第23話 転移者と新たな魔法少女
「一緒に、お昼ごはんにいきましょう!」
チャイムがなるや否や、大和の席に意気込んで突っ走ってきたのは、やけにテンションの高い純連だ。
「あ、うん……」
「もしかして、もうお昼を食べてしまいましたか!?」
「いや、弁当とか持ってきてないから、食堂に行くつもりだったよ」
そう告げると、きらきらと満面の笑みを作った。
「では行きましょう! ご飯が待っています!」
「ああ」
周囲から少し浮くほどに高いテンションだが、大和には、その相手が自分であることに優越感を覚える。
謎の自信に満ちた性格が、他の誰にも渡したくないと思ってしまうほど、大好きなのだ。
二人で廊下に出ると、大勢の生徒たちが、雑談しながら思い思いの時間を過ごしているようだった。その中でも男女で言葉を交わしているのは、純連と自分だけだ。
「今日の日替わり定食は何でしょう。楽しみですっ」
純連はやけに上機嫌で、左右にポニーテールを揺らして歩いている。その可愛らしい様子を見て、幸せを感じていた大和だが、不意に思い出したことを尋ねてみた。
「そういえば七夕さんは誘わなくていいのか?」
「ことちゃんは忙しいそうです。今も魔法少女同士の会議に出ているそうですよ」
「大変だなぁ……」
会議と聞いて、会社で随分と大変な思いをしたことを思い出した大和は、息を吐いた。
「魔法少女って、やっぱり忙しいのか?」
「そうですねえ。特にことちゃんは有名な魔法少女なので、みんなから頼られるんだと思います」
純連は腕を組んで、自分の中で納得したように、うんうんと頷いた。
「有名……なのか?」
「はい。この街で、魔法少女シリウスの名前を知らない人はいないと思います」
「そんなにか!」
驚いたが、確かに噂話程度では聞いたことがあった。
学校に通っている以上、他人の話は聞こえてくる。
どの魔法少女がどんな活躍をしたのか、誰が好きなのかなど、この環境下での話題はそればかりだ。
「ことちゃんが普通に授業を受けていないのも、忙しいからという理由もあるらしいですが、受けられないかららしいですよ。人気すぎて」
「はぁ……凄いな」
「そうです。ことちゃんはすごいんです!」
自分のことのように語る純連は、心から親友を尊敬しているみたいだった。
作中最強クラスの魔法少女は、現実でも絶大な人気らしい。
「そういえば、会議って何を話しているんだ?」
「今後の方針を決める、と言っていましたが……詳しくは、あまり聞いていないです。ことちゃんにお任せですね」
「まあ、そうだよな」
大和も納得する。
大和もゲームの知識こそあるが、戦略や方針などを決めれるほど、この世界に詳しいわけではないのだ。詳しい話をされても分からないので、任せてしまうのが一番いいだろう。
「次に街に出るまでに、ちゃんと体を休めておかないとな」
「はい! しっかりエネルギーを貯めていきますよ!」
今は、できることをやるだけだ。
純連もにっと微笑んで、ガッツポーツを決めた。
そうして食堂に向かう合間に、思い出す。
(でも、次の進化の素材を集めるのは、かなり大変なんだろうな……)
大和は、ゲームの知識から、次に起きうる展開を大まかに予想した。
純連の次の進化には、"エリアボス"の素材が必要になる。
雑魚魔物よりもステータスが高い、強力な敵を倒さなければならない。次の戦いは、より厳しいものになるはずだ。
(それまでに力をつけなきゃいけないんだけどな……)
ボスと戦うという展開もそうだが、今後の破滅を避けるためにも、レベルアップは必須だった。
しかし、そのことに関して、大和は焦りを感じている。
レベルアップしたという感覚がいまだになのだ。スライムを倒すことには慣れてきて、危うい場面は減ったものの、筋力が上がったりはしていない。
モブキャラクターを抜け出すために、一刻も早く力をつける必要がある。
スライムの経験値が微々たるものなのか、とにかくレベルアップの条件を満たさなければいけない。
死なないためにも、ここで、努力を欠かすわけにはいかないのだ。
