第27話 転移者と研究者の魔法少女


 廊下に出た庵は、思い出したように唇の下に指先をあてがった。


「そうだ。シリウスちゃんの後ろの二人。まだ名前を聞いてなかったね」 

「そうでした。八咫純連といいますっ!」

「鳥居大和です」


 後から慌てて名乗ると、うんうん、そうだったと笑顔で何度か頷いた。

 くるりと振り返って、自分の胸元に平手をあてがう。


「改めて、ボクは水城庵! 科学省の協力研究員をやっている者さっ」

「協力研究員、ですか」


 いまいち情報が伝わってこない肩書きに、首を傾げた。


「あの、失礼かもしれませんが、庵ちゃんはおいくつなのですか……?」

「いまは十三だよ。あとちょっとで、十四になるかな」

「中学生で仕事をしているのですか?」

「うん」


 はえー、と純連が目を丸くして息をついた。

 庵も自分が幼いということは分かっているのか、苦笑していた。


「ここで働く許可は得ているよ。ちゃんとIDだってあるしね」


 気を悪くすることなく、自らの大きな胸に下がった、ストラップに入ったIDカードを見せてくれた。

 顔写真は間違いなく彼女のものだ。


「おお。その歳で公務員なんて、将来は安泰ですね……」

「アルバイトのようなものだよ。こんな状況下でも、さすがに、中学生は雇えないらしいからね。ねえ、シリウスちゃん?」

「……どうして私に振るんですか」


 シリウスは嫌がるように、ずっと腕を組んでいた。

 しかし、それはそうだ。

 国が中学生に労働をさせるというのは、色々な法律に反していそうだ。

 しかし例えばテレビの子役のように、例がないわけではないので、そのあたりは抜け穴があるのかもしれない。


「次は、こちらから質問しても構わないかい? ……特にキミには色々聞きたかったんだ」

「え、俺ですか?」

「うん。聞いた話によると、キミは、魔法少女の新しい可能性を知ることができる、特別な魔法が使えるそうじゃないか」


 どうやら、自分の魔法ちしきに興味があるらしい。

 それは誰にも話してはいけない秘密のはずだ。

 一瞬だけシリウスを見たが、特に口を挟んでくる様子はない。ということは、彼女も"事情"を知っている、限られた人間の一人なのだろう。

 大和は素直に頷いた。


「……はい。まあ、その通りです」

「すごく興味深い仮説だったよ。魔物の落とす品で、魔法が強化できるなんて考えもしなかったからね。他にも何かないか、後で詳しい話を聞かせてほしいなぁ」


 むふふ、と腕組む。膨らんだ胸を強調しながら、奇妙な笑みを浮かべた。

 純連が横から尋ねる。


「庵ちゃんは、魔法少女についても研究しているんですか?」

「その通り。ほとんど魔法少女が専門分野だけどね」

「専門って、なんだか大学生みたいだな」

「……ちっちっ」


 大和がそう言うと、庵は指を振った。


「キミは、ここが何をする場所かは知らないのかい」

「魔物や、魔法の研究をする場所だって聞いたけど」

「そう。それに加えて、ここはこの国の最先端をいく施設だ。ボクは桜花の中等部だけど、ちゃんと大人と同じレベルで研究だってしているんだよ」

「……本当に大学生だな」

「頭がいいから、大役に選ばれたのですね!」

「それは、まあそうだね……うん。でも、ボクが大人顔負けの大天才から特別に抜擢された、というわけでもないんだ」


 純連が褒めてくるのがくすぐったかったのか、庵は恥ずかしげに苦笑する。

 自己肯定の強さは、少しゲームの頃の純連に似ているなあと思った。ずっと黙っているシリウスは、もはや表情が変わらない。


 観葉植物と、ベンチの置かれた開けた場所まで歩いてきた。

 そこで、庵は立ち止まる。

 

「ちょうどいい。せっかくだから、ここで"理由"をお見せしようじゃあないか」

「どういうことですか?」

「まあ、見ていてくれたまえ」


 大和たちが立ち止まったところで、両腕を真横に広げる。

 


