第22話 ソシャゲの俺の嫁は、転移者の俺と友達になる


「おはようございまーすっ!」

「うおっ!?」


 通学路で、急に電柱の影から飛び出してきた純連に驚いて、尻餅をつきそうになった。


「どうかしましたか?」

「呼びに行こうと思ったら、急に出てきたからびっくりしたよ……」

「それは失礼しました」


 かろうじて立て直した大和を見て、純連は申し訳なさそうに苦笑いした。


「しかし今日はちょっと早めに来たのに、よくタイミングが合ったな」

「姿をお見かけしたので、ちょいと跳びおりてきました」

「え、とびおり……?」


 全く悪びれもれず、むふーと胸を張る魔法少女と、マンションの上階を見比べる。

 開きっぱなしの窓から、紺色のカーテンが大きくはためいている。まさか、あそこから飛び降りたということだろうか。


「え、危ないだろ……? よく死ななかったな……」

「魔法少女は頑丈なんです!」

「いや、それはそうかもしれないけど。窓とか閉めなくていいのか?」

「ああっ!? そうでした、すみません。ちょっと変身してひとっとび閉めてきます!」

「い、いやいや! そんなことせず普通に行ってくれ、待ってるから!」

「そうですか? りょーかいです!」


 急いでマンションの階段を駆け出していった純連を見送りつつ、ほっと安心する。

 ひとまず難を逃れたことで、息をついた。

 

(変身シーンが、あんなことになるんだもんなあ……)


 どういうわけか、この世界で大和だけが変身中の演出を"視る"ことができてしまうらしい。

 シリウスも純連本人も気付いていなかったが、魔法少女の衣装換装の瞬間に、脱げるのだ。アニメであればうまく加工されて、絶対に見えなくなる部分が、全部見えてしまうのである。

 おかげで、変身という言葉を聞くたびに、ハラハラするようになってしまった。


(……正直、見たいけど)


 密かに想う。

 相手はクリティカルに好みの、大好きな美少女だ。生まれたままの姿を見せてくれるなら、超見たいと思ってしまう。

 仮にこれが薄い本の世界であれば、迷わなかっただろう。


 しかし、一緒にいるのは"本物"なのだ。

 きっと自分が"色々と見てしまった"ことを知ったら、ひどく傷つけてしまう。

 一回目は事故だから仕方ない。

 しかし二度目は、例えばれなかったとしても、許せない。


「お待たせしましたー! 今戻りますー!」

 

 ビクッ、と背中が震えた。

 見上げると、階段のほうで手を降っている純連がいた。

 それが見えなくなると、大和は目尻を抑えた。


(バカ。俺は、何を考えているんだ!)

 

 そんな悪いことは、一瞬たりとも考えてはいけない。

 八咫純連は、現実でもこの世界においても、大恩人なのだ。

 憧れで、心の支えであり、人生を注ぎ込むほどに愛着と感謝を持っている。たとえ1000%好みの、今後一生出会えないような美少女であっても、これだけは譲れない。

 降りてきた純連は、頭を抱える大和に直面して、目を丸くした。


「どうしましたか?」

「……大丈夫。もう、絶対見ないから」

「?」


 呟いた言葉は、何も知らない純連に意味が通じるはずもなく、首を傾げた。

 

「よく分かりませんが、とりあえず……学校に行きませんか?」

「ああ」

 

 少し気持ちが落ち着いてきた大和は、純連と並んで学校に向かった。

 歩き始めて数秒もしないうちに、不意に気付く。


(あ。これ、もしかして、憧れのシチュエーションなのでは……?)


 天啓のように、気付いてしまった。

 今度はさっきの思いつきとは全く別の、甘酸っぱいベクトルの気付きだ。

 大好きな相手を隣に、二人きりで歩いている。

 恋愛もののドラマやアニメで出てくるような、憧れのシチュエーションだ。いったん冷静になって鳴り止んだ心臓が、激しく脈打ち始めた。


「人生の運、全部使ったかも……」


 そう思わずにはいられない。

 心がふわふわと浮かんで、幸せな気持ちになる一方で、手汗がすごい。

 その一方で純連は気楽そうだ。特に今日は機嫌がよさそうで、鼻歌まで歌っている。 


「調子よさそうだけど、何かいいことでもあったのか?」

「最近は、いいことばかり起きてますから、嬉しいんです」

 

