第18話 転移者と未来の方針


「もうすぐ街に着きます。準備はできていますか?」

「ああ、大丈夫だ」


 下り坂も終わる頃。

 シリウスの言葉に、やっと気持ちが落ち着いてきた大和は、頷いた。

 

「いつもより緊張しますが……がんばりますっ」


 思わぬ被害に遭ってしまったことを知らないまま、純連は一人で拳を握って気合を入れ直した。

 さっきの一件を、記憶の中から消し去ることに決めた大和は、かたく目を瞑った。

 

「しばらくの間は、地域の解放ではなく、あなたの強化に時間を使ううもりです」

「はいっ! 分かっています!」

「あなたも、それで構わないかしら」

「ああ……」


 歯切れの悪い返事で返した。

 もともと大和が提案したことなので、もちろん異論などあるはずがない。

 それよりも、新しい不安が付き纏っていた。



 純連の強化というのは、二回目の"進化"のことだ。

 もう一度、必要な数の素材を集めて検証することを、事前に話し合って決めている。

 そして、その中で大和も、魔物を倒す経験を積むことができる機会を得ていた。

 進化に成功した以上、"レベルアップ"の概念も存在するはずだ。

 それならステータスだって存在する。

 本来なら、気合を込める場面だ。


 心配しているのは、今日からの狩りに、シリウスが同席することだった。 


(この前は、自分のペースで魔物と戦えたけど……)


 シリウスは、主人公組に加入するほどの実力を持つ、強力な魔法少女だ。

 魔法少女二人に、自分なんかがついていけるのだろうか。

 そんな風に、余計なことばかり考えてしまう。


「しっかりしないとな……」


 置いていかれないように、ついていかないと。

 手元のバットは心許なかったが、手放さないように、しっかりと握り直した。

 

「そういえばあなた」

「え、俺?」


 シリウスが振り返って声をかけてくる。

 視線は、大事に握っている木製バットに向いていた。

 最初に出会った時の純連のように、どこか呆れたような雰囲気だ。


「そんなもので戦うつもりなのですか」

「これしか、武器になりそうなものが手に入らなかったんだよ……」


 もちろん、大和だって、武器として心許ないことくらい分かっている。

 しかしこれだって、入学式までの数日に必死になって探して、やっとの想いで手に入れた品だ。これ以上はどうしようもない。


「そのバット、貸しなさい」

「え……? あ、ああ。それはいいけど」


 慌てて差し出した。

 若干、厳しい視線を向けるシリウスは、何の変哲もない木製のバットを握る。

 すると小声で、呪文のようなものを唱え始めた。


「何を……うおっ!?」


 バットが突然、綺麗な水色の光に包まれた。

 それは純連が変身の時に放っていた魔力よりも薄い、湖面のような輝きだ。

 シリウスの手元から、流れ込んだ光は、バットの形を変貌させていく。

 光が消えたあと、全く違う"もの"になっていた。


「魔法の武器のほうが、魔物には有効です。今から使い慣れておいてください」


 そう言って手渡されたのは、一振りの剣だった。

 水色に鈍く輝く細身の刀身に、バットの面影は全く残っていない。よく見ると、魔法少女シリウスの使う剣と、まったく同じものだ。


「す、凄いです! ことちゃん、こんなこともできたんですね!」

「これが、私の使える魔法ですから」


 純連は、自分にできないことをやってのけたシリウスに尊敬の眼差しを向ける。シリウスは、少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「きょ、今日はゴブリンとスライムの討伐です。あなたには、いい練習になるでしょう」