 そして――次の瞬間。

 全身が、黄金色の光に包まれる。 


 それを見て純連は息を呑み、シリウスは腕を組んで、平静に見守った。


「あっ――」


 全てを察した大和は、かろうじて目を瞑ることに成功した。


「さあ、時間もないしさっさといくよ……フォルムチェンジっ!」



 ――夜空のように綺麗な魔法現象が、発動する。


 幼い少女の服が、光と共に弾けて、幼く豊満な肉体が露になった。


 細い両足の爪先を撫でるように、ゆっくりと光が這い登る。

 楽器を鳴らしたような軽快な音のあと、艶のある黒タイツに変化した。続いて腰のあたりの光が風船のように膨らみ、黒の半ズボンが包み込む。


 続けて、変化が起きたのは上半身だ。

 不思議な力で、年齢に似合わないメロンのような大きな胸にぴったりなサイズの、桜花学園のものに近い、真っ黒な学校制服を作り出す。

 ひらりと背中から降りてきたのは、研究者・水城庵のアイデンティティとも言える、研究者の白衣だ。


 最後に、真っ直ぐ伸ばした手元に、緑色の液体の入った三角フラスコが現れる。

 そして目を丸くした。

 

「のわっ!?」


 ――ぽんっ、と、小さな爆発を起こした。

 庵は少し慌てたが、それ以上は何事も起こらずに、汗をぬぐう。


「ふぅっ。なんで、いつも変身のとき、こんなものが現れるんだろうね……」


 無事に変身を終えて、胸を撫で下ろした庵は、少し愚痴った。

 魔法で形作られたフラスコを魔力に戻し、軽く咳払いして気を取り直す。


「……と、こういうわけさ」


 慣れた様子であり、どうやら今の小さな爆発はいつものことらしい。

 異変と言える出来事ではあったが、警報も鳴ったりはしない。視界の範囲にいる警備員も、駆け寄ってくることはなかった。


「おおっ……! なるほど、庵ちゃんも、魔法少女だったのですね!」

「そういうこと。ボクは、研究向きの魔法が使える、魔法少女なのさ!」


 純連も、思わずという風に声をあげた。

 その感動を受けて満更でもなかったのか、庵は胸を張った。


「……ところでそこのキミは、どうして目を瞑っているんだい」


 ずっと手で、自分の目を塞いでいる大和に、不審な視線を向ける。


「あっ、いや、何でもない……」

「何でもないようには見えないけどねえ。何か、態度が変だよ?」

「ちょ、ちょっと眩しくて! 本当に何でもありません!」


 目を瞑っていたせいで、むしろ怪しまれてしまった。

 急に敬語を使い始めた大和に、純連も、シリウスも首を傾げた。

 庵は疑い深く迫ってくる。


「変身する時に不思議な変化は起こるけれど、眩しいと言った人は君が初めてだよ」

「あー、えっと……」

「何かボクたちが見るものとは違う魔法現象が見えていたのかな」

「どうだろう……?」

「ふむ。でも、確かにこの魔法現象のデータは機械的なものしかとれていない。人の目で介したときに、個人差で違いが生じるとするなら……」


 ぶつぶつと、何かを唱え始めた庵に、大和は冷や汗をかいた。

 なんだか難しいことを考えているようだ。まさか『あなたの全裸を見ないために目を逸らしました』なんて、正直に言えるはずもない。


 見ていないが、大和という男性の目の前で、生まれたままの姿を晒していたと知ったら、一体どんな反応をするのだろう。


「……まあ、その話はいったん置いておこう。今は時間もないからね」


 幸いにも大和が答えるまえに、彼女のほうが話の矛先を変えてくれて、ほっとした。

 

「この先は、"未知"の探究を行う場所だ。絶対に安全だと保証することはできないからね。安全のために魔法をかけさせてもらうよ」

「は、はい……!」


 エレベーターの前に立った庵は、慎重な態度で警告する。

 否応なしに緊張する。


「監視もされているけれど、何が起きても責任はとれない。何が合っても研究員の指示に従うと、ここで約束してほしいんだ」

「ああ、分かった」

「了解です!」


 シリウスはもとより。大和と純連も、当然のように了承した。

 それを確認した庵もうなずき、ようやくエレベーターのスイッチを押す。


 ――そして、地下研究所に足を踏み入れた。

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