第31話 転移者と魔法少女コレット


「あなたは……七夕琴海ッ!」

「ことちゃん!」


 純連が表情を明るくして、駆け寄っていく。その一方で、大和と純連を追い詰めていた茶髪の少女は、渋い果実を口にしたような表情を浮かべた。


「どうやら、ここで張っていて正解だったようですね」


 髪をかきあげながら、凛とした態度で向き合った。

 茶髪の少女も挑戦するように、一歩、前に足を踏み出した。


「七夕さん、あなたが直接来るなんてね。ちょっとびっくりしちゃったな」

「ええ、あなたを止めるために来ました。星川実さん」


 平然とした返答に、星川実と呼ばれた茶髪の少女は、僅かに動揺を見せた。

 だが、すぐに気を取り直す。

 そして重々しく尋ね返した。


「どうして、あなたが、わたしの名前を知っているのかな?」

「それはお互いさまでしょう。あなたも、わたしの正体を知っているのですから」

「…………」


 魔法少女シリウスの正体を知っている人間は限られる。

 同じクランで活動している大和と純連。

 魔法少女を統括する国家組織の人間。

 そして、協力関係にある魔法少女だ。


 茶髪の少女、実が警戒しているのは、一介の学生でしかない自分の名前を、相手のほうから口にしてきたからだ。

 一体どこまで自分のことが知られているのかと、内心で焦っていた。

 一方で、同じく正体が暴かれたシリウスは、平然とした態度を崩さない。


「この件から、手を引いてもらえないかしら、星川さん」

「……どうしてそんなに頑なに隠すの? ますます気になっちゃうよ」

「今は誰にも話せません。尋ねてきた全ての魔法少女にも、そう答えているはずです」


 知りたがる少女と、拒絶する琴海。

 二人のピリピリとした空気に、外野は口を挟むことができず、黙って見ているしかない。


「そんな言葉じゃ誤魔化されないよ。もしかして、"最強の魔法少女"の名誉を守りたいの?」

「そんな気は毛頭ありません」

「なら、どうして公表しないの」

「今は時期がふさわしくありません。ただ、それだけのことです」

「時期って何? わたしにだって知る権利はある。この街を取り戻すために、命を賭けて戦っているんだから!」


 お互いに全く譲らない。

 実は、大和たちには見せなかった本心を露出させて詰め寄った。


「話せないのなら、納得できる理由を説明して。魔法少女シリウスッ!」

「…………」


 琴海の表情が曇った。

 なぜなら彼女の主張は正論だった。


(きっと、すみちゃんのために話さないんだ)


 それしかない。

 なぜ、かたくなに秘密を明かさないのか、大和には理解できていた。


 魔法少女が"進化"の話をすれば、純連がそうしていることが分かってしまう。

 そして、そのことが漏れれば、どのように話が広まるか分かったものではない。国の公式発表でない以上、混乱が起きるだろう。

 そうなればメディアは喜んで持ち上げるだろう。嫉妬や妬みを買い、傷つくこともあるかもしれない。

 まず間違いなく、望まない結果を引き起こす。


 そして、今ここで話さなかったからといって、魔物の被害が増えることもない。


 魔法少女が"進化"するためには、魔物の素材が必要だ。

 しかし、各個人がどの素材で進化できるのかは、大和がいなければ分からない。

 例えば一部の魔法少女に先行して情報を明かし、早々に進化を遂げさせて被害を減らすといったことはできないのだ。



 すでに国は全ての事情を把握しており、『魔物を狩ったあとに残る死骸の提出』を行うよう、全魔法少女に通達を出している。

 公表の時期が来る頃には、十分な量の素材が集まっているだろう。

 

 メリットは、彼女を納得させられること。

 デメリットは、不用意に世間を荒れさせて、親友に心の傷を負わせるかもしれないことだ。


 だからこそ琴海は語らない。


「……もう少しだけ、待ってもらえないかしら」

「待てないよ。この瞬間にだって、傷ついている魔法少女がいるかもしれない。あなたなら分かるでしょう?」

「仮に今、わたしが全てを話したとしても、結果は変わらないんです。信じてくれませんか」

「いまさら、そんな言葉で誤魔化されると思っているの?」


 琴海の呼びかけにも、みのるは、全く応じる様子はなかった。


「……仕方ありません」


 やがて重い息を吐いた琴海を見て、やっとかと、息をついた。


「話す気になったの?」

「いえ。それなら、あなたと同じを使うまでです」

「……どういう意味?」


 真っ直ぐに相手を見据えた琴海は、はっきりと告げた。


「魔法少女コレット」

「っ……!?」


 反応は、劇的だった。

 髪の毛が逆立ち、今にも飛び上がりそうなほどだ。

 体を硬直させたみのるは、後ずさった。さっき正体を暴かれた純連と同じ反応だ。取り乱しながらも、震える声で問い返した。

 