 何か会話をしたくて尋ねると、えへへ、と笑ってくれた。


「何かあったっけ」

「はい。あなたと、とても仲良くなれた気がしています!」

「え、俺……?」


 ドヤ顔で指差してくる。

 その先には、きょとんとした大和の顔面があった。


「男友達を持つのは初めてですが、とてもよいものです。これで、もう純連は一人ぼっちではありません!」

「そ、そうだな……」


 純連はむふー、と鼻息を荒くした。

 友達と呼ばれて嬉しいやら、一人ぼっちだったと言われて微妙な気持ちになるやらで、大和の内心は複雑だ。


(俺が、すみちゃんの、友達か)


 恐れ多いのでないか。

 そんな想いが心をよぎる。

 しかしそれ以上に、胸がじわりと暖かくなるのを感じた。嬉しい気持ちのほうが圧倒的に上回っている。大切に思っていた相手が、自分を”友達”だと思ってくれていることが、嬉しくてたまらなかい。


「ほほう……純連は気付いてしまいました」

「ん?」

「その顔。さてはあなたも、実はぼっちだった人ですね!」


 頬が緩みそうになっていると、純連がニヤニヤと笑った。

 顔に嬉しさが滲み出てしまっていたらしい。恥ずかしくなって、うつむいてしまう。


「それは……えっと、その」

「いいんですいいんです。隠さなくても分かります」


 純連はすっかり思い込んでしまったらしく、気安く背中をぽんぽんと叩いてきた。

 悪い気はしなかった。それに、あながち間違いではない。

 

(そうか。俺も、ぼっちだったんだよな……)


 大和は、純連のことを哀れむ立場にはない。

 仕事で上司や、縁の薄い同僚と付き合うほかに、人間関係はなかった。

 一日中パソコンと向き合って、帰宅してからは"アルプロ"かSNSを巡回するばかりの、死んだような生活を続けてきた。

 だから今の大和は、純連と同じ気持ちだ。


「もう、ぼっちではないので、学校でも二人で堂々とできますね!」


 純連はころっと心底嬉しそうに笑った。

 友達だと、言ってくれるのは、自分には贅沢すぎる相手だ。

 つんと目頭が熱くなる。

 

 しかし――大和が黙り込んでしまったのを見て、純連はわずかに慌てた様子に変わった。


「あ、あの、もしかして迷惑だったでしょうか……?」

「えっ……」


 不安がっている。

 素直に頷けばいいのに、大和は不安になりすぎて、つい余計なことを聞いてしまう。


「でも、俺なんかでいいのか?」

「友達になるのが、ですか……?」

「ああ。だって、俺なんて……」


 途中まで言いかけたが、やめた。

 

(違うだろう。俺は何を言おうとしたんだ)


 今は、自分もこの世界に生きているのだ。

 そして彼女も、ゲームのキャラクターではない。一方的に助けられることばかりでも、画面越しではなく一緒に過ごしているのだ。

 相手が友達になることを望んでいるのだから。それを受け入れたっていいはずだ。


「そう言ってくれるなら、俺も、すみちゃんと友達になりたい」


 口をついて、彼女の"物語"に加わることを申し出てしまった。

 現実でそばにいて、一緒に過ごしたい。

 そんな夢を、ゲームをプレイしていた頃に何度妄想したことだろう。


 それが、現実になった。

 この機会を逃せば、もう二度と訪れないかもしれない。

 このチャンスが分相応だと分かっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。


「とても嬉しいです……えへへ」


 純連は、もちろん、拒まない。

 安心したのか、崩れるような笑みを浮かべた純連は、大和を”純連の物語”に迎え入れた。


「本当に、純連と友達になっていただけるのですか?」

「こっちからお願いしたいくらいだよ」

「おおっ、それは本当ですか!」


 舞い上がりたいのは大和のほうだ。

 本来なら、どんなに願って金を積んで、努力しても手に入らないような立場を、向こうから望んでくるのだから、何が起こるか分からない。


「これで、二人目の友達ゲットですよ!」


 そんな風に言いながら、わはーっ、と。

 大和より道の先に走っていき、元気にぴょんぴょんと飛び回った。

 今まで、生きているうちに背負ってきたすべての苦労が報われた気がして、目頭に涙が滲んだ。

 

(すみちゃんと、友達になれるなんて……生きててよかった)


 夢で願い続けた世界が、目の前に広がっている。

 このまま死んでもいいとさえ思った。

 

(どうかこの瞬間が、ずっと続きますように)


 前を見ると、思い出したように振り返って、大和に笑顔で手を振っていた。


「遅いです、はやくきてくださいーっ!」

「いま、いくよ!」


 大和にとっては、たった一人の友達のもとに、小走りで駆け寄っていった。

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