第26話 転移者と科学省の研究室

 しばらく過ぎた日の、放課後のことだ。


 突然の琴海の連絡で呼び出された大和と純連は、学校から出てから何の用意もせずに、街に出る検問所の前にやってきた。

 相変わらずの、物々しい雰囲気だったが、今日は様子が違った。


「ああ、シリウスさんのところの方ですね」


 ボードを持った検問所の軍人さんにも、すっかり顔を覚えられていた。何度も出入りしているためか、疑いの眼差しは全くない。

 簡単な手続きを済ませたあと、学生証を提示する。それだけで、あっさりとゲートを通過することができた。


 その際に首にかけておくように言われたストラップを、純連はまじまじと見つめた。


「これは何なんでしょうか」

「専用のIDカードだよ。これで、ゲートとかが通れるらしい。関係者だよって証だな」

「サラリーマンの人がよくつけているあれですね!」


 純連は、ぽんと手を叩き合わせた。

 しかし大和は微妙に視線を逸らす。


「……どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 あまり、ネックストラップにいい思い出はない。会社のことを思い出してしまうからだ。

 相方が奇妙な反応をしたことに、純連は首を傾げ、大和も記憶から消し去った。

 




 大和の住んでいる居住地は、周囲と断絶している特別な居住区域だ。

 主に街を攻略する拠点であり、魔法人材を育成する学園が配置されている。

 安全と危険。

 その地帯を隔てるのは、三つのゲートだ。

 その一つ目のゲートを潜ったあとの坂道途中の台地に、目的地は存在していた。


「おお……ここが、ことちゃんの言っていた場所ですか」


 純連は手をバイザーのように額にあてがって、斜め上を見上げた。


 段状になった土地に乗るように、いくつかの建物が連なっていた。

 多くがすでに放棄されていることが伺えたが、明かりがついている建物もある。特に私道には、懐中電灯を持った警備員の姿を見つけることができた。

 一般人が立ち入れない場所で運営されている施設は、大和達が住んでいる場所よりも、ずっと警備は厳重だ。


「すごく広いです。どの建物が、待ち合わせの場所なのでしょうか」

「待って。確かそれも、メールに添付されてたはず」


 大和はスマホに視点を落とし。琴海から受け取ったメールを開いた。自動で、詳細な目的地までの案内アプリが起動する。

 案内図のような画面に、現在地と経路が表示された。


「七夕さんが待ってるのは、この先。奥の方の建物みたいだ」

「はええ、そんな風に見えるんですか。便利になったものですねえ」


 最新のデバイスに初めて触れたような反応だ。

 どうやら、すみちゃんは、機械があまり得意ではないのかもしれない。

 大和はほんの少しだけ優越感を感じた。自分が役に立てていることが、嬉しかったのだ。


「ここには、ほかに、何があるのですか?」

「魔獣の緊急対策本部とか、警察や駐屯所とか、臨時の役所や倉庫とからしい」

「な、なんだか凄いです……」


 どうやら街の中心機能が、ほとんど、この一箇所に集められているらしかった。

 大丈夫なのかと不安になったが、突然に地域一帯が壊滅した大災害のあとだ。こうせざるを得なったのかもしれない。

 大和たちが目指す建物は、その一帯の"外れ"にあった。


「なんだか、ちょっと、怖い雰囲気です……」


 純連が、キョロキョロとあたりを伺いながら、そんなことを言った。

 すれ違う警備員の雰囲気は鋭い。

 毎回じろりと見られて、そのたびに視線を下げて、背中を縮めていた。


 警備員の他にも、スーツの大人ともすれ違った。

 彼らは疲れ切った雰囲気で、目に隈ができている。

 鏡で、いつも自分の姿を見てきた大和は、自分に似ているなと思った。それが疲れ果てた人間の目だと知っていた。 


(こんな酷い状況だし、仕事も山ほどあるんだろうな……)


