第20話 転移者と魔法少女の新たな目標


 魔物の討伐を始めてから、さらに四日が経った。


「うおおおっ!」


 ゆっくりと這いずってくるスライムを前に、大和は大振りに剣を振り上げて、思い切り振り下ろす。

 容赦なく、核を真っ二つに切り裂いた。

 まとわりついていた粘液は、溶けて、消えていく。光の粒子になった消失していくそれを見て、ほっと肩を落とした。


「はぁ。やっと、一発で切れるようになってきた」

「剣の扱いには慣れましたか?」

「いや……全然だよ。魔法の武器じゃなかったら、とっくに壊れてる」


 純連の言葉に、首を横に振る。

 今は剣の重さに頼って、力任せに振り下ろしているだけだ。

 普通の剣であれば、刃こぼれして、とっくに使い物にならなくなっているだろう。素人の大和でも、乱暴な扱い方だと分かる雑さだ。


(やっぱり、魔法少女ってすごい)


 改めて、そのことを認識した。

 こんなにも使いづらく感じる剣を、シリウスは、驚くほど自在に使いこなしている。

 魔法少女としての身体能力はあるものの、もとはただの女学生であったはずだ。


 もちろん”ゲームでそう設定されていたから”と言えばそれまでだ。

 しかし自分より圧倒的にサイズの小さいスライムでも、刃先だけで核を的確に落とすほどの器用さを目の当たりにして、その一言で済ませることはできない。

 恐らく、相当な練習を積んだのだろう。


「それにしても、もうだいぶ溜まりましたねえ」


 大和の倒したスライムの核を袋に入れると、純連は感慨深く息をついた。


(もう、こんなに揃ったのか)


 千体の魔物を倒す。

 その目標も、最初は途方もなく感じていた。

 しかし成せばなるもので、すでに九割がたの素材数が集まっている。もうすぐ、進化に十分な量が集まるはずだ。


「ほとんど、ことちゃんが集めたんですけどね」

「ああ。ほんとに凄いよな」


 純連と大和の目が、揃って死んだ。

 大和が狩った数は五〇匹ほど。

 純連がその倍くらい。

 残りの八百以上は全て、シリウスが狩り集めたものだ。

 圧倒的すぎて、劣等感も湧いてこない。

 おそらく、今日で目標は達成できるだろう。


「そういえば、ことちゃんはどうなんですか?」

「え、何のことだ?」


 何気なく尋ねられたが、意味が分からずに聞き返した。


「ことちゃんは同じ素材で、"進化"というやつはできないんですか?」

「ああ、シリウスもこれと同じ方法で強くなれないのか、ってことか」

「はい。もしかして、もっと多い量を求められたりするんでしょうか……?」


 純連は、恐る恐るという風に訪ねた。

 どう答えるべきか、大和は一瞬悩んだ。


(シリウスの進化素材は、もっと奥のステージの魔物なんだよな)


 大和はまだ、シリウスの進化素材については、何も明かしていない。

 知らないわけではない。ゲームではメインパーティに含めて運用していたこともあって、おおよそのことは把握している。


 だが、『もっと奥に出てくる魔物の素材です』なんて素直に言えるはずもない。

 なぜ知っているんだ、という話になってしまう。

 



 純連は低レアで、ガチャでも出やすいキャラクターの一人だ。

 ステータスが低いという大kなデメリットはあるものの、そのおかげで、進化素材のハードルはそれほど高くない。序盤の魔物狩りで済んでいるのも、そのためだ。


 一方で、魔法少女シリウスは、最高レアリティのキャラクターだ。

 進化素材はどれも高級品で、今の状況では簡単に手に入らないものばかりだ。

 今、『この世界の大和』は、ゴブリンとスライムしか魔物を知らないのだから、それを語るのはずっと先になるだろう。

 結局、かなり濁した答えを返すしかなかった。


「進化素材が多いとかじゃなくて……多分、今ある素材じゃ進化できないんだと思う」

「と、いいますと?」

「もっと、別な魔物を倒さなきゃいけないんじゃないかな」


 こう言っておけば、融通が利くはずだと思い、問題ない範囲だけを語った。

 すると、純連は少しうなって考え出した。


「ことちゃんを強化するためには、他の地域に出て、魔物探しをしなければいけないのでしょうか」

「そういうことも必要になるかも。でも魔物を直接見なくても、素材さえ誰かが持っていれば、分かりそうな気もするんだ」


 そう言いつつも、それは望み薄だろうと感じていた。

 この世界においては、ドロップアイテムはただの死骸として捉えられているらしく、収集されてはいないようだ。

 確かに、知らなければ、魔物の死骸から”進化”ができるなんて思いもしないだろう。大和がそれを目にできる機会は、まだずっと先になるはずだ。


「して貰ってばかりでは申し訳ないので、純連も、ことちゃんに何か恩返し……お手伝いができるといいのですが」


 純連はがっくりと、肩を落とした。


「それを言ったら、俺なんて、完全に足手まといなのに付き合ってくれてるし……」

「あなたは凄ことばかし成し遂げています。それに比べて、純連は、役に立てているとは思えません」


 また落ち込んでしまった純連に、何かを言おうと思ったが、言葉が止まった。




 ――七夕琴海は、言った。


『あなたの魔法は、全ての魔法少女にとっての希望となるかもしれません』


 真剣にそう告げてきたのだ。

 進化素材と、進化の道筋が分かるのは、大和だけの特権。しかし進化そのものは、全ての魔法少女に平等に与えられた可能性だ。

 それを明らかにすることには、大きな価値がある。


『魔法少女が今以上に強くなれば、この世界から、魔物を退けることができます』


 純連の進化が偶然ではないと証明する。

 そして純連だけでなく、他の魔法少女も同様に強化できれば、世界は大きく変わるだろう。




 その期待値から、シリウスは、戦闘面でお荷物でしかない大和をクランに組み入れていた。


 魔法は、魔物を倒すほどに強くなる。

 その仕組みに、すでに魔法少女は気付いている。

 大和のわがままが認められたのも、そうした可能性を知っていたおかげだ。


 


