第42話 魔法少女と懐古の感情


 放課後に研究所にやって来た大和は、胸の大きな少女に迫られていた。


「やあやあ待ってたよ!!」


 その相手は魔法少女・水城庵だ。

 純連が隣で唖然と立ち尽くしている。すると今度は大和ではなく、純連のほうに体を寄せていった。興奮して鼻息が荒い。


「この時をどれだけ待ったことか! 本当によく来てくれたよ、ぐへへ……」

「は、はぁ……」


 まるで変態のようだ。年頃の少女がする顔ではない……と思ったが、庵は変態だった。

 さすがの純連も口元がひきつっている。


(研究者って、こんな感じなのか……?)


 大和はガラス張りの建物を見上げた。

 内側の廊下で、何人もの研究員が働きアリのようにせわしなく動き回っている。それなのに誰も彼も、目は爛々と輝いている。

 それを見た大和は、やっぱり変態の集団だと確信した。

 

「早くデータをとりたいんだ! この日のためにがんばって、色々と間に合わせたんだよ!」

「は、はい。心の準備は、ばっちりです」

「それは朗報だ! では案内するよ!」


 大和と純連は、庵に続いてゲートをくぐりぬけた。中で歩き回っている研究員にお辞儀されながら、三人で奥に進んでいく。

 


 今日の目的は、純連の進化だ。

 ゲームの頃を知っている大和はピンときていないが、この世界における"進化"は、最先端の概念らしい。

 世界で初めて、その場に立ち合えることに浮き足立っているのだ。だから先ほどの庵のように、視線がギラついていて怖い研究員が多いのだが、大和はそこまで思い至らなかった。

 

「そういえばシリウスちゃんは来てないの?」

「”天橋立”との調整で、今日は来れないみたいだ。色々事前に話しておくこととか、手続きとかがあるみたいで」

「そっか、それは残念」


 そう言いつつも、あまりそうは思っていない軽い口調だ。 


 リーダーの琴海はいない。

 合同で動く機会が増えることになったため、その調整に動いている。なので今日のことは全て、二人に任されていた。



「ところで、まだ話を聞けていないのですが、今日は何をすればいいのでしょうか?」

「特別なことをしてもらう必要はないよ。場所が変わるだけで、前にやったときと同じように“進化”してくれればいいだけさ」


 回収したクイーン・スライムのドロップアイテムも、実験場所に用意しているらしい。

 それなら難しいことはなさそうだ、と大和は思った。


「ががが、がんばります……っ」


 しかし当人である純連は、見るからにカチコチに緊張していた。

 大勢の人に見守られる状況を想像してしまったのかもしれない。大和は、気を紛らわせるために話題を少しずらした。


「さっきデータをとるって言ってたけど、何をするんだ?」

「部屋にあらゆるセンサや、大量の記憶媒体を用意しているんだ。一秒でも撮り逃さないように。用意は万端さ」

「そんなに大変なんですね……何に使われるんですか?」

「もちろん魔法研究の研究だよ。この研究所で執筆された論文や、データが、世界中で引用されることになるんじゃないかな……ぐふふ」


 庵はすっかり自分の世界に入ってしまって、顔を見合わせた。

 大和は”論文”なるものをほとんど見たことがない。大学時代に、ちょっと読んだことがあったかもしれない程度だ。

 一体何をそこまで喜んでいるのかわからなかった。研究者は、やっぱりわからない。


「さて、この部屋だよ。入って!」


 すると、巨乳マッドサイエンティストロリは、胸を張って扉を開けた。 



 ラジオスタジオのような個室だった。

 温かみのある木造の調整室のような空間に、何人かの研究員が待機している。よく分からない機材の調整に励んでいた。

 床にはコードが大量に散らばっていて足の踏み場もない。


 ガラス窓の向こう側がスタジオのようになっていて、壁も天井も真っ白だ。

 そこにはカメラやマイクなど、さまざまな機器が用意されている。机にはぽつんと鉄製の箱が置いてある。あそこで進化を行うのだろうと、何となく予想がついた。


「ああ、今日は二人で来てくれたのね」


 この間も会った女性の研究員が、気さくに声をかけてくれた。

 大和も頭を下げる。


「今日はわざわざ、こんな遠い場所まで来てくれて、本当にありがとう」

「いえ、これが国家魔法少女、すみちゃんのお仕事ですから!」


 純連は自慢げに、ほとんど無い胸を張った。

 意気込んでいるなあ、と思う。

 急に元気のなったのは、最近になって正式な魔法少女として認められたからだろう。




 “それ”が届いた日、純連は真っ先に大和に嬉しそうに見せにきた。


『みてください! ついに魔法少女すみちゃんの手帳が、届きました!』


 新品のピカピカの学生手帳だ。

 しかし桜花学園のロゴだけではなく、金色の公認魔法少女の証が刻まれている。

 活動名にも、間違いなく、すみちゃんと書かれていた。


 純連は、今まで非合法で活動してきた魔法少女だ。

 個人で活動し続けたいと思っていたのは、地域を取り戻す活動に集中するためだ。

 しかしそうする必要がなくなった。

 だから琴海の勧めもあって申請を行なっていた。


 普通、この認可はなかなか通らない。

 それが通って魔法少女として認められたのは、シリウスの推薦も後押ししたのだろうが、それだけでは説明ができない。


 つまりは、実力が認められたのだ。

 喜ばないはずがなかった。





(ゲームじゃ、持ってなかったもんなあ)