 照れを隠すように、少し早口で言った。

 すると純連は、何かを思い出したようにシリウスに尋ねた。


「しばらくはここで、必要な素材を集めるんですか?」

「ええ、そのつもりです」

「それが終わったら、次は何をするんですか? ずっと純連のために時間を使っていただくのは申し訳ないのですが……」


 その疑問に、足を止めたシリウスが面と向かって答えた。


「最終的には、この地域に巣食う大型の魔物の討伐を目指すつもりです」

「大型の魔物……ですか」


 それを聞いた純連の表情が、僅かに変化する。

 大和には"大型の魔物"に、心当たりがあった。


「どの地域にも、通常とは異なる強力な魔物が出現することがある。この地域に出現するそれを倒すのを、いったんは、このクランの目的とします」

「それは、どんな魔物なんだ?」

「大型のスライムです」


 琴海の答えは、大和の知識が正しいことを証明した。


「この地域には、巨大なスライム……母体と思われる存在が確認されています。現在は問題視されていませんが、いずれ倒す必要がある、強力な魔物です」


 スライムは厄介な存在だ。

 移動速度も遅く、想像を超える攻撃は行ってこないため脅威と思われづらい魔物だ。

 しかし核を壊すまで死なず、人に吸い付いて、肉を消化するまで離れない厄介さを持ち合わせている。

 鈍器で思い切り殴れば破壊可能だが、刃物を通さない体は厄介だ。魔法少女なら、自分で除去することが可能だが、一般人はそうもいかない。


「それが討伐されれば、この地域の魔物の減少にも繋がるでしょう」


 クランの目的とも噛み合っている。

 この地域を取り戻すのなら、スライムの駆除は必須事項だ。


(ゲーム序盤のボスは変わらない、か)


 もちろん口には出さずに、思い出した。

 おそらく言っているのは、序盤の雑魚ボス。レッド・スライムの親玉、"クイーンスライム"のことだろう。

 記憶では、決して強い類の魔物ではなかった。

 しかしそれは強力な魔法少女のみでパーティを編成できたソシャゲ時代の話。今の大和にとっては、命を失いかねない強敵だ。


「純連、どうかしたの?」

「あっ! いえ、何でもありません。大丈夫です!」


 思いついめたような表情を浮かべていたが、シリウスに尋ねられると、慌てて誤魔化していた。

 強敵を相手取るということに、尻込みしたのだろうか。


(俺も、あのボスくらいは、倒さなきゃいけないのかな)


 大和にとっても、その"強敵"を倒すと言う話は、他人事ではない。

 そもそも大和は強くなりたいからとクランに参加したが、どのくらい強くなりたいのか、明確な基準を定めているわけではない。


 ラスボスを倒せる主人公のような強さは求めていない。

 しかし、序盤の雑魚ボスを倒せないほどに弱いのもどうなのだろう、と思う。

 それなら、大人しくシリウスの言うことに従っていれば、それなりに強くなれそうだと思った。


「ではそろそろ出発しますが、純連の強化に必要な、次の素材について教えてください」


 シリウスにそう言われて、目を丸くした。


「言ってなかったっけ?」

「聞いていません」

「純連も聞いていないです」

「ああ、ごめん。そうだった。素材はゴブリンとスライムのやつで、数は五百だったかな」


 気軽に答えると、シリウスと純連は固まった。


「は?」


 目を丸くした純連が、尋ねてくる。


「あ、あの……今、何個と言いましたか?」

「スライムの核と、ゴブリンの首飾りが、五百個ずつ。合わせて千個だよ」

「……本気で言っているのかしら」

「冗談ですよね……? 前は、五十個だったと思うのですが」


 以前に要求した数の、十倍だ。

 前回はシリウスがあっさり集めてしまったが、あれは最強の魔法少女だからできることだ。

 普通、弱い魔物でも一日に十匹か十五匹くらいが限界だ。大和の言った数はあまりに想像外だった。


「でも進化するのに、そのくらいの素材は必要だろ、普通」


 しかし、大和の感覚はゲームの頃のままで、完全にずれている。

 何を今さらと言う顔に、凍りついていた。


「あ、あの。それって、この街を解放できるくらいの数なんじゃ……」

「いえ……奴らは無限に湧いてくるから、その程度じゃ根絶はできないでしょう」

「ふ、ふええ……」


 合計千体の魔物討伐。

 途方もない数字に、街を取り戻そうという目標を掲げていた純連は、弱気な表情を浮かべて、へたりこんだ。



 もしも純連の進化を目の前で成功させていなければ、二人は絶対に信じなかっただろう。

 しかし真実だと知ってしまっている。

 純連は絶望した。


 魔法少女シリウスの立ち上げたクランの最初の討伐活動は、過酷すぎるミッションから始まった。

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