第30話 転移者と宿敵の脅迫


 研究所を出てから数日後。

 純連と並んで、二人きりで桜花学園に登校していた。

 全財産も支払わず、残りの寿命を売り払ってでも欲しいと思った時間を、過ごすことができている。

 それなのに、まったく楽しくなかった。


「すみちゃん、最近表情が暗いけど、やっぱり、何かあったんじゃないのか?」


 尋ねると、はっと目を覚ましたように顔をあげた。

 本心を隠すみたいに元気に振る舞ってくれた。


「えっ。あ、平気ですよっ! この通り、超超元気ですっ!」


 それが空元気であることなんて、すぐに分かった。

 また少しすると元の表情に戻ってしまう。

 最近は一緒に通学することが増えた。しかし授業を受けているときや、ご飯を食べているときも、ずっと同じ暗い様子だ。

 痛々しくて見ていられなかった。


(何があったんだろう)


 彼女が悩んでいる原因が、大和には全くわからない。勇気を出して聞いてみたが、答えてくれなかった。

 何もできない、無力な自分がもどかしい。

 頭を掻いて、ひたすらに理由を考えた。

 何か自分にできることはないか探し続けたが、これといった結論は出てこない。

 

「さあ、学校につきますよ……っ」

「すみちゃん?」


 不意に、無理に元気に振る舞ってくれていた、純連の声が止まった。

 大和も遅れて気づいた。


「わぁ、早い登校だね。早めにきてよかったっ!」


 アイドルのように綺麗で可愛らしい、件の茶髪の女の子が、校門の前で行く手を塞いでいる。以前、大和たちのクランの活動に目をつけた相手だ。

 どうやら通学してきた大和たちを待ち伏せしていたらしい。

 大和は、純連をかばうように前に立った。


「あなたと話したくて待ってたんだ。こんな時間に来るなんて、すごく真面目なんだねっ」

「待ってたって、何の用だ……?」

「あはっ、分かってるくせに。想像している通りだよ」

「…………」


 この相手には、断じて話してはならない。

 琴海に厳しく言いつけられていることを思い出して、口をつぐんだ。

 純連も大和の服の裾を握って、不安げに様子を見ている。

 その様子を見た少女は、意味深な笑みを浮かべる。


「ふぅん。あなたたち仲がいいんだ」

「……それがどうした」

「珍しいなと思っただけ。でもそっか、一緒に魔物討伐に行くくらいだもん。仲良しに決まってるよね」


 そう言って笑いながら、大和達の反応を伺っているみたいだった。

 純連は、顔を青くした。


「どうしてそれを……?」


 驚きと戸惑い、それに僅かに恐怖心が浮き出ている。

 嘘のないわかりやすい反応だ。


「やっぱり、あなたが巫女服みたいな衣装の、魔法少女なんだね」

「あっ……」


 つい、口を滑らせてしまった。

 ますます青くなっていく純連は、とっさに口元を抑えたが、その反応は肯定しているようなものだ。茶髪の少女は深い笑みを浮かべた。

 

