第19話 転移者と魔法少女の挫折
討伐を始めてから二時間半ほど経った頃、大和たちのもとにシリウスが戻ってくる。
「袋が埋まってしまったので、交換してもらえるかしら」
七夕琴海――シリウスはそう言って、いっぱいになった布袋を差し出してきた。
その中身は全部、ゴブリンの首飾りだ。
「これ全部、ことちゃんが狩ったんですか」
「ええ」
「この量を、この時間で……?」
「ええ」
地道に狩りを続けていた純連と大和の顔が引きつった。
明らかに異常な数だ。
ちらりと、自分たちの袋に視線を落とすと、ゴブリンよりもずっと狩りやすい、スライムの核が二十個ほど。
シリウスが持ってきたのは、二人がかりで戦っている大和たちの五倍の戦果だ。
「では、討伐に戻ります。引き続きスライムの方は、よろしくお願いします」
「ああ、わかった……」
時間が一秒でも惜しいという表情だ。
河川敷に二人を残してシリウスは再び跳び去っていく。柵のポールに足を置いたかと思うと、建物の屋根に飛び移り、夜闇の中にあっという間に姿を消してしまった。
明滅する外灯を見て、息を溢した。
「……はぁ。ことちゃんは、すごいです」
「本当にな……」
純連が、重くため息をついた。
大和も、"アルプロ"の七夕琴海を思い出して、つい口に出してしまう。
「作中最強クラスの攻撃キャラ、やばいな……」
「さくちゅう……最強ですか?」
「あ、え。いや、何でもない。凄いなって思っただけ!」
独り言を聞かれた大和は、大慌てで取り繕った。
魔法少女シリウスは、物語のメインキャラクターとして登場するキャラクターだ。
度重なるアップデートで、進化の実装やステータスの上方修正がなされ、その攻撃性能は作中最強クラスとなった。
攻略パーティでは代替が効かないほどの便利さであり、『すみちゃん絶対パーティに含める縛りプレイ』をしていた大和も、愛用していた。
現実にすると、こんなにも凄かったんだな、と。
改めてため息が出そうになる。自分なんかとは生きる世界が違う、凄い人物だ。
「本当に、凄いです」
一方で、純連は悲しそうな声を出した。
普段とは全く様子が違う。本気で凹んでいるような雰囲気だ。
「大丈夫か……?」
「大丈夫……ではないかもしれません。自信を無くしてしまいそうです」
純連は、落ち込んだように視線を落としていた。
「話くらいなら聞けるよ」
大和がそう言うと、ほんの少しだけ顔を持ち上げた。
しかし表情は暗いままだ。
「……純連が戦っているのは、この街をもとに戻すためなんです」
しばらく黙り込んでいたが、やがて理由を話してくれた。
「そうか。すみちゃんは、ここが故郷だもんな」
「はい。ですが、今まで秘密で活動していたので、同じ魔法少女と共闘することはありませんでした」
しょんぼりと、自分たちで集めたスカスカの袋と、琴海の持ってきたぎっしり中身の詰まった袋を見比べた。
「ことちゃんは凄いです。あまりの差に、少し落ち込んでしまいました」
「…………」
それを聞いた大和は、いたたまれない気持ちになった。
確か二人は同い年だったはずだ。
それなのに、これほどに差が出ていて平静ではいられないだろう。会社で同じような劣等感を抱いたことがある大和にも、気持ちは、痛いほどにわかった。
(低レアってこともあるだろう。けど、これはどっちかっていうと……)
しかし、全てを知る大和の立場から見ると、これは使える魔法の種類差だと感じていた。
シリウスは攻撃型で、純連は防御型のキャラクターだ。
魔物討伐においてシリウスに軍配があがるのは当然だ。
(だから、その差は大した問題じゃない……でも)
純連は、そうは思わないだろう。
目の前に差があることは、変えられない現実なのだから。
「魔法少女はみんな、こんなに強いものなのでしょうか」
防御型や攻撃型なんて関係ない。
魔法少女なのに、魔物を狩ることができない。その純然たる事実が、実力が足りないと思い込んだ純連を悲しまていた。
それは違うと言いたかった。
しかし口には出せなかった。
彼女は、運営に優遇されなかった、低レアのキャラクターである。
だからきっと、今後の成長でも大きく差をつけられるはずだ。
それを思うと、何も言えなかった。
「もしかして純連は、全く、強くないのでしょうか」
「えっ……」
それは、耳を疑うような発言だった。
最強魔法少女を自称していた純連は、大和が驚くほどに、弱気になっていた。
「魔法少女の力を手に入れて、とても強くなったと思っていました。故郷を取り戻せるなんて、意気込んでいました」
「…………」
「ですが、ゴブリンを倒すのにも苦労してしまっています。自分が情けないです」
「それは……」
ユーザーを楽しませるだけの存在だった頃の彼女とは、かけ離れている。
