第25話 転移者と魔法少女の昼休み


 腰掛けられる高さの段差に座り、ビニール袋から買ったものを取り出した。


「何を買ったんですか?」

「ツナマヨのおにぎりと、ウィンナーのパン。あとはメロンパンも」

「おおっ、男の子ですねえ。純連では食べきれない量です……」

「すみちゃんは?」

「これです! いいでしょう!」


 下に視線を落とすと、膝の上に、果肉入りゼリーが三つ置かれていた。その他には何もない。


「それデザートじゃないのか? 三つも食べるのか……?」

「果物は健康にいいのですよ!」


 まったく迷いは感じられない。

 確かに果物は健康によさそうだが、ゼリーだ。そして偏りすぎではないだろうか。


「さらに、これを合わせれば、完璧も完璧。もはや純連に敵はいません!」


 そして、次に懐から取り出したのは、いつものバナナジュースだ。

 パッケージにはっきりと『果汁なし』と書かれている。当人は、そのことに気づいた様子はない。

 まあ、本人がいいならいいか、と、視線を右下に逸らした。


「どうしたんですか? もしかして、調子が悪いのですか?」

「あー……いや、すみちゃんがそれでいいなら……」

「これを飲めば元気が出ますよ。よければ、今日も一本差し上げましょう!」

「いや。実は、俺も持ってきてるんだ」

「ほえ?」


 大和もしれっと、ポケットから同じものを取り出した。

 純連の持っているものと同じ会社が作っている製品。パッケージの絵柄もほとんど同じ、可愛らしくデフォルメされたイラストの、いちごミルク味のジュースだ。


「もしかして、わざわざ取り寄せたのですか?」

「まあ、そんな感じ」


 おすすめした当人も、まさか買っているとは思わなかったのか、ぽかんと口を開けていた。






 数日前。


 純連から購入を勧められた大和は、さっそく注文していた。


『こうしちゃいられない。三年も待った、すみちゃんグッズだ……!』


 ――購入動機はとても不純だった。


 人気がなかった純連は、公式から全くグッズ販売がされなかった。

 お金を注ぎたいのに、注げない。

 そんな大和にとって、これは初めての公式キャラグッズ。正確にはキャラグッズでも何でもないが、飢えていた大和は飛びついた。

 アニメの影響で、チョココロネやメロンパンが売れたことや、軽音楽部への入部希望者が増えるのと同じ。いつだってオタクは、大好きな相手に近づいて、共感したいのものだ。

 そして大和も、例外ではなかった。


 紙パックのジュースを何十本も箱買いしたのは、生まれて初めてだ。

 しかし、届いた瞬間は、満足感でいっぱいだった。


「そのパッケージ、再販したのですね!?」


 すると商品を勧めた当人の方は、目を輝かせた。


「え、再販?」

「はい! この前に買った時はありませんでした……! 飲んでみたいです!」


 手元のそれを見つめて、興奮しているようだった。

 試しに、それを差し出してみると、はっと目を丸くした。


「頂けるのですか!?」

「ああ。箱で買ったから家にいっぱいあるし……すみちゃんが欲しいなら」


 飲み物はこれしか持ってきていないが、迷いなんて微塵も生じない。大好きな相手だ。全財産を貢いだって惜しくなかった。


「ありが……いえ、申し訳ないです。では、かわりにこちらを差し上げましょう」


 しかし純連はそう言って、今まで自分の持っていたほうの、未開封の紙パックを差し出してくる。

 どうやら、かわりにくれるらしい。


「え、マジで?」

「はい、是非どうぞ。トレードは成立ですね!」


 受け取って、まじまじと見下ろした。

 まさかまた、すみちゃんの持ち物が貰えるなんて、思ってもみなかった。


(もらってしまった……)


