第40話 転移者と物語の主人公 後編



「君たちの力を貸して欲しい」


 その申し出に、二人は呆けた。

 リーダーである琴海の方を見ると、深く腕を組んで黙り込んでいる。この件について、すでに話はついているらしい。


「こ、ことちゃんの引き抜きではないのですか……?」


 純連は、まったく理解が追いついていない様子だ。

 大和もその可能性は考えていた。

 もともとのメンバーだったシリウスを欠いているせいで、"天橋立"は物理攻撃役を欠いている。喉から手が出るほどに欲しい人材だろう。

 

 その一方で、純連と大和は、役に立てるとは言い難い存在だ。

 大和は言わずもかな、戦闘能力が皆無だ。

 純連は防御の魔法を使うが、青陽緑は、タンク役を担える魔法を使うことができる。要するに、役割がかぶっているのだ。


「あなたたちの活躍は聞かせてもらいました」


 そんな疑問を見透かしていた。ヒロインである可憐な少女、夜桜光が答える。


「確かに七夕さんにも以前から、お誘いの声はかけさせて頂いていました」

「おおっ。そうだったんですね、ことちゃん……」


 純連は感動した様子だが、琴海は反応なく、目を瞑ったまま微動だにしない。


「勘違いされることも多いですが、わたしたちが少人数で活動しているのは偶然です。必要な能力を持つ方がいれば、声をかけることもあります」

「ですが、純連は、お誘いいただけるようなすごい力は持っていません……」

「そんなことはない」


 この間、クイーン・スライム討伐で失敗したことを思い出したのか、落ち込んだ。

 しかし緑が即座に否定して、事情をよく知るみのるも横から入ってくる。


「純連ちゃん、そんなに謙遜しないで。あの強さの魔物の攻撃を防げる魔法少女は、そういないんだよ?」

「ああ。君ほどの魔法少女が今まで無名だったというのが、不思議なくらいだ」

「う、ううっ……」


 過分な評価だと慌てるが、クラン"天橋立"のリーダーである主人公の見解を聞いて、何も言えなくなったらしい。

 しばらく唸った末に、琴海の方を見ると、自信付けるようにうなずいた。

 

「純連。あなたはもう、十分な実力をつけているということです」

「そうそう。七夕さんがそこまで認めるなんて、珍しいことなんだからね」

「……近いです、星川さん」

「えぇ、そんなつれないこと言わないでっ」


 また頬をつついて、それを鬱陶しそうに腕を掴んで止めた。


 この場の皆が、口を揃えて実力を認めた。

 純連は、同じように誘われている大和のほうを、心細そうに見つめた。

 

「…………」


 純連は何も言わなかったが、何を求めているかは、間違いなく分かった。

 大和も自信を持って頷いた。


(すみちゃんは、強くなってる)


 最初にゴブリンから救われた時は、"ガチャ"で排出された直後のようだったが、今は経験値を貯めて着実に進化を重ねている。

 これで強くならないはずがない。


 純連はようやく認めた。

 頬を朱色に染めて、頭を下げる。


「……あ、ありがとうございますっ」


 もともと褒められ慣れていなかったためか、初々しい雰囲気が漂う。

 新人魔法少女に、温かい視線が集まった。


「君たちには、僕たちの目的をしっかり話しておこう」

「目的……ですか?」


 意思を確認する前に、緑は言った。

 疑問を浮かべた純連を、夜桜光が丁寧にフォローした。


「知っての通り、”天橋立”は、街を取り戻したり、魔物から人を守るっていう大切な活動を行っている。そのあたりは、知ってくれていると思うけど……」

「ああ。今は、あの雲の中心を目指しているんだ」

「雲の中心……ですか?」


 緑はそう言って、視線を向こう側の空に飛ばした。語られた目的の意味を理解できていない純連は、首をかしげる。


「魔物が出現するようになった日から、空を覆っているあの雲。あれに何か秘密があるんじゃないかと睨んでいるんだ」


 "天橋立"クランメンバー達全員が、同じように考えているらしい。

 視界の開けた屋上から見えるのは、緑色の山々と街並みだけではない。暗雲に包まれた、常に稲光の走る邪悪な空が広がっている。

 あの下には、魔物に奪われた街がある。


「そういう噂は聞いたことがあります……あれが、魔物が発生する原因だというのは、本当だったのですか?」

「そういう可能性は否定できないけれど、分からない。誰もあの中心にたどり着いたことがないからね」


 緑は力なく、首を横に降った。ひかるが補足する。


「魔物は、あの中心に近づくほどに強くなっていくの。あの空の真下に何があるのかを見た人は、今まで誰もいないんだよ」

「そうなんですか。純連は、街の入り口までしか行ったことがないので、考えもしませんでした……」


 少し恥じるように、俯いて答えた。

 純連は自分の住んでいた『地域』を取り戻そうと、地道に活動してきた魔法少女だ。今まではそんな噂に気を回す余裕がなかったのだろう。そして今は、どう理解すればいいのか困っている様子だ。


 すると、みのるは今度、大和の方に質問の対象を変えてきた。


「あなたはこの話を、どう思うかな?」

「え、俺? ……そう言われると確かに、あそこには何かあると思うけど」

「そうだよね! 絶対に魔物やあの雲を生み出す元凶が、あそこにあるって思っているんだ!」


 同意を得られたことで息巻いた。

 琴海も含めた他のメンバーも実と同意見らしく、静かに頷いている。彼らは、誰も見たことがないその場所に『何か』があることを確信しているみたいだった。


(まさしく、その通りだよ……!)