「どうして、あなたが、それを……?」

「あなたのことは、調べさせてもらいました」

「調べたって……!? で、でも、魔法少女の正体は、誰であっても答えちゃいけないことになっているはずだよ!」

「あなただって、純連の正体を調べて知ったのでしょう。それと同じことです」


 うぐ、と。

 星川実。

 変身していない、赤頭巾の魔法少女コレットは、何も言えずに黙り込んだ。


 相手の正体を暴いてはいけない。

 それは、魔法少女の不文律だ。

 もし正体が一般にばれてしまうと、日常生活に大きく支障をきたすことが懸念されている。だから、これは一種の脅迫だ。

 

 しかしコレットは言い返すことができない。

 先にそれを破って、純連に圧をかけたのは自分のほうだ。返す言葉を失った。



 大和は、自分の記憶が合っていたことを確かめた。


(やっぱり、そうだったのか)


 先んじて、琴海に『星川実コレット』の正体を教えたのは大和だ。

 正体を暴くことができる魔法を使ったといい、対策を願ったが、まさかこんな展開になるとは思っていなかった。

 


 魔法少女コレットは、主人公パーティに加入している、最後の一人だ。

 

 主人公にしてタンク役の、青陽 緑。

 光の攻撃魔法を扱う桜色の少女、夜桜 光。

 剣の魔法少女と呼ばれる街の英雄、七夕 琴海。

 そして、赤頭巾のヒーラー魔法少女、星川 実。


 "アルプロ"を代表する、最後の高レアリティ魔法少女が、自分たちに目をつけていると知った時。大和は何かの間違いではないかと思った。

 

(メインストーリーのキャラが、俺たちに絡んでくるなんて……)


 メインストーリーにおいて、魔法少女コレットは、シリウスをライバル視していた。

 この世界でも物語通り、シリウスに目をつけていたのだろう。きっとそこで純連の姿を見つけて、この活動に気付いたのだ。


「わかんないよ。一体、何を考えているの!?」

「……今は何も話せません。分かってください」


 同じ言葉を繰り返すだけだ。

 その様子にますます苛立った実は、脅されたことなんて全く気にしていない。納得できない様子で、琴海に詰め寄るのをやめなかった。

 いよいよ制服の首根を掴みあげると、純連があわてて間に入った。


「や、やめてくださいっ! 暴力はダメです!」

「あなたは、黙っていて!」


 実は、純連の制止を完全に無視した。

 一方で琴海は、静かにみのるを見下ろしていた。


「知っているでしょう! 魔法少女はみんな、力を求めてる! 魔物に殺される人を守るために、今この瞬間に力を必要としているんだよ!」


 笑みを浮かべて迫ってきたときの余裕は、どこにも残ってない。

 魔物に多くを奪われ、今も傷ついている人がいる。

 力があれば、そんな被害を防げる。

 彼女は、魔法少女として当たり前のことを訴えていた。


「当然、分かっています」


 琴海の冷静な言葉がかえってくる。

 だが、さっきまでとは違う。そこには有無を言わせない圧力が宿っていた。

 激情に駆られていた実が、言葉を失うほどの迫力があった。


「わたしを信用してください。コレット」


 琴海は、どこか悲しげだった。

 それを見て、襟を握っていた手が離れる。


「あっ……」


 自分が、かなり暴力的なことをしてしまったことに、罪悪感を覚えたのだろう。

 しかし結局、自分は悪いことなんてしていないという態度で、そっぽを向いた。


「……待てないよ」

「…………」

「でも、そこまで言うなら、少しだけ待ってあげる」


 明らかに納得していないような態度だったが、そのまま背を向けた。

 立ち去らずに言葉を残す。


「長く待たせたら、さっきの写真とか、公表しちゃうからね」

「可能な限り早く伝えるつもりです」

「……わかった」


 そしてそれ以上問い詰めるようなこともなく、みのるは校舎のほうに走っていった。

 そのまま姿が見えなくなって、ようやく二人とも気が抜けた。

 だが、琴海の表情は晴れないままだ。



「今夜、次の討伐に向かいます」


 少しの間待っていると、琴海は大和たちにそう言った。

 隣から、息が止まったような音が聞こえた。


「討伐って……もしかして、あの敵ですか?」

「ええ。スライムの親玉を狩りにいきます」

「こ、今夜、すぐに行くんですか?」 

「ええ。もう、悠長に過ごす時間は、残されていないようですから」


 そう断言した。

 今まで、魔物の討伐を即答で受け入れてきた純連が、今は顔を青ざめさせていた。

 しかし琴海は、そんな純連をまったく見ないままで、決断を変えない。


「わたしたちは一刻も早く、決着をつけて、次のステージに進まなければいけません」

「ことちゃん……」

「今晩までに、用意をしておいてください」

 

 純連が不安げに、弱々しい声で訴えかけるが、琴海はそのまま去っていった。


 不穏な空気を感じた。

 しかし結局、大和は口を挟むことができなかった。

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