第39話 転移者と物語の主人公 前編
昼休みの鐘が鳴り響くのを、学校から離れた道すがら聞いていた。
人気のない真昼の道路。
このところついてまわっている、憂鬱な気持ちに引っ張られて、ため息をついた。制服姿で一人で立っているとうのは、どうも、何か悪いことをしている気持ちにさせられる。
「はぁ……」
今は怪我の検査を終えて戻っている最中なのだが、学校をサボっているような、悪いことをしている時のような感じだ。染み付いた社会人の感覚も、昼間に外を出歩いている状況に、強い罪悪感を覚えさせてくる。
(気まずいなあ)
どうにもネガティブな思考に偏る理由は、そもそも大和が憂鬱な心持ちだからだ。
昨日、あんなことがあったせいで、純連と顔を合わせるのが気まずいのだ。
「名前を呼ぶことができないなんて、そんなこと……あるか」
大和は一晩中、そんな現象を引き起こす理由を考えていた。
そして、ある結論を導き出した。
(確かに、キャラクターはいちいち、ユーザー名なんて呼ばないもんな……)
ソーシャルゲームの常識に照らし合わせれば、納得がいった。
この世界の多くは、ゲームの法則によって動いている。
例えば、"進化"は最もいい例だろう。
ゲーム通りの数の素材さえ集めれば、同じように強化ができることが分かっている。
違う部分もある。魔物が設定値より強かったり、戦闘フェイズでの行動順など、完全にゲームと同一ではないが、とにかく一致している点は多い。
"アルプロ"ではゲーム開始時に、自由にユーザー名を決めることができる。
主人公はその名前でストーリーに組み込まれ、そして、その名前のキャラクターとして活躍を果たすのだ。
文章でプレイヤーを呼称するときは、ユーザー名が記される。
しかし、キャラクターの声で読み上げられる時。一緒に戦う魔法少女達は、主人公を名前で呼ぶことができない。
ユーザー名が表示されているのに、声優の声は「あなた」や「きみ」に置き換えられてしまう。
ならば、この現象も、その一端ではないだろうか――というのが新たな考察だ。
「ああ、もう……」
どう説明しろっていうんだ、こんなの。
考えれば考えるほどに苛立って、思わず髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
合っているかどうかは分からない。しかし、それ以外に当てはまる現象なんてあるはずがないのだ。
せっかくすみちゃんが名前を呼んでくれたのに、どうしてこんなことになったんだ。
(どうか、これ以上悪いことは起こりませんように)
神様に願ったが、街を覆う曇天に阻まれて、想いが通じないような気がした。
自分の教室に入ってすぐに、大和の顔がひきつった。
いきなり、どうやって話そうかと思っていた純連が、迫ってきたからだ。ものすごく焦っているとしか形容できない様子で、大和の腕を掴んだ。
「来てください! さあ早く!」
「え、え、え」
教室に入ったら、まず普通に挨拶をかわすところから始めようと考えていたのに、もうそれどころではない。大和の言葉を聞く素振りさえない。
廊下を連れられる途中。足をよろけさせながら尋ねた。
「な、なあ。どこに行くつもりなんだ?」
「いつもの屋上です!」
余裕のなさそうな、雑な返事だけがかえってきた。
「昼ごはんなら食べてきたけど……」
「純連も食べてきました!」
「じゃあなんで……?」
「行ってから説明します! とにかく、いまは急いでください!」
彼女がひどく焦っていることを悟って、大和も言葉を止めた。
色々考えるのはあとだ。
今は、ついていくほかないだろう。
黄色のテープをくぐり、薄暗い階段を登って屋上に出た。
一気に淀んだ空気が吹き飛んで、爽やかな空気が駆け抜けた。裏山の緑の香りが、いっぱいに胸を満たす。純連の髪がふわりと浮き上がった。
屋上にはすでに先客がいた。
そして大和は凍りつく。純連が焦っていた理由を、ようやく理解した。
「やあ。君が琴海の言っていた、クランの人だね」
「どうも、こんにちは」
「あっ、やっと来たんだね!」
「…………」
この世界では数少ない男性が、片手をあげて大和を迎えた。
桃髪の少女も大和を歓迎した。さらに周囲に他に、二人の女性がいた。全員がこの世界基準において、ずば抜けた美少女達だった。
主人公にして、全てのユーザーの代理人である『青陽緑』。
桃髪の少女が、メインヒロイン『夜桜光』。
あとの二人は知った顔だ。
魔法少女コレット『星川実』。
それに、大和達のクランリーダーを務める『七夕琴海』。
(嘘だろ!? しゅ、主人公パーティーじゃないか……!)
