第32話 転移者と戦略と覚悟
今晩戦う魔物のことを、大和は知っている。
クイーン・スライムと名付けられた魔物は、エリアボス。高いステータスや特別なスキルを持ち、レア進化素材をドロップする強敵だ。
ゲームでは序盤のボスであったため、難なくステージクリアに持っていけた。
しかし、ゲームが現実になった今、ことはそれほど単純じゃない。
(どうやって戦えばいいんだ……)
授業中、大和は頭を悩ませ続けていた。
ノートに戦略を書いては、ペンでめちゃめちゃに線を引いて消す。そんな大和の姿は、近くの数人から不気味がられたが、気付かないほどにのめり込んでいた。
自分たちのパーティメンバーは三人。
大和と純連、それに魔法少女シリウスだ。
これがゲームの頃であれば、仮に大和が体力1、攻撃力0のお荷物キャラクターだったとしても、シリウスの攻撃力をもってすれば、一撃で勝利できただろう。
しかし、それは『ゲームだった頃』の話だ。
(ゲーム通りにいかないんだ。何が起こるか、今までの経験から考えないと)
現実では、ゲームのように順番に行動順が回ってくるわけではない。
相手に手番を回さない連続攻撃を平然と行ったり、回避不可能な攻撃を屋根の上に登って回避したりと、アクロバティックな芸当を何度も見せてきた。
その仕組みは、今まで大和たちにとって有利に働いてきたが、それは相手が弱い魔物だったからだ。ボスともなれば話は違う。自由度の高さが、逆に心配と不安をかきたてた。
そして、大和の懸念はもう一つあった。
(それに、すみちゃんの様子もおかしいし……)
視線の先には、自分の席でぼんやりとうつむいて、考え事をしている少女がいた。
授業中だが、心がここにない。
普段であれば堂々と寝ているか、真剣に聞いているかのどちらかだ。
しかし、今は何もかも上の空という感じだ。
研究所に行った時から、ずっとこの調子だったが、朝の出来事のあとから酷くなった。
どうにかして、助けになれないだろうか。
大和は膝の上で強く、拳を握り締めた。
休憩時間。
純連は席に歩み寄る大和に気付いて、顔をあげた。
「すみちゃん。ちょっと、いいかな」
「はい……?」
勇気を振り絞り、大好きな少女の前までやってきた。
改めて相対すると緊張してしまう。思わず言葉がうわずった。
「ええっと……その、なんていうか。話しておきたいことがあって……」
そんな情けない態度だったが、純連は突然、意気込んで立ち上がった。
「ほう。察するに、この、すみちゃんの力が必要というわけですねっ!」
「えっ?」
「話は向こうのほうで聞きましょう! ささっ、行きますよ!」
「ええ、えっ?」
少し身長の低い彼女に導かれるまま、二人で廊下を抜けていった。
大和が困惑しているのもお構いなしで、腕を掴んで引っ張った。一体どうしたというのだろうと考える。
一緒に空き教室の中に入ると、扉を閉めた。可愛らしい顔が大和を見つめる。
「ここなら、話は誰にも聞かれません」
「あっ……」
大和は、自分が気遣われたことに、ようやく気がついた。
迷惑をかけてしまったことに気付いて、穴に入りたい気持ちになった。
「あ、あの。ここに呼んだのは……」
「分かっています。純連のことを励まそうと、誘ってくれたんですよね」
「え……?」
純連は確信を持っているみたいだった。
そして、その通りだ。
励ますために呼んだ相手は、何も言わないうちから、にっと笑顔を浮かべた。
「その気持ちだけでも、とても嬉しいです。ありがとうございます」
本当に嬉しそうな表情に、そうじゃないと、心の中で叫んだ。
まだ何も言っていない。
気持ちは伝わったのかもしれないが、だめだ。自分の口で伝えなければ意味がない。
「いいや、それだけじゃない」
「ほへ?」
目を丸くした純連に、背中から取り出したノートを見せつけた。
授業中、必死に書いていたそれには、さまざまな情報が手書きで記されている。
何が書いてあるか、純連もすぐに把握した。
「これは……今日戦う魔物について、ですか」
「そう。きっとこれが、戦闘で役に立つと思うんだ」
「ですが、どこでこんな情報を手に入れたのですか?」
本当に不思議そうに、首を傾げた。
大和は"魔法少女"のことは知ることができるが、"魔物"は専門外のはずだ。
嘘の情報源を明かした。
「実は、レベルアップして、魔法が進化したんだ」
「れべるあっぷ……?」
聞き慣れない単語に純連が首を傾げて、伝わらないのかと、大和が慌てて訂正した。
「あ、その。つまり新しい情報が分かるようになったんだ! これは次のすみちゃんの進化素材になる、詳しい魔物の情報だ!」
「いつの間に、新しいことができるようになったのですか?!」
鳥のように両手を後ろにやって、目を丸くしてびっくりしていた。
都合が良すぎる話だ。しかし純連は、まったく疑わずに信じ込んだ。
「それ、読んでもいいですか……?」
「あ、ああ。字は汚いけど……」
大和の自虐は聞こえていないみたいだ。
意気込んで読んでいる。そこに書かれている内容は本物だ。
そして顔を上げたタイミングで、大和は一歩踏み出した。
「俺、思ったんだ。すみちゃんが落ち込んでるのは、この魔物のせいだって」
そう言うと、純連はわずかに動揺した。
やっぱり分かりやすい。
「万全の状態で、敵を倒すために用意したんだ」
「倒す……?」
「ああ。すみちゃんの魔法があれば、誰も怪我せずに帰れるはずなんだ」
ノートには魔物の情報だけでなく、三人のパーティでどのように討伐を進めるのか、具体的な計画が書かれていた。
シリウス一人で押し切ることも可能だが、ダメージを負うリスクがある。
この世界では、ステージが終わったら体力が即時リセット全回復、というわけにはいかない。傷を負うことは避けなければならないのだ。
そのためには、純連の魔法が必要だ。
「あんまり役には立てないかもしれないけど、今晩は、どうすればいいか考えたんだ」
「…………」
「迷惑かけないように動いて、二人が集中して魔法を使えるようにする。それくらいしかできないけど」
大和は、安全な純連のそばで、戦闘を見守ることしかできない。
はっきり言えば役立たずだ。
「すみちゃんが集中して魔法を使えるように、頑張るから……!」
だからせめて、少しでも情報を捻り出そうとした。
落ち込んでいる原因が魔物なら、その敵のことが分かれば、不安が少なくなると思ったのだ。
純連は、少しの間言葉を失った。
ノートを両手で優しく握って、そのままうつむいた。
「こう思うのは、悪いことなのかもしれませんが……」
それから似合わない、頬の緩んだ微笑みを浮かべた。
「いま。とても、嬉しいです」
嬉しさと、寂しい気持ちが入り混じったような、不思議な気持ちを抱かせる顔だ。
やがて大好きな少女の真剣な瞳が、大和をうつす。
「あなたに、伝えたいことがあります」
ノートを抱えたまま。
ようやく純連は、本心を語る決意を固めた。
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