「っ……と」
そんな風に考え込んでいたせいか、目の前まで人が来ていることに気づかずに、正面から来る誰かにぶつかりかけた。
直前で、咄嗟にかわす。
すると、向こうも同じように身を引いて、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あっ、ごめんなさい。大丈夫ですかっ?」
前に立った相手は、大和より少し身長の低い茶髪の少女だ。
小動物のような可愛らしさに加えて、まるでアイドルのような整った顔立ちの女の子。この”アルプロ”の世界においても、一段と目立つ特徴を持つ美少女である。
「あっ……」
思わず息がこぼれる。
大和の中にあるゲームの知識と彼女の姿が、一致したのだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。ごめん、前見てなかった。気をつけるよ」
相手が誰なのか、気付いてしまったことを悟られないように、慌ててごまかした。
動揺を隠しながら、慌ててその場を去ろうとした。
しかし、そうはいかなかった。
「あっ。あの、待ってください!」
「え?」
少女の方が呼び止めてきた。
純連と一緒に、振り返る。見覚えのある絵柄のハンカチをつまんで待っていた。
「あの、今、このハンカチ。落としませんでしたか?」
「え? ……あ、本当だ。ありがとう」
制服のポケットを探って、落としていたことに気がついた。
(いつの間に落としたんだ……?)
しっかりしまってあったのに、どうして落としたのだろうと不思議に思った。
側に寄って、受け取る瞬間。
「あなた、七夕さんのクランに所属している人だよね」
「っ……」
小声で囁いてきた。
油断していた大和の背筋の毛が逆立つ。
少女は可愛らしく微笑んでいた。しかし、さっきまでとはまるで別人のように目を細めている。
「あなたたち三人の活動、わたし知ってるよ」
「…………」
「すごく変なことしてたよね。あなたたちのクラン活動に、すごく興味があるんだ」
大和は、重く唾を飲み込んだ。
彼女の囁くような小声は、側にいる純連にさえ届いていない。
(嘘だろ、見られてたのか……?)
言葉が出てこなかった。
額が汗ばんだ。その間も、魔法少女であるはずの彼女は、ささやいてくる。
「どうしたのかな、顔色が悪いみたいだよ」
妖艶にささやいてくる。言葉が、耳から頭の中に滑り込んでくる。
大和は、琴海と交わした約束を思い出した。
『然るべき時が来るまで、あなたの”魔法”については秘密とします。決して、誰にも話さないでください』
それに純連も大和も同意した。
だから、絶対に話すわけにはいかない。
話せば厄介なことになることくらい、容易に想像できる。
「狩りの、練習に連れて行ってもらってるだけで……やましいことは、ないよ」
苦しい言い訳。あまりに下手なごまかし方だった。
「ふーん。教えてくれないんだ。魔法が使えない一般人のくせに」
彼女は、少し不満げに声色を低くした。
距離をとってさばさばと言う。
「まあ、いいか。どうせすぐに分かることになるし」
そしてもう一度、大和達の方に顔を向ける。
キラキラとした、可愛らしい小動物のような"作り笑顔"に戻っていた。
「じゃあ、今日はもう行こうかな。またどこかで会おうね」
彼女はそれだけを言い残して踵をかえし、人混みの中に一人で消えていった。
大和は呆然とその場に残された。
純連が、不安げに肩を揺さぶってくる。
「あの人は、お知り合いですか?」
「…………」
去っていった廊下の先に、茶髪の少女の姿はない。
純連の問いにも答えられる余裕がない。
(もしかして……また、シナリオに外れる展開に巻き込まれたのか、俺は)
これは相当に厄介なことになってしまったかもしれない。
予想外の彼女の来訪によって、浮かんだ気持ちは一転して、憂鬱な気持ちに落とされた。
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