 大和は、しばらく自慢げにする様子を、微笑ましく見守っていた。

 すると研究員は庵と相談する。


「庵ちゃん。先に変身を済ませてきてくれる?」

「もちろん。ボクもレポートを書かなきゃいけないから、そうしようと思っていたよ」

「調整中にノイズが入っちゃうといけないから、できるだけ離れた場所でね」

「おおっと、それはそうだ。じゃあ……先にやってもらうことを説明しちゃおうかな」


 今日の案内役は庵だ。

 説明を任せられている彼女は、大和たちに説明する。

 

「すでにお察しの通り、あの部屋が計測室。純連ちゃんだけが部屋に入ってもらうよ」


 庵は視線をガラス窓の向こうにやった。

 大和たちの視線も自然とそちらを向いた。

 白い部屋の中心に、ぽつんと置かれた机の上。そこに鉄の箱が置かれている。


「扉が閉まった後に変身してもらって、あとはアナウンスに従ってほしい。基本的には、箱の中に魔物の素材が入っているから、それを使うだけだね」

「それだけですか?」

「うん、それだけ。簡単でしょ」


 要するに個室で変身して、進化するだけ。特に難しいことは言われなかった。

 庵は、壁にかけられた時計を見つつ、しゅばっと敬礼した。


「ボクも急いで変身してくるよっ!」

「なんでわざわざ?」

「そのほうが魔力が分かるんだよ。他の魔法少女のレポートも、資料として残るからね」


 ではっ、と。白衣姿の庵は慌ただしく出て行った。

 どうやらレポートを書くためにあそこまで意気込んでいたらしい。宿題をサボっていた自分とは大違いだと、なんだか呆れてしまう。


 部屋にいる他の研究員は忙しそうで、ぽつんと二人で取り残された。

 大和は何かをするわけではないが、その雰囲気に何となく緊張して、そわそわしはじめた。


「純連は、また、強くなるんですね」


 大和の隣で、ガラス越しの部屋を見つめる純連が物思わしげにつぶやいた。

 だが、その声に期待の色はない。

 不安と悲哀の感情だけが感じられる。


「どうしたんだ、急に」

「一人で街で狩りをしていたときは、こんな風になるなんて思っていなかったので、とても不思議な気持ちなんです」

「……まあ、確かにな」


 それは大和も同じだ。こんなことになるなんて、想像もしていなかった。

 そして純連は続けて言った。


「お母さんやお父さんは、今の純連を、喜んでくれるでしょうか」

「…………」


 ガラス窓の向こうに視線が向いていて、その表情は伺えなかった。

 悲しげな表情の理由を、ようやく悟った。


 ガラス窓の向こうに視線が向いていて、その表情は伺えない。

 あの鉄箱に入っている魔物の素材は、純連の両親を奪った魔物の遺骸だ。

 何も思わない方が、おかしな話だ。


「きっと、喜んでいると思う」


 大和は言った。

 物語で描かれなかった人物なので、大和には知りようがない。しかし、純連を励ませないような答えを口にする気はなかった。

 

