第21話 転移者と秘密の漏洩

 狩りを終えた大和の前に、壮観な光景が広がっていた。

 神社の、かつてバスロータリー終点。

 今は無人の広場のようになった場所に集まった二人は、剣の魔法少女の戦果に目を丸くした。


「……本当に、こんなに集めたんだな」

「ええ。思ったよりも時間がかかってしまいましたが、揃っているはずです」


 シリウスは何でもないことのように言った。

 袋の中身は『ゴブリンの首飾り』と、『スライムの核』だ。それぞれ五百個をゆうに超えており、間違いなく大和の指定した数は足りていた。


「純連の強化には、これで足りますか」

「ああ。これだけあれば大丈夫……なはずだ。きっと」

「…………」


 煮え切らない、自信のない言い方に、シリウスがまたも胡散臭そうに目を細める。

 しかし、最初に成功させたときもそうだったので、特に口を挟んでくることはなかった。

 

「こちらは、用意は大丈夫ですよ!」


 その素材に描きまれ、ロータリーの中心に立った純連が、手を振って教えてくれる。

 戦い終えたばかりなので、今はしっかりと巫女装束に近い魔法少女の衣装を着ている。神社を背景にしているゆえか、神聖な儀式のようにも見えた。


「こちらも問題ありません。純連、お願いします」

「ではいっちゃいますよ! ……むむむっ。そりゃっ!」


 彼女なりに、気合を込めたのだろう。目を瞑って意気込んでから、二つの袋に手を突っ込んだ。

 変化が起きるのか、それとも失敗してしまうのか。

 固唾を飲んで見守った。

 すると、再び異変が生じた。


「おお……!?」

「…………」


 大和は思わず前に踏み出て、シリウスは腕を組んで視線を細める。

 中心に立つ純連の周囲に集まっていた素材が、真っ白な光に変化した。そして風車のように、純連の周囲をぐるぐると巡り始める。

 それら全ての光が、体の中に吸い込まれていった。


「のわっ!」


 一気に、光がぶつかった純連は、その場でひっくりかえった。

 真っ先に大和が、慌てて駆け寄った。

 

「だ、大丈夫か!?」


 道路の段差を飛んで、近くまで来ると、尻餅をついた純連が目を瞬かせていた。

 両手のひらを見つめて、首を傾げている。


「はい。ちょっと、びっくりしてしまいました。変な感じはありません」

「そ、そうか。よかった」


 ほっとした。

 大和はこの現象を誰よりも深く理解しているが、いくらゲームの頃と似た演出で、危険がないことが分かっていても、転ぶ様子を見ては心穏やかではいられない。

 周囲を見ると、鞄いっぱいに詰め込まれた魔物の素材の大半が消えていた。袋は、最初から中身がなかったみたいにしぼんでいる。

 進化は、無事に成功したのだろう。

 