 やっぱり、とてももったいない。

 しかし純連のほうは、すでにストローを差して、幸せそうに喉を潤している。

 永久保存しておきたかったが、さすがにそうもいかない。断腸の思いで、ストローを突き刺して――隣で少しづつ吸い込んだ。

 口を離して、息をつく。


「……うまい」


 美味しくて当然だ。

 普通に飲むよりも、一億倍は美味しい。

 すると純連は、何気なく呟いた。


「こんなにゆったり過ごすのは、久しぶりです」


 その視線は、フェンスの向こう側を向いていた。


「最近は、魔獣狩りで忙しかったもんな」

「はい」


 快晴ではない。街の上空には、今も消えない暗雲が止まり続けている。

 あの空の下には、この数日間戦い続けてきた、魔物に奪われた街がある。

 しかし、純連の肩に力は入っていない。


「最近は、気を緩められるようになってきたので、ゆっくり眠れるのも、そのおかげかもしれません」

「……?」


 大和が首を傾げるのを見て、苦笑した。

 すると、考えていたこととは全く違う質問が返ってきた。


「この街に来る前、あなたはどんな場所で生きていたんですか?」


 急な問いだった。

 大和は、どう答えるべきか悩んだ。

 純連の質問の意図が分からない。少し考えてから、自分なりの答えを返すことにした。


「東京から来たことは、もう話したっけ」

「はい」

「イメージ通りだと思うけど、ビルとかがいっぱい立ってるところかな。空気も悪くて、人混みばかりだし、朝は満員電車で寿司詰めになる、すごいところだよ」

「テレビで聞いたことがあるやつです!」


 大和からすれば、何も珍しくないことだが、純連は感動したようだった。

 この世界の"東京"が、現実のものと同じかどうかは分からない。だが、現実世界とは、それほど変わりはないはずだ。


「都合で、急にこの土地に来ることになったんですよね」

「ああ。本当に、急だったよ」

「やっぱり、そういう風になっているときは、すごく大変ですよね」


 今は家もあって、ようやく生活も安定してきましたが……そう言って、純連は一呼吸を置いた。


「純連も、街が壊れてしまう前は普通の学生だったので、ずっと気が張り詰めっぱなしだったんです」


 紙パックを膝の上に置いて、俯きながら語る。


「魔法の才能があるかもしれないと言われて、やってみたら変身することができました。だから、戦い始めたんです」 


 手のひらを空に向けると、僅かに水色に光り輝いた。

 それは魔法の光だった。

 変身していないためか、その輝きは蝋燭のように弱く、儚い。


「魔法少女になって戦っているのは、街を取り戻すためだったよな」

「その通りです。ですが……この間までは、全然うまくいきませんでした。純連はとても非力だったんです」


 純連は力強く手を握りしめて、光を消した。

 大和に向けた笑顔には、少し自嘲の色が混ざっていた。純連は、自分が弱いことを、琴海と再会する前から気付いていた。

 そのことを伝えられた大和は、つい黙り込んでしまう。


「ですが、あなたのおかげで、少しづつ強くなれている実感があるんです」


 しかし、大和の内心に反して、純連は表情を緩めて嬉しそうに笑っていた。

 

「だから気を緩めて、安心して毎日を過ごすことができるようになったんですよ」

「それは……すみちゃんの努力だろ」

「いえ。それは違います」


 純連は強く断言してきた。


「夢に向かっていけるのは、あなたが来てくれたおかげなんです」


 その表情を見た大和の心臓が、奇妙な音を鳴らした。

 正負の感情が入り混じった、一度きりの、激しい脈動だ。


「今は夢をまっすぐに追えている気がします。ことちゃんと再会もできて、強くなれて、友達だってできました」


 ――それは、大和がいなければ為し得なかったことだ。


 もしも、シリウスの正体をその場で見破っていなければ。

 進化素材を教えていなければ。

 あるいは、友達として過ごすようになっていなければ。

 どれか一つでもかけていたら、現在にはたどり着けなかったはずだ。


(でも、引き換えにしたものだってある)


 その感謝は、素直に受け取れない。

 もともと純連が喜んでくれるなら、何を捧げたっていいと思っていた。一人きりで燻るはずだった『八咫純連の物語』をこの手で変えられたのなら、こんなに嬉しいことはない。

 だがそのせいで、この世界の運命は暗闇の中に進みつつある。

 

「ああ、そうだな」


 そのことに後ろ暗い気持ちを抱えながら、無理やり笑顔を作って、共感した。

 一方で純連は満足げに、透明なスプーンを使って、ゼリーをぱくりと軽快に口に含んだ。


「……あなたとゆっくり話すのは、これが初めてですね」


 もぐもぐと口を動かしながら、何気なく言った言葉に、大和は首を傾げた。


「そうだったかな」

「そうですよ!」


 何度か口を動かして、飲みくだしたあと、びしっと、スプーンを直接向けてきた。


「話す時はいつも、魔法少女でいるときか、通学のときくらいだったじゃないですか」

「あー……」


 そういえばそうだ。

 一緒にお昼を食べるのはこれが初めてだし、ゆっくりと時間をとって話したこともなかった。純連とは出会ってからまだ数日。その間に、いろいろなことが起きすぎて、それどころではなかったのだ。

 

「友達になったことですから、これからはあなたと、いっぱい、仲良くなりたいのです」


 純連は、スプーンを入れたままの容器を膝の上に置いて、大和を見つめてくる。


「純連は、あなたのことで、気がかりなことがあるんです」

「え、気がかりって……?」


 やはり普段のような、気の抜けた雰囲気ではない。

 真剣な表情で伝えてくる。


「悩んでいることがあるんですよね」

「えっ……」

「ずっと、そんな顔をしています。今も、戦っている時も。それが何なのか、純連はとても気になっています」

「そんな顔してるのか?」

「はい、してます」


 可愛らしいはずの彼女の丸い瞳が、じっと大和の顔を射抜く。

 急に居心地が悪くなったような気がした。

 確かに悩んでいることはある。

 さっきみたいに、このまま自分が物語に関わってしまっていいのかと思い悩んでいる。もともとメインストーリーにまで絡むつもりはなかったが、このまま自分の我を通せば、それは避けられなくなる。それをどうしようか考え続けていた。


 そんな思考を見通して、純連は言った。


「深くは聞きません。ですが純連でよければ、いつでも相談に乗りますよ」


 にっと、誇らしげな笑顔を向けてきた。

 何も聞かれなかったことを、まず安心して、それから自嘲した。


(失敗したな……)


 これは、すみちゃんには関係のない問題だ。余計な心配をかけてしまったことを反省した。

 

「……いつか、ちゃんと話すよ」

「純連はいつでもお待ちしてますよ! 友達ですから!」


 頼りにしてほしいと、どんと胸を叩いた。

 そんな風に自身たっぷりな純連に苦笑しながら、上空に浮かぶ暗雲をぼんやり見つめた。


(このまま平穏に、幸せなままに物語が終わってくれたらいいのになあ)


 そんな結末を願わずにはいられなかった。

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