第33話 八咫純連は、転移者のために決意を抱く
「純連は、どんなことをしても、その魔物を倒したいんです」
純連は真剣な表情を見せながら、言った。
大和は思わず戸惑った。
「それは、どうしてだ?」
「家族を、その魔物に奪われてしまったからです」
「え……」
意を決して、その事実を語ってくれた。
魔法少女が、街に巣食う魔物を倒したいと考えるのは当たり前――そんな風にしか思っていなかった大和は、深い蒼色の瞳に吸い込まれそうになった。
「家族が奪われたって、そんな……」
自分の喉が震えているのが分かった。
張り詰めた空気が体を深く貫き、指先さえ自由に動かせなくなる。
その一方、純連は辛そうに、掴んだ自分の腕を握りしめた。
「魔物がこの世界に現れた日。純連の両親は、目の前で……殺されてしまったんです」
常に明るく、少しふざけたような態度をとる少女はいない。喪ったものを悲しみ、想いを馳せているみたいだ。
(そんな物語、知らない)
頭が、真っ白になる。
背筋に汗が滲むほどの動揺を、必死に隠さなければならなかった。
「両親の、仇なのか」
「はい。ですので純連は、その魔物を倒さないといけなんです」
茫然とした大和でも、彼女の願いは理解できた。
「……実は、あなたが来る前に、その魔物に挑んだことがあるんです」
「え……そうなのか?」
「結果は惨敗でした。逃げるのがやっとでした。このことは、ことちゃんには話していませんが……」
大和から受け取ったノートを見つめながら、遠い目をした。
「あなたが書いてくれた魔物の情報は、合っていると思いますよ。見た通りです」
「すみちゃん……」
「これはいったんお返しします」
ノートを閉じて大和に返してくる。
弱く微笑んだ純連は、それから寂しそうに片手を持ち上げた。
弱々しい青色の光を宿す。彼女が、魔法少女として手に入れた力の一端だ。
「きっと自信がなかったんです。戦って負けるのが、怖いから……」
決して臆病風に吹かれたわけではない。
大和がくる以前から、さまざまなことを試している。それゆえに彼女は、魔法少女としての自身の限界を理解してしまっていた。
この戦いの舞台から逃げ出さないのは、矜持ゆえだろう。
(そんなのって、あるか)
彼女の紡ぐ言葉が、大和の胸を、痛いほどにしめあげる。
弱いと、誰からも言い続けられ、運営からも忘れられた
そのことが、辛くてたまらない。
――思い出したのは、ゲームにおける『八咫純連』に与えられた物語だ。
ボス『クイーン・スライム』の討伐を成し遂げるのが、純連の物語だ。
だが大和は、そのストーリーが好きではない。
『あなたを倒しにきました。覚悟してくださいっ!』
物語の純連は、主人公と共闘していた。
主人公の青陽緑に、魔法攻撃役の夜桜光。回復薬の星川実。
そして、剣の魔法少女シリウスを交えた五人での討伐だった。
クイーン・スライムが出現すると、主人公の制止も聞かずに、一人で突っ走って倒しにいこうとした。
『あなただけは、絶対に倒します……うぁっ!』
『純連!?』
だが、一方的に攻撃を受けてなぶられ、行動不能に陥ってしまう。その失態をフォローするように主人公一行が、ボスの討伐を成し遂げるのだ。
それが彼女に与えられた、物語の結末だ。
『これからも、この街を一緒に守っていきましょう!』
ゲームの純連は、そうしめくくって自らの物語の幕を閉じた。そして以降、どのストーリーにも姿を現さなくなる。
無条件でキャラクター周りのあらゆる設定を好きになる大和だが、肝心の物語が好きではない。
その理由を、彼女が『物語の主人公』ではないからだと思っている。
八咫純連に用意されたストーリーのはずなのに、活躍するのは主人公パーティだ。
しかも、失敗の末に、笑顔の立ち絵で締め括られるのが、違和感しかない。
シナリオライターの怠慢なのか、それとも発注で何か誤解があったのか。
