第24話 転移者と不法侵入
『知らない相手に、クランの活動が怪しまれていると……?』
空き教室の机に置かれた純連のスマートフォン。
そこから聞こえる琴海の声は、とても怪訝なものだった。
「俺たちが何をしているのかって、直接、聞いてきたやつがいたんだ」
『そう。もう嗅ぎつけた魔法少女がいるの……』
大和の返答に、琴海は黙り込んだ。
クランの存在は秘密ではない。しかし、これほど早くに接触があることは、さすがの彼女も予想外だったらしい。
しばらく、会話が途切れた。
一分ほど待った後に、ようやく返事がかえってくる。
『分かりました。この後の動きを決めるときに、また詳しく聞かせてもらいます。いったんは放置して、何かあればすぐに連絡してください』
「りょーかいです!」
綺麗に敬礼した純連を残し、では、と言い残して通話が途切れた。
画面の消えたスマートフォンが残される。
なんだか、妙に疲れた。
大和が大きく息を吐くと、そのかたわらで純連も同じように息をついて、難しくうなった。
「見られていたとは、ぜんぜん気付きませんでした……大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ、きっと。何とかしてくれるさ。俺たちが話さなければいいんだ」
大和もそう言いつつ、不安な気持ちを抱えていた。
急に問いかけられたときの緊張の余韻、ひりつく感覚が、まだ体に残っていた。
今は七夕琴海の指示に従って動いているが、その活動は、一般には伏せるように言われている。
大和が知る、"魔法少女の強化"の秘密は、世の中に大きな影響をもたらす。それゆえに、公表の時期やタイミングが選ばれていた。
そんな重大な話になっていることも、緊張の要因だ。
しかしそれを探ろうとしてくる人物の存在が、より大きなプレッシャーになっていた。
(何とかなるのかな……)
これは、ゲームのストーリー上には存在しなかった展開だ。
もはや"知識"が当てにならなくなったこの世界で、一体何が起こるのか、全く予想がつかなくなってしまった。
しかも、大和は今回の"相手"について、誰よりもよく知っている。このままだと、厄介なことになるのは目に見えていた。
純連はスマートフォンをポケットに入れた。
「こうして考えていても、仕方ありません」
大和よりも早く立ち直ったらしい。
元気な声を取り戻した純連は、ちょっと無理やりに気合を込めて、頷いた。
「とりあえず、ご飯を食べ逃してしまうまえに、食堂にいきましょう! お腹が減っては、頭も回らなくなってしまいます!」
「あ……そういえば飯、まだだったな」
今が食堂に向かう最中だったことを思い出した。
緊張が薄れたとたんに、お腹が鳴るのを感じた。たったの一時間しかない昼休みは、もう十分以上過ぎてしまっている。
「うわ、まずい。まだご飯買ってないのに……このまま食堂に向かうか?」
「少し遅くなったので、相当に混んでしまっているのではないでしょうか。今日はどこかでおべんとを買いませんか?」
「ああ、確かに。それがいいな」
普段は食堂で食べている大和だが、それがいいだろうと頷いた。
桜花学園は、もともと存在していた学校設備を使って運営されている。
食事のクオリティはかなり高く、人気は絶大だ。しかし、もともとは今ほど学生がいなかったせいか、食堂の設備はかなり小さめだ。
拡張はしているようだが、追いついておらず、少しでも遅れると混雑で入れなくなってしまう。
かわりに大和と純連が訪れたのは、学内のコンビニエンスストアだ。
ここでは市販のパンや弁当などの販売が行われている。人気はそれほど高くないが、それでも昼時だからか、レジは大勢の学生で溢れていた。
「便利な世の中になりましたねえ。近未来です……」
売店を出た純連は、まじまじと自分のスマートフォンを見つめて言った。
スマートフォン支払いでの会計に慣れていないらしく、一瞬のタッチだけで店を出るとき、狐につままれたような表情を浮かべていた。
国家のスマートフォンには、自動で口座から引き落としてくれる仕組みが組み込まれているのだ。
「まあ、ITの時代だっていうし……えっ。どこに行くんだ?」
少し気を抜いていると、純連が隣からいなくなっていた。見るとビニールテープをくぐって、その先の階段を登ろうとしている。
「そっちは入れないぞ!」
「ああ。大丈夫ですよ、一緒に来てください!」
「ええ……?」
どこに行くつもりだろう。
慌てて呼び止めるが、当の本人は平然とした表情で、親指を立てた。
明らかに、立ち入っていい雰囲気ではないのに、むしろ、ついてくるように促してくる。
周囲を確かめたが、通りがかる人は見つからない。
一瞬迷ったが、一人で行かせるわけにもいかない。ビニールテープの下をくぐって、一緒に上り階段に立ち入った。
「あ、あの。これって不法進入とかにならないの?」
純連が、上の鉄製の扉を開けてしまうのを見て、ひどく不安になった。
しかし、ふふんと自信ありげな態度がかえってくる。
「大丈夫です! ここは、立ち入り禁止区域ではないので!」
「いやいや」
「国が定めた区域ではないので、捕まりません。安心してください!」
これだけあからさまにテープが貼ってあるのに、そんなわけない。
さすがに呆れてしまったが、しかしよく考えると、確かにその通りかもしれないと思い直した。
なぜなら、公式に"立ち入り禁止"とされているエリアの管理は、こんなものではない。警備の人間が常駐し、監視カメラも複数動作している。不法侵入なんてしようものなら、立ち入った途端にスマートフォンが鳴りだし、それを無視すれば、全校に響く警報が鳴り響く仕組みだ。
それに比べて、この場所の警備は皆無だ。
国立桜花学園は、もともとここにあった学校の建物を流用して、運営されている。
きっと"前の施設”だった時に、立ち入り禁止に設定された場所なのだろう。
(見つかったら、どっちにしろ怒られそうだよなあ……)
しかし、あんなテープが貼られている場所だ。ばれたら確実に面倒なことになることは間違いない。
発見されないように祈りながら、純連に続いて、開いた扉の外に出た。
その直後、眩い光が差し込んできて、とっさに腕で視界をかばった。
「っ……」
その正体は、昼下がりの太陽光だ。
腕で影を作りながら前を見ると、前に立った純連が見えた。
どこか誇らしげな態度で、腕を広げる。
「どうですか、いい場所でしょう!」
大和は、自慢げになる純連の気持ちを、多分、正しく理解した。
一見すると、そこは極めて平凡な"ビルの屋上"でしかない。コンクリートと水溜り、そして茶色に錆びた排水溝があるだけの空間だ。
しかし景色が、現実で見たどんな場所とも違っていた。
「ここ、すごいな……」
壁のフェンスの向こう側には、見渡す限り青々しい山が広がっていたのだ。
大和の住んでいた東京では、決して見られない大自然だ。
胸いっぱいに息を吸い込んで吐き出すと、鉄とコンクリートよりも、緑の香りのほうが強く感じられる。
空気も美味しく、展望台のように綺麗な視界が待っていた。
目が慣れてきた大和も、今までの小心が嘘のように、感動をあらわにした。
「いいな、落ち着く感じがする」
「はい。ここは眺めもいいですし、天気がいい日は最高なんです!」
本当に、お気に入りの場所だったのだろう。
大和が気に入った様子を見せたことで、純連は、ますます機嫌がよくなった。
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