 だが、純連はそうではない。

 確かに計画の足掛かりではあるものの、純連の能力が買われているわけではない。ただモデルケースとして協力しているだけだ。


 強くなることは、全ての魔法少女の悲願だ。

 それを、自分なんかが先んじて達成してもいいのかと、ずっと思い悩んでいた。


「すみちゃんは、凄い魔法少女だよ」

「…………」

「それにほら、戦い始めてから、ちゃんと強くなっているだろう。そんなに心配しなくても大丈夫だって」

「それは、そうなのかもしれませんが……この調子では、いつになったらことちゃんに追いつけるのか分かりません」

 


 大和の言葉は、届いていないみたいだった。

 数日前、歯切れの悪い返事をしてしまったことを、思い出す。


『純連は、ちゃんと、自分の力で成し遂げられるでしょうか?』

『ああ。きっと……大丈夫だよ』


 あの言葉はきっと、嘘でもいいから肯定してほしかったのだろう。

 人付き合いが苦手な大和でも、あのときの自分の答えが間違っていたことくらいは分かった。


 でも。

 つい、視線を逸らして返事を返してしまった。


 はっきりと、大丈夫だと言ってあげたかったのに、そう言わなかったせいで、純連はまだ落ち込んでしまっている。

 そのときの後悔が、まだ心に残っていた。


(ちゃんと言わなきゃ)


 大和は手を力強く握りしめて、決意した。


「聞いてくれ」


 真っ直ぐに見つめると、純連も顔を上げて聞いてくれた。


「すみちゃんはシリウスと違う。討伐では、きっと追いつけないと思う」

「え……」

「でも、今からじゃ想像できないくらい、ずっと強くなれるはずなんだ」

「どういうことですか……?」


 不安がってる様子を見て、胸が痛んだ。

 しかしなんとか伝えるべく、必死に頭を回して、たどたどしく言葉をつむいだ。


「すみちゃんは、RPGゲームとかってやったことないか?」

「えっ。まあ、ないわけではありませんが……?」


 急に何の話だろう、という顔だ。


「確かにすみちゃんは攻撃には向いてない。けど盾の魔法が使える。逆にシリウスは攻撃はできても、防御は弱いだろう」

「それは……」

「ゲームでも盾役のキャラクターだけで、敵を倒して進んではいけないだろう」

「確かに、そう……かもしれませんが」

「…………」

「ですが、ことちゃんには、防御なんて必要ないんじゃないですか?」


 純連が口にした不安は、大和も心のどこかで思っていたことだった。

 確かに、あれほどの強さと素早さを持っている少女に、盾なんて必要ない。当たる前に倒してしまえばいいのだから。

 確かにそうだ。

 見敵必殺。攻撃は最大の防御という言葉を体現するような戦いを、シリウスは可能としている。

 しかしそれは、今だけの話だ。


「今はそうかもしれないけど、この先はどうだ」

「この先……?」

「一撃で倒せないような強い敵が出てきたら、シリウスだって今の戦い方はできない。危険な戦いに出る時には、きっとすみちゃんの魔法が必要になる」


 事実、後半のステージでは攻撃役のみでパーティは構成できない。

 そんなことをしたら、殲滅力の高い敵に殴られて体力が尽きてしまうからだ。

 防御役とヒーラーは、欠かせない要素だ。


「確かに、今は弱いかもしれないし、盾じゃ魔物を倒せないかもしれないけど、別な方向で強くなればいいんだ」

「別な方向……」

「すみちゃんには、シリウスには使えない、みんなをまとめて守れる魔法があるだろう」


 大和が言うと、はっとした表情を浮かべる。

 今の今まで忘れていたという風で、自分に言い聞かせるように反芻していた。


「みんなを守る……純連の魔法で……?」


 最初は弱っていたような雰囲気の純連の目に、少しづつ正気が戻ってくる。

 唾を飲んで、見守った。

 大丈夫だろうか。

 元気を取り戻してくれるだろうか。

 そして、しばらくして大和を見上げた純連の表情は、もとのように輝いていた。


「それは盲点でした! それならちゃんと、ことちゃんのお役に立てる気がします!」


 いつもの、元の調子を取り戻した純連がそこにいた。

 

(よかった……)


 大和は胸を撫で下ろした。

 意気込んで自分の両拳を見つめる純連に、さっきまでの憂鬱な雰囲気はない。


「だから、今はいっぱい魔物を狩って強くなろう」


 先日の失態を取り返すみたいに、意気込んで、憧れの少女に近づいた。

 低レア特有のステータスの限界なんて、ずっと先の話だ。

 世界の誰よりも先に、すみちゃんを最強の魔法少女にしてしまえばいいのだ。


「そうすれば絶対、シリウスと一緒に、胸を張って戦えるようになる。だから頑張ろう!」

「はい……! あなたと、一緒に頑張ります!」


 二人は強気の笑顔で、頷き合った。

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