「ほとんど分かっていたけど、間違いなかったんだ。ふふっ、可愛い」

「ど、どうして……?」

「あなたたちのことは、ずっと調べてたから。そんなに難しいことじゃなかったよ」


 もともと確信は持っていたらしい。

 大和も、純連も気付かなかったが、二人は彼女によって監視されていた。


 この世界の住人は、魔法少女の正体を見破れない。

 しかし彼女はずっと、ともに過ごす純連の姿を見ていた。大和が街に出るとき、必ず姿を消している。この状況から推理するのは容易だった。


「あ、ああぁ……っ」


 純連は動揺していた。

 どうしよう、という表情だ。

 自分の正体を掴まれているのは、とても不気味だろう。特に純連は、今まで違法に魔法少女として活動をしていた負い目もある。

 何を要求されるのかと、戦々恐々だ。


「すみちゃんの正体を掴んで、どうするつもりだ……?」

「わたしにも教えてほしいだけだよ。あなたたちの秘密に、興味があるからね」

「そ、そんなもの……」

「怪しいことしてるよね。研究所にコソコソと出入りして、何をしてたのかな?」


 気味の悪い笑みで、距離を詰めてくる。

 純連は黙り込むほかなく、大和も圧力に負けて押し黙った。唇を結んでいた大和の横に立って、耳元で囁いてくる。


「シリウスちゃんに口止めされているんでしょう」

「……」


 横を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべた少女が、言葉を続けた。 


「知っているかな。最近、魔法少女の間で、純連ちゃんが有名人なっているんだよ?」

「すみちゃんが……?」

「正確には、世界で初めての方法で強くなった魔法少女、かな。正体はばれてないよ」


 大和が正面を見ると、指を唇の下にあてがって、くすくすと笑っていた。


「直接はばれていないし、あくまで噂だよ。でも本当だって分かったら大騒ぎだよね」

「…………」

「だから、純連ちゃんがその人だって知っているのは、わたしだけ。安心していいよ」


 安心できるはずがない。

 詰め寄ってくる彼女から視線を逸らした。


「わたしも、他人に言うつもりはないんだよ。だから秘密を、わたしだけに教えてくれないかな」

「……何のことか」

「魔法少女は実力主義だよ。純連ちゃんのことをばかにするわけじゃないけれど、もし秘密がばれちゃったら、どうしてお前なんだーって、すっごく叩かれちゃうかも」


 やんわりとした脅しだ。

 ゲームの頃の"彼女"とは違う雰囲気に戸惑いつつ、大和は聞き返した。


「どうして、そんなに聞き出そうとしてくるんだ」

「わたしと、わたしたちが先に進むために必要だからだよ。秘密を独り占めするのはずるいって、何度も言っているのに、シリウスちゃんは『今話しても意味がありません』って、教えてくれないんだもん」


 制服の茶髪少女は、膨れ面で愚痴った。

 魔法少女としての彼女は、シリウスと面識があるようだ。


「それなら、俺たちだって話せないよ」

「ふうん。それなら、ちょっと無理やりな手を使うしかないかな……」


 かたくなに譲らない大和と、口を閉じっぱなしな純連に苛立った様子だ。

 彼女は、懐から自分のスマートフォンを取り出した。

 一体、何をするつもりだろう。

 しばらく見ていると、その画面にうつったものを見て血の気が引いた。


「他の魔法少女は、これを見たらどう思うのかな」


 魔法少女シリウスと、変身した純連、それに大和の三人で集まって、神社で話している写真だった。

 二回目の進化を行う、直前終わりまで続く何枚もが、カメラロールにおさまっている。

 進化した瞬間の写真も存在しており、それを見た大和は震えた。


「こんなもの、いつの間に……?」

「いっぱいチャンスはあったよ。あ、研究所から出てきたときの写真もあるよ」


 見せてあげるね、と。ニコニコと笑う少女に、大和は叫んだ。


「どうして、そうまでするんだ!?」


 完全に主導権を握ったことを悟ってか、彼女は余裕ぶって笑った。 


「別に、みんなに言いふらしたいわけじゃないの」


 茶目っ気を消して、真剣味を帯びた笑顔を向けてくる。


「わたしたちは、強くなる方法があるなら、どんな手を使っても知らなきゃいけないんだ」

「どんな手を使っても……?」

「そう。もっと強くなりたいって思っているのは、わたしたち・・も同じなんだよ」


 茶髪の少女は迫ってくる。

 言ってはいけないと思うのに、その気持ちが揺らぎ始めている。


「せめて、わたしだけに、教えてほしいな」


 彼女の微笑みが今までで一番深くなった。

 その言葉には、筋が通っているように聞こえた。

 しかし勝手に言ってはいけない。

 自分たちの立場が危うくなるからと、琴海に何度も言い聞かせれていた。

 それなのに耐えきれず、秘密が、喉まで出かかってしまう。




「やっぱり、二人を狙ってきたわね」

「っ!」


 通学路の背後から、冷たい声がかかり、笑んでいた彼女は表情を消した。

 全員が急いで、その方向に視線を向ける。


 まるで待ち構えていたかのように、リーダーの七夕琴海が立っていた。

 

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