 境遇を知っているだけに、いたたまれない気持ちになった。

 そんな風に、雑談をする気にもなれないまま歩いていくとすぐに、スマホが案内する場所にたどり着いた。


「ここだ」

「ははぁ……すごく綺麗な建物です」


 他がレンガやコンクリートで作られた、古い雰囲気の建物であるのに対して、全く新しく作られたのだろう。ガラス張りの、かなりお洒落な建物だ。

 入り口には、重火器を持った数人の軍人が立っており、警備も厳重だ。

 ますます、萎縮してしまう。


「ほ、本当に入ってもいいんですよね!?」

「そのはず……うん。他に、建物ないし」

「ででで、ではいきましょう! ことちゃんが待っていますから!」

「お、おう……じゃあ俺が先に行くよ」


 こういう時は、社会人である自分が、前に出るべきだ。そう思ったが、やはり銃を持った強面の軍人の横を通り過ぎるのには、相当な勇気が必要だった。 

 当然だが、見咎められたりはしなかった。

 備え付けの簡易的なゲートも、カードをタッチしてくぐりぬける。

 すると薄暗い玄関口に、変身した姿で腕組んだシリウスが立っているのが見えた。


「ことちゃん!」

「あ、お疲れ……」

「……二人とも揃っているみたいね」


 嬉しそうな純連、疲れた様子の大和。

 二人を置いて、シリウスはさっと背を向けた。

 

「まず、閲覧のための許可を取りに行きます」

「ああ……」


 大和は、廊下の奥に進みながら観察する。

 内装も外見通りの新しい建物だ。よく見ると、ここの天井にも執拗に監視カメラが備え付けられていて、廊下にも銃を持った軍人が警備を行なっている。

 他のどんな場所よりも厳重で、防犯対策にしては過剰すぎて、不思議に思うほどだ。


「ここには、何があるんですか?」


 エレベーターに乗ると、純連が尋ねた。


「ここは、世界の変貌を研究する施設の一つです」

「え、何だって……?」

「より詳しく説明すると、ある時期を境に現れた魔物や、魔法少女の力。他にも現代の技術では、使い道の解明できない道具や未知の物体が見つかっていますが、そうしたものについて研究する場所です」


 ゲームを大まかにプレイしている大和も、聞いたことがあった。


(そういえば、そんな設定もあったっけ)


 フレーバーテキストかどこかで、研究所が存在する設定は示されていた気がする。

 しかし、なるほど。たしかに魔法についての研究は必要だろう。


 最上階である三階で、エレベーターの扉が開いた。

 緑の非常灯と、僅かな明かりだけが転々と続く通路が広がった。空気が流れる音と、遠くから聞こえる機械音のほかには、何の音もしない。

 前に進んでいくシリウスの後をついていった。

 すぐに、とある部屋の前で立ち止まった。


「……失礼します」

「はいはい! 空いてますよーぅ」


 扉を叩くと、中から、とても陽気な声が聞こえてきた。


(あれ? 今の声って、どこかで聞いたことがあるような……)


 その可愛らしくて幼い、特徴的な声に、大和は聞き覚えがあった。

 しかし、すぐに思い出すことができない。先に入ったシリウスの後に続いて入ったあとに、答えを見つけた。


「ここは……?」

「おおおぉ……っ!」


 そこは、今までの静かな雰囲気とは、全く変わっていた。


 一言で言えば、研究室だ。

 液体の入った薬瓶やフラスコが放置されており、繋がれたチューブの先に、何かの波形を表示する機械が鎮座している。

 他にも、大和が理解できない機材が、そこらに散らばっていた。

 声の主は、部屋から最も近い席に座っている美少女だ。

 

