第29話 転移者とレアドロップの宝石箱
次の部屋の景色が見えた瞬間に、大和は驚愕して、声をあげた。
「これって……!」
堅牢なコンクリートの個室に、いくつもガラスケースが連なっていた。
おおむね三十センチ四方の正方形のケースが、全て強い光でライトアップされており、カメラやセンサーなどが取り付けられている。
博物館のような部屋だが、むろん展示品として扱われてるわけではない。
「もしかしてこれ……全部、魔物が落とす"素材"ですか?」
近づいて、その中を覗き込んだ純連は、感心したような声を出した。
「はい。この場所では、全てのサンプルが保管されているんです」
「サンプルですか……す、すごいです。これは感動です」
全て、大和の記憶にある"魔物"がドロップする素材のイラストと一致した。
赤の輝石、烏の黒爪、能面の破片。他にもゴブリンの首飾りや、スライムの破片など、おおむね三十種類以上が並んでいる。
この厳重な監視は、魔物という未知の存在を警戒しているからだろう。
「これで、素材は全部か?」
「いえ。この場所にあるのは、シリウスちゃんや、他の魔法少女が狩ることに成功した魔物だけですね。あとは保管が難しかったりするものとかは別の場所にあるけど……そっちは権限を貰っていないんだ」
庵は首を横に振った。
保管が難しいとはどういうことだろう。
そういえば、"炎そのもの"のイラストで表現された素材もあったはずだ。
一体どのように保管されているのだろうかと、すごく気になった。
すると、今まで静かだったシリウスが、大和に視線を送ってきた。
「何か、気づいたことはある?」
少し考えるふりをしてから、首を横に振った。
「次に必要な素材は、この中にはないと思う」
「そうなんですか……?」
純連の細いツインテールが、尻尾のように、しょぼんと垂れ下がった。
(さすがにもう、二回も進化してるからな)
低レアだろうと高レアだろうと、魔法少女は進化を重ねれば、いつかはレア素材が必要になる。
ここに置かれているのは全てノーマル素材だ。必要な品は見当たらない。
「でも、この素材は使えると思う」
そのかわりに、大和は別の素材を指さした。
「あれは……?」
「魔法少女シリウスの、進化素材だよ」
そう言うと、全員の視線が大和が指差した素材に集まった。
「これは、今より奥に出現する魔物の落とす死骸ね」
指し示したのは、ゲーム中盤に出現する魔物の素材。
魔法少女シリウスのキャラクターの強さに見合った、強敵の魔物だけが落とすものだ。見覚えがあるらしく、すでに戦った経験もあるらしい。
「数は、どのくらい必要になるの」
「ごめん。そこまでは、分からない」
申し訳なさそうに返すと、シリウスは怪訝そうな表情を浮かべた。
「あなたは魔法で、それを見通せると思っていましたが」
「何て言えばいいのか分からないけど、純連のときより、ぼんやりとしかわからないんだ」
あまりに適当な言い分だ。
大和は、突っ込まれたらどうしようかと不安だったが、深くは追求してこなかった。
「なら、いいです。数を集めれば良いことが分かっただけでも、収穫です」
目を瞑って、すんなりと引き上がった。
追求しても無駄だと思ったのかもしれない。乗り切れたことに、ほっと息をついた。
「何もなければ、次にいきましょう」
「次の部屋には、特に珍しい品が保管されているから、楽しみにしていてよ!」
「珍しい……というと?」
首を傾げる純連に、庵は意気込んで説明した。
「魔物は稀に、見慣れないものを落とすことがあるんだ。貴重そうなものは、全て集めて提出するように、国から命令が出されているんだよ!」
ほえー、と純連が感心したように息を吐いた。
その説明だけで、大和はぴんときた。
ゲームで言うところの、低確率ドロップのレア素材のことで間違いない。
(レアドロップって見た目めっちゃ綺麗だし、無駄に放置するわけないか)
魔物の素材は、全部破棄していたのかと思っていたが、そうではないらしい。
普通の素材は、一見するとゴミのように見えるものばかりだが、レアドロップは別だ。宝石をイラストの基盤にしているので、あからさまに価値がありそうなものが多い。
次の部屋にあるものは、そんな品々が集まっている場所だという。
期待感から、無性にわくわくしてしまった。
今度は、庵が胸のIDカードを、次の扉の横の機械にかざす。
赤色だったランプが、緑色へと切り替わった。
二重の扉が自動で開く。
「おおぉぉ……っ!!」
「……これは、すごいな」
入って開口一番、純連の目が輝いて、大和も声が出なくなった。
部屋にあるすべてが美しい鉱石であり、重厚な金属の箱の中や、何重も重なった強化ガラスの中に保管されていた。
何本も伸びた、虹色の石英の結晶体。
綺麗にカッティングされた、神々しいダイヤモンド。
自ら発光する、水色の金属塊。
あらゆるものが美しく輝いていた。
「綺麗です、すごいです。何ですかこれは……!」
まるで地球上に存在する、あらゆる価値のある物体を集めたような部屋に、純連は興奮を隠せない様子だ。
どこの世界に行っても、どんな金持ちも見たことがないだろう。装飾品に興味のない大和でさえ、言葉を失うほどに圧倒された。
「こんな素敵な場所は、初めて見ました……!」
「ああ。とても素晴らしいところだよ」
庵もうっとりとした表情で、手近な金属箱に近づいた。
「ここに来ると、心が震えるみたいだ」
結婚式に憧れる少女のような表情だ。
瞳に、宝石の美しい輝きをうつしている。
彼女は研究者だが、年頃の少女だ。きっと綺麗なものに惹かれているのだろう――
「ああっ、粉砕したいなあ」
