第28話 転移者と地下研究所
研究所の地下は、地上よりも深い階層構造で造られている。
移動には研究者のIDが必須だが、庵がカードをかざすとすぐに、地下行きのボタンが押せるようになる。どうやら彼女は、想像よりも大きな権限を持っているようだった。
やがて四人の乗る銀色の個室の扉が開く。
先に庵が出ると、ぼんやりと赤く照らされていた廊下に、直線に明かりがともった。
「ここからは、特に厳しく国の監視が入るエリアだ。危険を扱う部屋も多いから、くれぐれも気をつけてくれたまえよ」
そこらにある扉には、普段の生活では絶対に見かけない、一目で"危険"が分かる印が点在していた。
髑髏印、放射線のマーク、バイオハザードマーク。DANGERというワードとともに長い英語で書かれた警告。
大和と純連は、本当に立ち入ってもいいのか、足をとどまらせた。
「ああ、そこまで警戒しなくても大丈夫だよ。壁一枚越しに危険な部屋があるっていうわけじゃない。向こうにも廊下があって、何重も防御がされている。ここには危険はないよ」
(いや、無理だって。こんなの子供が見たら絶対泣くぞ)
楽しげだったゲームとのギャップに、大和は戸惑った。
アルカディア・プロジェクトは、全年齢がプレイ可能なスマホゲームだ。
しかし、大和の目の前の光景を子供が見たら、トラウマが刻まれるに違いない。
「は、はわわわ……」
「…………」
純連は涙目でおののき、普段は冷静なシリウスでさえ、腕をいつもより固く組んで、口元をこわばらせていた。
魔物と相対したときとは、また次元の違う緊張感がそこにあった。
「ボクも、危険のある部屋に入る権限は貰っていないから、間違っても入ることはないよ。安心して」
「ま、万一ということはないのでしょうか……?」
「あー、やっぱり、この印は脅しすぎだね。大丈夫、大丈夫……念のため耐毒の魔法をかけるよ」
「ははは、早く! お願いしますっ!」
庵は全員に手をかざし、金色の魔力で、魔法をかけた。
体が、少し暖かい光で覆われる。体感ではわからないが、無事に成功したらしい。
「この魔法は、かなり効果があるらしくてね、実験の時には重宝されているんだ」
もちろん合わせて防護服も着るけどね、と彼女はころりと笑った。
それを聞いて、なぜ中学生でしかない少女が国家機関で雇われているのか、その一端を理解したような気がした。
大和は、大好きな魔法少女・八咫純連についてはどこまでも詳しい。
しかし水城庵は、純連に関わることはなかった魔法少女なので、どんなキャラクターだったか、正しい知識は、ほとんど思い出すことができなかった。
(水城庵って、確か、毒とかを使う魔法少女だったよな)
それでも大まかな設定が思い浮かぶのは、二次創作の偏った設定を知っていたからだ。
胸の大きな幼い少女というのは需要があるらしく、高い頻度で、大和のSNSのタイムラインにも流れてきていた。
怪しげな薬を開発して周囲を困らせる、マッドサイエンティスト的なキャラ付けがあったような気がする。
例えば媚薬をばら撒いたり、性別転換薬を作って実験したりとか、そんな方面だ。
まさか、さっきのフラスコや魔法はそれじゃないだろうなと、若干の疑いの眼差しを向けた……さすがにないだろう。
(というか、身を守る魔法があるなら、もっと早く使ってくれ!)