 絶対に顔に出さないよう気をつけながら、大和も全力で認めた。

 


 物語の全容とまでは行かないが、大部分を把握している。

 大和の知る物語の終わりは、雲の中心地に現れる”ラスボス”を倒すことで、終息する話だった。


 要は、中心地に元凶がいるのだ。

 ラスボスの正体や、元凶が違う存在になっているということはないだろう。それなら、その推理は当たっていることになる。


「あの場所にたどり着くためにも、僕たちの攻略に手を貸してほしい」


 すると主人公の緑が手を差し出してくる。

 この上に重ねろ、ということらしい。

 だが、純連の腕は動かない。かわりに申し訳なさそうな声を出した。


「……それでも、純連の力で、お役に立てるとは思えません」

「そんなことはない。僕たちも本気なんだ。必要のない相手に声はかけないよ」


 すると、しっかり目があった。

 必要だと求める相手の中には、大和も含まれているらしい。


「俺、戦闘では、ほんとに何も役に立てないです。お荷物じゃないですか……?」

「問題ない。君は僕たちと共に行動して、"魔法"で得た知識を共有してほしいんだ」


 大和が最初に予想した通りの答えだった。


「一緒にいることで、君の"魔法"も成長するかもしれない。そうすれば僕たちの命を繋ぐ情報が得られるかもしれない……僕はそう考えているよ」


 緑は未来を見据えていた。

 大和の魔法うそは、すでに本物として証明されている。

 自ら売り込んだ琴海を除いて、彼は最も早く大和の価値に気付いて声をかけたのだ。リーダーの先見の名は本物だった。

 

 純連は一瞬、クランのリーダーである琴海の方に目を向けた。

 しかし、口を出してくる様子はない。

 この判断はメンバーに委ねるということだろう。どちらでも構わないという態度だ。


「……やってみたいです」


 純連はしばらく考えた後に、そう言った。

 続けて、こう言った。


「純連は、故郷を取り戻したいと思って活動してきました」

「……うん」

「出てくる魔物を全部倒していけば、それができると思っていました」

「…………」

「ですが強い魔物を倒さないと、純連の願いがずっと叶わないことを、思い知りました」


 それは過去の純連と、『八咫純連』の物語の決別だった。

 末端の魔物を倒してるだけでは、本当の解決には至らない。

 例えばクイーン・スライムのような敵や、あるいは"元凶"を叩かなければ、本当に願った未来にたどり着くことができない。そのことを、シリウスや大和との活動の中で知ったのだ。

 だから、"それ"が成し遂げられるなら、手を伸ばす。


「お役に立てるのなら、一緒に連れていってください」


 自信のなかった態度をやめて、毅然とした意思を、手を重ねることで示した。

 頷いた緑は、今度は大和のほうに視線を移す。


「君はどうかな」


 大和は逡巡する。

 そして、出した答えは肯定だった。


「……やります。よろしくお願いします」


 さらに純連の上に、手を重ねた。


 今回は、今までのように、レベルアップが目的ではない。

 自分がいなければ、物語を軌道修正することができない。自分の知識が思った通りに役立てば、ラスボスを倒すことだってできる。

 これは、物語を支えるための参戦だ。


(それに、すみちゃんと別れるのは嫌だ)


 命を惜しむわりに非合理な選択をした。最後に背中を押したのは、やはり純連だった。


「決まりだ。じゃあ明日の放課後、また集まって話をしよう!」

 

 主人公の緑が手を叩き、全員が深く頷いた。

 二つのクランが協力し合うことが決まったことに、全員が喜んだ。



 だがそれは、異物を紛れ込ませただけだと大和は知っている。


(俺が、何とかしないと……)


 運命がどんな風に導かれるのか。予想できる者は、誰一人としていなかった。









 ――そして。



 解散の雰囲気が流れはじめた時、不意に袖が引っ張られる。

 横に立っている背丈の低い"友達"が、上目遣いで、大和を見つめていた。


「少しだけ、話す時間を作っていただけませんか」


 大和は背筋を冷やした。

 まだ、純連と何の話もしていなかったことを思い出したのだ。

 なんとか喉元の唾を飲み込んで答えた。


「ああ……分かった」


 逃げ出したくなる気持ちを耐えて、頷いた。

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