「おお、キミたちが話に聞いていた二人の新人ちゃんだね!」


 三人が足を踏み入れると、くるりと椅子を回して、正面を向いた。

 ホットミルクの入ったティーカップを置いて、ぱぁっと満面の笑みを浮かべて、腕を大きく広げる。


「ようこそ我らが最先端研究のラボへ! 歓迎するよっ!」

「え、女の子……?」


 大喜びで出迎えてくれたのは、大人の研究者――ではなく。

 ぼさぼさの金髪で白衣を纏った、やたらテンションの高い、中学生の少女だ。

 純連は、自分よりもずっと年下で、この場所に全くそぐわない相手が出てきたことに、あっけにとられていた。


「ボクは水城庵。シリウスちゃんも、ひっさしぶりだね!」


 もともと知り合いだったらしいシリウスは、普段よりも表情が強張っている。

 目の前の相手が苦手だと、はっきり顔に書いてあった。


「……ええ。それで、用件なのだけれど」

「うん。話は聞いているよ。何でも、とても面白みのある、新しい発見をしたそうじゃあないか!」


 シリウスが身をひくたびに、ぐんぐんと距離を詰めていく。距離をとるように身を引いているのに、全くお構いなしだ。

 いよいよ零距離で、星のようにきらめく期待の眼差しを向けていた。

 圧がすごい。


「国の人からは、詳しくはシリウスちゃんから聞いてくれと言われていてね! さあ話してよ! 世紀の大発見をしたんだろう!」


 しまいには腰のあたりを掴まれて、がくがくと揺さぶられる。

 シリウスは、相変わらず嫌そうな顔をしている。しかし自分よりもずっと小さな少女に抵抗するのは憚られたのか、されるがままだ。


「ことちゃんが、手玉にとられています……」


 詰め寄られている親友の様子を、目を丸くしながら見ていた。

 一方で、まだ話は始まらなさそうだと思った大和は、別の方向を観察していた。



 この部屋は、先ほどと違って、多くの白衣を来た人間が座っていた。

 魔物の素材を観察している者。

 パソコンを弄って、データを確認している者。

 ホワイトボードを使って、数人で議論を繰り広げている者。

 自らのテーブルや、機材の前で、真剣にそれぞれの作業に取り組んでいる。



 ここが"アルカディア・プロジェクト"という、ゲームの中の世界であることを、大和は知っている。

 何が起きても不思議ではない。しかし"研究所"といった場所に、小さな女の子が当たり前のように混ざっているのは、あまりに不自然だ。


(どう見ても中学生だけど、いいのか。こんなところに置いて……?)


 ほとんどのキャラクター設定を覚えていないので、何とも言えないが、少女が研究室の一員というのは違和感しかなかった。


 しばらく、一方的な口論を見守っていると、茶髪のメガネをかけた研究者の一人が、たしなめるように肩をつつく。


「水城ちゃん。分かっていると思うけど、早めに済ませてね」

「むぅ。ボクがこなさなければいけないぶんのタスクのことは、ちゃんと覚えているよ」


 シリウスに一方的に詰め寄っていた水城は、ようやく手を離して、ぷくぅと頬を膨らませた。

 あまり遅くならないようにね、と言いながら、研究員は去っていく。

 シリウスもホッと息をついた。


「それで、ええっと。依頼内容ね……魔物が落とす、特殊な残骸の閲覧。それで間違いない?」

「ええ。許可は通ったのか、研究所の人にはまだ確認できていないけれど」

「だいたいオッケーは出ているよ。ただし、持ち出すのはもちろん、触れることも許可されないから、その点だけは注意してほしい。いいかな?」


 背丈に似合わない胸の膨らみを有した少女、水城庵は、シリウスに確認した。

 すると、シリウスはそのまま大和に視線を送ってきた。"魔法"は問題なく使えるのかと、改めて確かめたかったのだろう。

 もちろん大丈夫だと、頷いて返した。


「それじゃあ、時は金なりだ。さっそくキミたちを保管室まで案内するよ」

「お願いします!」


 純連の元気な返事に白衣を翻して、ついておいで、と三人に促した。

 

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