大和は、その四人を見ておののいた。
”アルプロ”の看板を飾るメインパーティが、綺麗に全員揃っている。
背筋にぞわぞわとした感覚が駆け抜けた。
震える声で、琴海に尋ねた。
「七夕さん。これは、どういう……?」
「今から彼が説明します」
腕を組んだ琴海は、少し主人公・緑の側から離れていたが、まるで仲間のような立ち位置にいる。
しかし主人公が口を開く前に、
「その前に、二人とも、どうして呼ばれたのか分かっていないんじゃないかな」
「……分かっています。頬を突かないでください、星川さん」
琴海は柔らかい頬を突かれながらも、抵抗せず、不機嫌そうに眉を揺らした。
確かに大和は、いったい何のために集まったのか、まったく見当がつかなかった。
(クイーン・スライムの討伐が終わったことと、何か関係あるのか……?)
設立したクランの目的は、討伐によって達成された。
今後の話だろうかと予想したが、主人公パーティがいる理由にはならない。
きらきらと目を輝かせている純連を見ながら、琴海が説明する。
「二人とも。こちらはクラン"天橋立"のメンバーです」
「知っています!」
そのクラン名に反応したのは、純連だった。
「京都の中で、一番攻略を進めている、強くてかっこいいクランです!!」
「あはは。評価が高くて、嬉しいな」
目を銀河のように輝かせる純連に対して、緑は照れ臭そうに笑った。急な大声に大和はびっくりして、身体を引いた。
(こ、こんなすみちゃん、初めて見た……)
読み取れる感情は、強い憧れのただ一色だ。
大和は、かすかに嫉妬心を抱いた。
しかし無理もないかと首を振る。
"天橋立"。
京都の中では最も有名なクランであり、この街に住んでいて知らないものはいない。
魔物の討伐、街の防衛、そして攻略活動。
国家魔法少女の最先端を行き、常に華々しい戦果を上げている。
この世界に来たばかりの大和でさえ、名前を聞く機会があったほどに有名だ。
彼らの特徴は、たったの
普通は、魔物と対峙するために多くのメンバーとクランを結成する。大和たちのような特殊な事情がなければ、少人数で活動を行うことはない。
しかし、それでいて彼らは誰よりも強く、そして強力な魔物を討伐し続けていた。
魔法少女シリウスが英雄なら、彼らは希望と言うべき存在だ。
(そんな相手が、いったい俺に、何の用なんだ……?)
思い当たる節はある。
大和はゲームの知識という、
「緊張しないで。今日は君に、こちらからお願いしたいことがあって来たんだ」
やっぱりか、と大和は思った。
"天橋立"に比べて、自分たちは無名の底辺クランだ。琴海が『シリウス』の名前を隠して登録しているため、全く注目されていない。
やはり、理由は一つしかなかった。
緑は、大和に手を差し伸べてくる。
「君は前にも会ったことがあるよね。また会えて嬉しいよ」
「え、あ……はい。自分も、嬉しいです……?」
急にそんなことを言われて、毒気を抜かれた。
手を差し出すと、がっちりと掴まれ、握手を交わし合うことになった。
(まさか、最初の頃に挨拶したことを覚えていたのか?)
いそいそと頭を下げながら、入学式の日を思い出した。
まだ純連と仲良くなっていない頃。
大和としては印象深い出来事だったが、"主人公"がそんなことを覚えていたことに驚いた。あの時の自分は、ただの一般人だったはずなのに。
「七夕さんがクランを立ち上げたと聞いたときは、不思議に思っていたけれど、話を聞いて驚いたよ。君は人にはない、不思議な力を持っているんだってね」
「え、まあ……」
「魔法少女に新たな可能性があるというのは、とても面白い話だと思う」
それから緑は、純連のほうを見た。
「君が、初めて"進化"を体験した子なんだろう」
「はっ、はい! 純連です!」
てんぱりながら、純連は深々とお辞儀した。
その様子を見た大和は、この屋上で、二人きりで昼食を食べていた時のことを思い出した。
スマートフォンの画面を二人で見ていた。うつっているのは、魔法少女で結成されるクランのランキングだ。
『かっこいいです! 純連も、こんな風になりたいです……!』
ランキングは、さまざまな要素から算出されるスコア順に並べられている。
その頂点に立っているクランが"天橋立"。
一方、大和たちのクランは、ほとんど活動を公表できない事情から圏外だ。
差は歴然としている。
しかし、そのときの純連は全く気にしていなかった。
ゲームの頃は劣等感を抱かされた相手だったが、今の純連にとって"天橋立"は、理想を体現する存在で、憧れの対象なのだと知った。
だが今は、アイドルに対面したものの、何を話していいか分からず萎縮してしまったファンのようだった。
「今日、君たちを呼んだのはね」
緑はそう言うと、一度呼吸したあとに、改めて真剣な視線を向けてくる。
「僕たちの活動に力を貸して欲しい。そのお願いをしに来たんだ」
「え……?」
その提案に、二人は目を丸くした。
主人公が持ってきたものは、より深く大和たちを物語に巻き込むための、切符だった。
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