「何か、今までと違う変化は起きたのかしら」

「ちょっと待ってください。むむぅ……んんっ?」


 近づいてきたシリウスの質問に対して、うなって、考え込んだ。


「おおっ! 何だか、いつもと違う魔法が使える気がします!」


 ぴんと頭の上に電球を浮かべた。

 見た目は変わらなかったが、本人にしかわからない、体感があったのだろう。


「試してみてもらえるかしら」

「お任せください……では、いきます。『シールド・バフ』ですっ!」


 強気な笑みを浮かべつつ、腕を、空中で横に薙いだ。すると、水色の魔力が純連にまとわった。

 普段、魔法使うときに見るものと同じものだ。

 しかし、いつもと違って、光は体から離れる気配がない。どや顔で、水色に輝くオーラをまとった状態に変化した。


 だが、それに一体何の意味があるのか、見ただけでは分からない。

 シリウスは疑問符を浮かべた。


「それは、一体何かしら」

「これが新しい魔法ですよ、ことちゃん!」

「体を光らせるのが魔法……?」

「ちーがいます! 試しに、その剣を、純連の頭に振ってみてくださいっ!」


 ちょっと頬を膨らませながら指さしたのは、シリウスの懐の剣だ。

 大和は、ぎょっとした。

 少し躊躇いつつ、シリウスは剣を抜く。


「……純連がそう言うなら」

「え、ちょ。待って、さすがにそれは」

「心配しなくても、斬るつもりはありません」


 そう言うのと、刀身が一瞬淡く輝くのは同時だった。

 光が弾けると、刃のついていた危険な武器は木刀に変わった。これが、シリウスの武器のもともとの姿なのだろう。


「えい」


 それで、こつんと頭を小突く。本当に触れた程度の些細な動きだ。

 そのことに、純連は不満げに頬を膨らませた。


「それじゃあ分からないじゃないですか。ゴブリンを吹っ飛ばすくらいに、強くしちゃっても大丈夫ですよ」

「なら、もう少し強めにいきます」


 次は、小さく振り上げて、力を入れずに振り下ろした。

 風切音が聞こえた次の瞬間だ。

 ガツンと、硬いコンクリートを打ち付けたような音が聞こえた。

 頭頂部を殴りつけただけでは、絶対にありえないその感触に、シリウスも目を丸くした。


「ど、どうですか。これが新しい魔法です……!」

「……ごめんなさい」


 ――純連は、涙目の笑顔でサムズアップした。


 どうやら、本気でやりすぎて、ちょっとだけダメージが通ってしまったらしい。よく見るとタンコブができている。

 シリウスは申し訳なさそうに謝り、大和も思わず額を抑えた。


(そうだった。ゲームでの効果って、あくまで防御力上昇で、ダメージ無効じゃないんだよな……)


 今のがまともに入っていれば失神ものなので、ダメージは確実に減っている。そう言う意味では、魔法が機能していることは確認できた。

 しかし、この魔法の初期能力は、あくまで『防御力小アップ』だ。ダメージ完全カットではないことを、失念していた。


「……魔物の素材で魔法が強化できる。これでわたしも、国に報告ができます」


 シリウスは気を取り直し、真剣な眼差しで大和を見つめた。

 これで大和は、二回も進化の方法を言い当てたことになる。確実に実証されたといえるだろう。


「それで、次の純連の進化素材は分かる?」

「あ、ええっと……いや、微妙に分からない」

「……どういうこと」

「今までの二種類以外の魔物を、見たことがないからだと思う」


 今までになかった物言いに、シリウスは目を細めた。

 いつか聞かれると思っていたので、その返答はスムーズだった。


「多分、俺が見たことない魔物の素材を使うんだよ」


 前もって決めておいた文言を告げると、シリウスは難しい表情を浮かべて、考え込んだ。


「何の素材を使うのか、一度でも見なければ、その”魔法”では分からないということ?」

「ああ。だから、今は何とも言えないよ」


 大和の答えを聞いてしばらく黙った後、顔を上げた。


「分かりました。純連、少しわたしに時間をください」

「どういうことですか?」

「国への報告や、対応などの時間が必要です。クランは短期の活動休止としますが、構いませんか」

「そうですか……了解ですっ!」


 純連は少し残念そうではあったが、受け入れた。そもそもシリウスの名前を借りて活動をしている身分なので、不満もなさそうだ。


「この数日は、連続で魔物を倒しにきていたので、疲労も溜まっているでしょう。次の出撃までに英気を養っておいてください」

「了解」

「全力でおやすみします!」


 びしっと頷いて、そのまま神社をあとにして、検問所に向かう帰路についた。






 鳥居の上に、その活動の様子を見つめる影があった。

 フリルのついた衣装を纏った赤頭巾の魔法少女は、ぽつりと呟く。


「今の、あの光は、一体……?」


 腰を下ろしながらも、その場から動くことはない。

 去っていく三人を見送ったあと、考え込みながら、その場から姿を消した。

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