今の彼女は、一人の人間だ。
劣等感に苛まれながら、それでも強く出られるほどに、彼女は強くなかった。
ゲームとの差に、大和も戸惑ってしまう。
「シリウスとは、役割が違うだけだって。俺を守りながら戦ってくれてるわけだから、効率も全然違うだろう」
「街で一人で活動していたときも、一日で二十匹くらいが限界でした」
大和のフォローも、あっけなく否定される。
「魔物を倒せないのは……とても悔しいです」
たった一人で戦ってきたが故に、彼女は"上"を知らなかった。
それゆえにショックも大きかった。
いろいろ言い訳を考えた。
だが、どうやっても否定できない。
心苦しい気持ちを堪えて、ひそかに唇を噛む。
『――弱すぎだろ、このキャラクター』
その言葉は、"アルプロ"のリリースからしばらく経った頃。
評価の大勢が決まった頃、SNSに書き込まれた、誰のものかもわからない短文だ。
(……っ)
今、それがいつになく鮮明に蘇って、痛んだ胸元を掴んだ。
八咫純連は、低レアのキャラクターだ。
ステータスは低く、他の防御型キャラクターの完全下位互換と言われている。
ゲーム開始時の手持ちの少ない初心者を除いて、誰も彼女を使わない。
どのプレイヤーからも使われることなく、運営からも忘れ去られた、未来のない魔法少女だ。
今、彼女は、その片鱗を感じて打ちのめされている。
うつむいて、涙を堪えている。
大和は不意に思いついた。
八咫純連の
運営のアップデートが来なかったせいで、本編や、期間限定ストーリーでも登場しなかった。
もしかすると、物語の彼女も同じように考えたのかもしれない。
彼女は主人公と関わって共闘した。そして、その力を見せつけられた。そとあとは絶望して、物語の舞台から消すことを選んだのかもしれない。
目の前の少女に、そうなってほしくなかった。
「……違う」
大和は腹の底から、低い小声で、否定する。
その声は、純連にも届いたらしい。
「どうしたんですか……?」
急に、態度を変えた大和に、不思議そうな顔をした。
「今は確かに、すみちゃんは、弱いかもしれない」
「え……」
「けど、大丈夫だ。俺が保証する」
大和は、まるで自分ごとのように、純連の心配を否定した。
「お前は絶対に、今よりもっと強くなれる」
真っ向から向かい合って、弱気にならないように語気を強めて、断言した。
この世界で、純連は強くなれる。
自分がいれば、それが成し遂げられる。
大和は、八咫純連に関する、"全て"を把握している。
全習得スキルや、必要経験値。
ストーリー上の人間関係。
進化に必要なアイテムや、最強装備など
最高レアのキャラクターに及ばないだろう。しかし、誰かの下位互換であっても、最終ステージで運用可能な強さまで強化することができる。
最短で、頂点まで導くことができるのだ。
「俺が、強くする。だから大丈夫だ」
お前は弱くないんだと。
どうしても、その決意を伝えたかった。
「……あははっ」
すると前を向いた純連は、表情を崩し、苦く笑ってくれた。
強い想いを込めた態度は、きっと奇妙にうつっただろう。
しかし、受け入れてくれた。
「今、そう言っていただけて、なんだか、すごく嬉しい気持ちです」
嬉しそうに、あるいは安心したみたいに胸に手を置いて、それから、すっかり雰囲気を変えた。
「そうですよね。魔物の素材を集めれば、今より強くなれるんですよね!」
照れ笑うような、少し無理して作った笑顔が、大和に向けられた。
大和も、安心する気持ちに包まれた。
「ああ、もちろん……まだまだ強くなれる、これからだよ!」
頷き返すと、純連は続けて、意気込んで返してくれる。
「この街も、きっと取り戻せますよね!」
「絶対に大丈夫だ。ちゃんと、魔物も退治できるようになる!」
「では純連はちゃんと、夢を、自分の力で成し遂げられるでしょうか?」
「え……?」
それまで即答していた大和は、一瞬、言葉を止めた。
「ことちゃんは、超えなくてもいいです。最強でなくたって構いません」
彼女は、強がるのをやめていた。
同じクランメンバーである大和に、本気のトーンで尋ねた。
「この街を、取り戻すことはできるでしょうか……?」
その瞳に、深い不安が宿っていた。
「それは……」
口籠った。
ゲームの
この街を救うのは、主人公のパーティだ。そこに八咫純連は登場しない。
大丈夫だと、そう言いたかった。
お前は街を取り戻せると。
「ああ。きっと……大丈夫だよ」
言葉は出た。
だが大和は、それが成し遂げられる未来を知らない。だから、不安げな純連から、僅かに目を背けてしまった。
一緒に頑張ろうと言うべきだったのに、その言葉が出てこなかった。
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