上のフロアにいる間にやってほしかった。
そう思ったが、口にはしなかった。
四人は、真っ白で無機質な通路を進んだ。
純連はシリウスと腕をがっちり組んで、少し怯えながら周囲を見回している。
英語で注意書きの書かれた、両開きの扉を開けて中に入る。
するとそこは、体育館のように広々とした倉庫のようだった。
「地下に、こんな広い場所を作ったんだな」
「専門の魔法少女が作ってくれたんだ。街があんな風になったあと、見つかった魔法の品を適切に保管するために使われているよ」
見渡す限り、得体の知れないものは見つからない。一番こわばっていた純連の緊張も、少しだけ緩んだようだ。
「魔法の品って、何のことですか?」
「ああ。今日は魔物が必ず落とす"もの"が目当てだけど、その他にも魔法がかかった品はいくつも見つかっていてね。それらは、いったんここに集められているんだ」
「ほうほう」
無造作に積み上げらている箱が目立つが、中には剥き出しのものもある。
魔法の品というものの、特別な雰囲気はなく、リサイクルショップの倉庫のようだ。
「なんだか、よく分からないものばかりですね……」
純連も同じ気持ちだったのか、戸惑ったようにこぼした。
ゲームの知識を持つ大和だが、見たこともない"もの"も数多く置かれていた。それが魔法の品か、ただの道具なのか、素人では全く見分けがつかなかった。
(何か、役に立つものとか、ないかな……?)
大和は、ゲーム知識のある自分は、今後に役立つものを見つけられるかもしれないと考えて周囲を観察する。
ある一点で、目が止まった。
「あ……」
「どうかしましたか?」
ひょいと、純連が横から顔を覗いてくるが、大和の視線は固定されていた。
美術館の展示品のように、四方がロープで囲まれている。その少し開けた空間に、木製の本台が置かれていた。
音楽室に置かれている譜面台によく似ているが、明らかに違う。
本が置かれるべき部分が、淡く、白く発光している。ライトなどが仕込まれているわけもなく、それが魔法の品であることは明らかだ。
「ああ、それね。騒動の途中に、道路の真ん中にぽつんと落ちているところを見つけて、ここに運び込まれたらしいんだ」
大和が注目したのを察知して、シリウスが目敏く尋ねてくる。
「その品が、何か気になるのかしら」
「あ、いや……」
大和ははっと気づいて、言い渋った。
自分の心臓が高鳴り始めている。反応を隠すために顔を逸らした。
(あれって、もしかして)
おそらく使い方どころか、何のために存在しているか、誰も知らないだろう。
近づいてみて、確信を得る。
(ガチャだ、これ……!)
感情が隠せているかが不安で、汗が流れた。
これは、ゲームのプレイヤーでなければ、使い方が分からないものだ。
大和はこの魔法の台座を、何度も見たことがあった。
見た目は、百円を入れて回す"ガチャガチャ"とは全く異なるが、間違えるはずがない。
アルカディア・プロジェクトには、課金要素が存在している。
その際たるものが、所謂『ガチャ』。
課金をすることで、ランダムにレアアイテムが手に入る仕組みだ。
キャラクター系、装備・アイテム系、期間限定の複合系。
そのうち、装備やアイテムを排出するガチャの演出画面に登場する道具がこれだ。
「いや、何でもない。なんか変わった道具だなって思って」
しかし、そのことを話すわけにもいかず、知らないふりを決め込んでごまかした。
「そうだね。魔法的な力は感じるけれど、一体何のための道具なのかは解明できていないんだ。まあ、そんなものは、ここにはいくらでもあるけどね」
庵は周囲を示し、あっけらかんと言い放った。
確かにこれだけ未解明の品々があれば、人手がいくらあっても足りないだろう。
他にも倉庫を探したが、大和が知りうるものはなかった。
「さて。いよいよこの奥が、希少だと思われるものが保管されている部屋だ」
そうしているうちに、倉庫の奥にたどり着いていた。
コンクリートの壁に取り付けられた銀色の分厚い扉の前に、庵が立った。
「普段はボクの権限でも入れない場所だ。直接危険があるわけではないけれど、念のため、警戒はしておいてね」
「……ええ」
シリウスがうなずくのを見て、前を向き直した。
重厚な扉の横についたカードリーダーに、自分のIDを通し、重厚な扉を開いた。
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