いずれにしてもそれが、ステータスの低さ以外で、純連に一般人気がつかない大きな理由だった。
大和は、舞台の"裏側"を知った。
笑顔の立ち絵と違和感のある台詞の裏に、そんな事実があったなんて誰が考えるのだろう。自分のことのように、悔しさがこみ上げてくる。
(そんなことってあるか……)
今知ったことがゲームでも真実なのか、この世界だけの"事実"なのかは分からない。
だが、もし同じ末路を辿るのなら、純連は親の仇を倒せないうえ、足を引っ張って、何の役にも立てないことになる。
彼女にも、そんな結末を歩ませてしまうのだろうか。
「ですが、それを不安に想うのも、これで終わりにします」
「え……?」
しかし次に聞こえてきたのは、大和の想いとは真逆の明るい声だった。
花が綻ぶように照れ笑う。
純連は、前向きな笑顔を浮かべていた。そして、胸の中にある気持ちを確かめるみたいに、両手を当てて重ねた。
「純連には魔物を倒す力はありませんが、あなたは純連を必要だと言ってくれました」
「あ……」
大和は、純連を何度も励ました。
当たり前のように思っていた行為が、運営から見捨てられた魔法少女を支えていた。
「きっと純連は、魔物を倒すためではなく、誰かを守るために魔法少女になったんだと思います」
そう言って両腕を広げ、純連は体に光を纏った。
そのまま自らの魔力に身を任せる。
「す、すみちゃん……っ!?」
変身だ。
気付いた大和は、とっさに何も見ないように、慌てて目を瞑った。
しばらくそうしていると、抱きついてくる感触があった。
「え……すみちゃん……?」
自分の視界の下に、青髪の少女がおさまっていた。
ここに魔物はいない。
巫女服のような和装を、大和のためだけに見せてくれていた。
暖かくて、柔らかい感触が伝わってくる。
少しだけいい香りがしたが、それを感じている余裕はない。大和が慌てる一方で、変身した純連は落ち着いていた。
「これからは、あなたや、ことちゃんを守るために、魔法の力を使います」
純連は、新しい道に進むことを決意した。
魔物を倒すのではなく、大切な相手を守るために、魔法の力を使うのだと。
大和が、彼女を、一人前の『魔法少女』に変えた。
「あなたの期待に、魔法少女すみちゃんが、応えてみせましょう」
彼女らしい、強気な笑顔を見せている。
紡ぐ言葉もまた、今までにない自信に満ち溢れている。大和が大好きな、明るい魔法少女に戻っていた。
「信じてくれた人のために、今度は、必ず勝利を掴み取ってみせます! 最強の魔法少女が、みんなのために必ず、この街を取り戻してみせますっ」
誇らしさと、熱い気持ちが胸に点ったのを感じた。
急に自分でも理解できない感情に襲われて、大和は思わず泣きそうになる。
――きっと。
見たかったのは、この光景だったんだ。
三年前のあの日。
精神を病んで、死にかけていた大和は、偶然にも街頭掲示板に映し出された、たった十五秒のコマーシャルに視線を向けた。
そこに一瞬だけ登場した、魔法少女の姿を見つけた。
純連はいつも、大和の心を明るく照らしてくれた。
死に限りなく近づいていた心の闇を、祓ってくれた。
だから彼女のことが好きになったのだ。
(こんな気持ちは、勝手だし、迷惑かもしれないけど……)
架空の存在に想いを抱くなんて、愚かだということは、よく分かっている。
しかし今は関係ない。
彼女が折れかけていることが辛かった。
そして立ち直ってくれたことが、まるで自分のことのように嬉しかった。
「すみちゃんなら絶対にできる。俺は、そう思う」
真似るように、笑顔をかえしてみせた。
必ずやり遂げられると大和は信じている。その言葉に迷う気持ちはない。
「だから今晩は、一頑張って乗り越えよう」
「はいっ!」
互いに支え合う二人は、強く手を握り合って、勝利を約束した。
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