全員が耳を疑った。
庵は変わらずに、うっとりと見惚れている。
「な、何て言いましたか……?」
「見てよ。この水晶は、魔力を内包して閉じ込める性質があるらしくてね。破片がもっとあれば、魔力を使った新しい電子回路が作れるんだ……」
「あのぅ……?」
「装飾品として欲しいっていう人もいたけど、それで終わらせるなんて、絶対に許されないよ。ダイヤモンドのような石ころじゃないんだから」
「…………」
「加工職人がいるわけでもないのに、ここまで完璧にカッティングされているのは凄いことだ。でも、その性質を有効的に使うには、粒状にするのが一番効率がいいんだ。ああっ……早く粉砕したいなあ」
純連は、絶句していた。
シリウスは目を瞑っている。
自分の世界に没入した庵は、お構いなしに語り続けた。
「こっちの金属も凄いんだよ。これまでの研究では、傷もつかず、劣化もしない特性を持っている。まさか二十一世紀にもなって、未発見の元素が登場するなんて! すぐに世界中の教科書が書き換わるよ! 融点が調べられればなあ……」
神を崇める狂信者のように、天に祈りを捧げるかの如く手を組んだ。
「ああ、ここは何度来ても素晴らしい。魔物は厄介だけれど、これらはきっと異界からの贈り物だ。被害も被ったが、人類を大きく飛躍させてくれる鍵になりうる。誰も想像しなかった、第五次産業革命の未来を、ボクの手で切り開けるんだ。その未来を想像するだけで、ゾクゾクする……はぁぁ」
独り言を呟き続け、恍惚としている。
完全に、発情した雌の顔だ。幼い少女が見せてはいけない表情である。
「……っ!」
純連は思わず赤面して、ぽん、と頭から煙を吹いた。
大和もいたたまれなくなって、視線をそらす。
(マッドサイエンティストって、これか……)
などと、一人で納得して頭を抱えた。
素晴らしい空間に心奪われていたのに、台無しである。
「早く、用件を済ませてしまいなさい」
「あ、はい……」
シリウスは、拒絶するように腕を固く組んだまま、大和に冷たく言い放った。
大和が頷くのを見て、庵はシリウスにすがった。
「えっ! 急がなくていいんだよ!?」
「…………」
「というかボクも普段はこの部屋には入れないから、ほんとに、ゆっくりしてくれ、頼むから!」
必死すぎる懇願だ。
土下座して、靴でも舐めそうな勢いである。
下手なキャラ設定が現実になると、心底恐ろしい。大和は身震いした。
早く済ませてしまおうと、周囲を探していく。
部屋自体は非常に美しいが、種類はそれほど多くない。すぐに目的のものを見つけた。
「あー……ええっと、これだと思う」
「もう見つけてしまったのかい!?」
庵は目を丸くして、それから、あからさまに残念がった。
それまで立ち止まっていた純連が近づいて、隣から箱を覗き込む。
「赤い水晶玉……ですか?」
それは紅色に透き通る、球体だった。
片手におさまりきらない程度の大きさで、純連の言う通り、水晶玉のように見えた。
巨大なルビーのような石には、内部に、妖しい炎が点っているみたいだ。
「ああ……それは、他の魔法少女が、巨大スライムを倒した時の戦利品だね」
「スライム、ですか?」
「ああ。このあたりにも出現する、あの赤い粘液の親玉みたいなやつさ。これは、別の地区で討伐されたやつが落としたものだけど……」
庵が、背景まで解説してくれた。
赤いクッションの上に置かれた球体を、シリウスも並んで観察する。
内側で煙のようなものが渦を巻いており、何となく危険な雰囲気を感じた。
「これが、次に目的とするべきものなの?」
「ああ。これが一つあれば、純連は次の進化ができると思う」
「あ! だめだよ、ここにあるサンプルは、一つもあげられないからね!」
庵は思い出したように、慌てて叫んで、止めようとした。
しかしシリウスは否定した。
「もとより、ここにあるものは研究用に提出されたもの。こちらの都合で持って行こうとは考えていません」
「そう……よかった」
平然とそう返すと、ほっと肩を落とした。
「むしろデータをとるのに使ってほしいんだけどね。たくさんあればよかったんだけれど」
「問題ありません。この素材なら、ちょうど手に入れる"あて"があります。わたしたちのクランで確保することもできるでしょう」
そういえば、このクランの最終目的が、件の"エリアボス"の討伐だったことを、大和も思い出した。
「手に入れたなら、今度こそデータをとらせてもらうからね! 忘れないでね! 絶対にここに持ってくるんだよ!」
「ええ、分かっています」
どうやら、前回純連が進化したときのデータをとれなかったことを、相当に悔やんでいるらしく、裾を持って掴みかかった庵を、シリウスは少し嫌そうに受け入れていた。
そんな二人の様子を呆れながら見ていた大和だが、途中から、隣がやけに静かなことに気がついた。
「すみちゃん?」
「…………」
純連の様子がおかしい。
普段は陽気な彼女が、黙って箱の中の紅色の宝玉を見つめている。
口が開きっぱなしになっている。
綺麗な瞳が、微かに揺れており、明らかに動揺していた。
「あの、どうかしたのか」
「いえ……なんでも、ありません。大丈夫です」
大和に振られたとたんに、その様子を引っ込めて、笑って誤魔化した。
「すみちゃん……?」
怯えたり、感動したりしていた感情豊かな少女は、どこにもいなかった。
大和から視線を逸らすと、何かに魅入られたみたいに、再びケースの中を見つめた。
大和には、彼女がそんな反応を見せる理由が分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます