。そんなに奥まで進んでしまって大丈夫でしょうか……?」


 純連にとって、その返答は少し予想外だったのか、不安な表情を浮かべた。


 御所というのは、京都の歴史ある建築物の一つだ。先日戦ったクイーンスライムの生息地より、"雲の中心"に近い場所に位置している。

 出現する魔物は当然、ゴブリンなんかよりも強い。


 コレットは気軽に、その不安を否定した。


「大丈夫だよ。ゴブリンより、ちょっとだけ強いくらいの魔物しか出ないから」

「そうなんですか?」

「もしかして、この間戦ったっていう、大物のスライムを想像した?」

「はい。あんなのがたくさん出てきたら、さすがの純連もしんでしまいます」

「あはは。そうなったら、このクランでも、十分はもたないよ」


 コレットと光は、笑って否定した。

 クイーン・スライムはそれほどの強敵だった。彼女たちもその件は又聞きで知っていた。

 

「不安がらなくても、大変な場所には連れて行かないよ。少しづつ段階を踏んでいくからね」

「それは、よかったです……」


 純連は安心したみたいだった。


 実際、次のステージはボス戦より、ずっとぬるいことを大和は知っている。

 ステータスで言えば、ゴブリンに近い相手だ。ハードルは敵の強さではなく、うまく連携がとれるとか、そっちの方になるだろう。


「プレッシャーはあると思う。でも最初のうちは実力試しだと思って頑張ってみよう」

「お任せください! 最強の魔法少女すみちゃんが、皆さんをバッチリお守りしてみせます!」


 今度は意気込んで返してみせる。

 コレットは一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。


「ふふっ。頼りにはしてるけど、純連ちゃんは、"彼"を守ることを第一に考えてくれなきゃね?」


 大和を見て悪戯っぽく笑って、ぱんぱんと背中を叩いた。


 二人の視線が合った。

 すると純連は可愛らしく、照れたように表情を崩す。大和もつい、さっと表情をそらしてしまった。

 コレットはにやにやと笑った。


(な、何考えてるんだ。それどころじゃないだろう。しっかりしろ)


 浮ついた気持ちになっている。

 今から命懸けの戦場に行くんだぞと。

 自分自身の頬を叩いて、活を入れた。




 このパーティで、大和にも役割がある。

 魔法を使った情報収集と、その他雑務の担当だ。かなり重要な役目だ。

 そして戦闘能力のない大和を守りぬくのが、純連の役割だ。

 

 なんとしても怪我を負わずに帰還する。

 すでに、あらゆる情報を持っている大和は、それだけを考えることにしていた。

 



(それにしても……)


 純連をこっそり見つめた。

 この間、学校に呼び出されて受けた告白を思い出した。

 

(すみちゃんには、ほとんどバレてるんだよな……?)

 

 そのことは間違い無いだろう。


 純連は大和の正体に、感づき始めている。

 しかしそのことについてまったく、何も聞いてこない。


 気遣われているのか、待ってくれているのか、別な理由があるのか。

 そのことを考えていると、どんどん落ち着かない気持ちになっていって、頭を掻いた。







 大和が雑念を抱いているうちに、前の方で、最初の戦闘が始まった。


「『ライト・ブルーム』ッ!」


 白桜色の光の華が、道路の中央に咲き誇る。

 そこに存在していた魔物は一瞬のうちに浄化されていく。あまりに一方的で、美しく、それでいて圧倒的な光景だ。あれは夜桜光の必殺技である。


 最強クラン"天橋立"の活躍を、間近で目の当たりにした純連は、レベルの違いで、口が半開きになった。

 評判は伊達ではなかった。

 最強と呼ばれる魔法少女シリウスの出番がないほどに、彼らは強い。


(ほんとに俺、ここにいてもいいのかな)


 ゲームの登場人物に混じって、討伐に参加するのはやっぱり場違いじゃないだろうか。

 そんなことをまた考えてしまうが、首を振って追い払った。


(怖気付くな、がんばるんだ)


 目的は、歪めてしまった物語の修正だ。

 情報を出すタイミングを見極めなければいけない。この世界が滅ぶか否かは、大和にかかっている。


(すみちゃんと離れ離れになりたいのか)


 このパーティを抜ければ、そうなってしまう。それだけは絶対に嫌だ。


 そうやって、自分に言い聞かせた。



 

「落ちた素材の回収、頼んでもいいかな」

「あ。ちょっと待って。すぐに拾う!」


 呼び出された大和は、新たな魔物のドロップアイテムの回収に向かった。


 大和は他の人間のように戦うことはできない代わりに、他のできることを何でもやるしかない。

 とにかく主人公達のあとを追いかけて、役に立てるように、必死に食らいついた。

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