 今の純連は、どこからどう見ても一人前だ。喜ばないはずがない……と思う。


「そうでしょうか。むしろ危ないことばかりしているので、怒られてしまいそうです」


 ふぅ、と。

 純連は重たく息をついた。


 魔物との戦いは命がけだ。

 止められるほうが当たり前だということを、純連はよく分かっていた。


「これからはチームで、どんどん魔物を倒して、街を取り戻すんだろう」

「…………」

「そのおかげで色んな人が助かるんだ。きっと、応援してくれるさ」


 純連は、何も言わなかった。

 少し物思いにふけるように自分の手元を見つめて、


「……そう、ですね」


 ぽつりと、そう言っただけだった。


 八咫純連の両親がどんな人だったのかは知らなかったが、きっと良い家族だったんだろうと予想がついた。

 家族とろくな繋がりがなかった大和は、羨ましく思った。







 会話もないまま、ぼんやりと時間を待っているうちに、時が来た。


「ささっ、準備が終わったよ。それじゃあ純連ちゃんは中に入って!」


 魔法少女になった庵の言葉と同時に、奥に進むための扉が自動で横にスライドした。

 中には純連しか入れない。

 大和が待機していると、中に入る直前。


「こっそり、あなたにお願いをしてもいいでしょうか」


 まだ制服姿の純連が顔を寄せて、ささやいてきた。もちろん顔を寄せて聞く。


「もう分かっていると思いますが、実のところ、純連はとても不安なんです」

「えっ。ああ、そうだよな……」

「ですから、応援していてくれませんか」

「ちゃんと見てるよ」


 そう言うと、純連は嬉しそうに、腕をばしばしと叩いてきた。


「目を離さないで、ちゃんと純連だけを見ていてくださいねっ」

「もちろんだ」

「約束ですよ。では……行ってきます!」


 心強い笑顔に戻った純連は、そのままスタスタと部屋の中に入った。そして扉は自動で閉じられる。

 大和も、庵やほかの研究員にならって、ガラス窓の向こうに視線をうつした。

 すると研究員の一人がマイクを握った。


『では八咫純連さん。変身のほうを、お願いします』

『りょーかいです!』


 さっきまでの雰囲気を隠して、片手をあげて、意気込みながら返事をかえした。

 その言葉を聞いた大和は、完全に固まった。


(忘れてた!)


 しまった、と思った。

 慌てて純連のほうを見た。

 見守っていてくれる。だから大丈夫だと、自分自身に胸に手を当てて言い聞かせている。

 大和には、そう見えた。


 視線が合う。

 純連は手を振った。

 大和は顔がひきつった。

 

 ――終わった。


 純連は自らの体を輝かせて、変身をはじめたのに、薄目で大和をちらちらと確認している。しかも真正面を向いている。


(ああっ……やば、やっぱり、見える……)


 服が弾け飛んで、生まれたままの姿になった。前までバッチリ見えた。


(……ごめん、すみちゃん。本当にごめん)


 必死に謝ったのは大和だけで、他の研究員も当人も、気づいてはいなかった。

 可愛らしくて、綺麗で、死にたくなった。

 

『変身、完了……ですっ!』


 変身を終えた純連は、巫女服に似た魔法少女姿で、指先を天に掲げるようなポーズをとった。

 いつか土下座して謝ろう。

 大和は、手を振ってくる純連に、手を振りかえしながら、唇を噛み締めた。



『では、今から機械を操作して、箱を開きます』


 大和をよそに、職員が続けてアナウンスする。

 部屋の中心の鉄の箱が自動で、サイコロを展開するみたいに、ゆっくりと開いた。


 駆動音とともに内側から姿を現したのは赤色の宝玉だ。紅色マットの上に置かれた、水晶玉のようなソレの内側で、妖しい魔力が蠢いている。


 シリウスとともに討伐した『スライムの核』が、そこにあった。


 純連は魅入られたように、瞳にそれだけをうつす。そして微動だにしなくなった。

 そんな様子を見て、不審に思った研究者が、マイクを握って問いかける。

 

『八咫さん。どうかしたのですか?』

『あ……いえ。何でもありません。では、今からこれに、触りますっ!』

『自分のタイミングで構いませんよ。では、お願いします』


 緊張をおさえるためか、いったん息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


 相対しているのは遺骸だが、純連にとっては深い因縁のある、いわば怨敵の本体だ。

 何を想っていたのか、大和には何となく予想がついた。

 しかし口は出さなかった。


『では、いきます』


 強張った声で、恐る恐る、核に手を伸ばした。

 彼女の様子を見守っている研究員と、大和に緊張が走る。

 剥き出しの核を、ゆっくりと両手にとった。

 その瞬間、変化が起こった。


「っ……魔力反応です!」


 研究員の一人が叫んだ。

 純連の手元で、スライムの核が紅色の光を放ちはじめた。


 機械も警告音を出し、止まっていた計測針が乱暴に動き始める。

 他の研究員や、庵も緊張した様子で、急いで何かの指示を飛ばしている。


 大和と純連だけが、冷静だった。





 純連は、視界が徐々に光に包まれていくのを感じた。


(進化、してしまうのですね……)


 心のどこかでモヤモヤとした感情を抱えながら、その現象を受け入れた。


 光は徐々に体の中に染み込んできて、暖かさに包まれる。春の陽気を浴びているような、心地の良い感覚だ。

 このまま光が染み込んでくるのだろう。


(…………おや?)


 今回は様子が違った。

 心地のよい感覚は、そのまま剥がれていった。

 いつもとは、何かが違う。何か分からないが、引っかかるような違和感があった。


 不審に思って、ゆっくりと目蓋を開ける。

 そして気がついた。




「……えっ」


 純連は茫然とした。

 たった一人で、研究所ではない場所に立っていた。




 そこは一軒家のとある和室で、無くなってしまったはずの光景。


 純連は、覚えている。

 かつて両親と一緒に暮らしていた場所だったから。

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