第17話 転移者と魔法少女の変身


 その日の晩。

 大和と純連、それに変身を終えた魔法少女シリウスの三人は、検問所に訪れた。

 いよいよ、クランの最初の活動が始まるのだ。


「うぅ……なんだか、すごく緊張します」


 今まではこそこそ隠れながら避けていたが、今日は真正面からの突撃だ。

 不法侵入常習犯の純連が不安がるのも、無理のないことだった。



 検問所といっても、立派なゲートが建てられているわけではない。

 バスのような構造の青色車や、トラックなどの車両が何台も連なって、道を封鎖することで成り立っている。

 中央の踏切のようなゲートのそばを、大勢の迷彩服の大人が守っていた。

 ここが、安全地帯を守る最後の砦だ。


「誰だ!」


 ゲートに近づく大和たちを、大人が叫んで呼び止めた。

 大和と純連は、心臓が飛び上がりそうなほどに、驚いて息を詰まらせた。

 一方で、シリウスは冷静に前に進み出て、国防省の手帳を掲げる。


「魔法少女シリウスです。後の二人は、わたしが申請した、桜花の学生です」


 すると、迷彩服の大人は態度を一変させ、恭しく敬礼した。


「これは失礼しました! ……おいっ!」


 隣で書類を持ったもう一人の隊員が、ボードを見ながら確かめる。


「確かに、この時間に通過申請は来ています。クラン”上賀茂解放部”ですね」

「ええ。通行しても、問題ありませんか?」

「……後ろの二人は一般人のように見えますが」


 髭を生やした、リーダーらしき役人にじっと、怪しげに見つめられる。

 一応、武器としてバットを装備しているものの、大和は学生服。そして純連も、魔法少女であることはまだ隠すことになっているため、今は可愛らしいスカートの制服姿だ。

 不安がられて当然の格好をしている。


「国防省から認可を受けています。わたし自身、問題ないと判断しました」

「ううむ……」

 

 シリウスの淡々とした態度に、検問所のリーダーは困ったように唸った。

 疑問に思った大和は、純連にこっそりと耳打ちする。

 

「なんで渋られてるんだ……? 申請したんだよな、ちゃんと」

「万が一、問題が起きたら大変ですからねえ。魔物の被害を出してしまったら、批判も来るでしょうから」

「…………」

「どうしましたか?」

「勝手に外に出て魔物討伐してたのって、結構やばかったのかなって」

「うぐ。そ、それはですね……」


 純連は言葉をつまらせたあと、目を泳がせた。

 もしも見つかっていたら、大目玉では済まなかっただろう。


(結構やばいことしてたんだな……こんなところで言わないけど)


 シリウスのやりとりを見ながら、この秘密は墓まで持っていくことを誓った。


「彼ら二人とも、高い魔法の適性を持っている"可能性"があります」

「ううむ……」

「才能を花開かせるためにも、魔物の討伐は必須なんです」

「確かに、魔法については我々では分からないことも多いですが……ん? ああ、それほど遠くまで行かれないのですね」

「ええ。しばらくの間は、適性を見る時間。当然、危険な地域には足を踏み入れない予定です」

「分かりました。それでしたら、予定通り通行許可を出しましょう」


 ようやく、リーダーらしき隊員も頷いた。

 大人の男性と、年頃の少女が対等に話しているのを聞いていた大和は、二人の力関係を不思議に思った。


「この街で、ことちゃんは特別なんですよ」


 すると、また純連がこっそり近づいて教えてくれる。


「特別って、どういうことだ?」

「例の災害のときに、魔法を使って多くの人を救った魔法少女。それがシリウス、ことちゃんなんです」

「ああ……なるほど」


 言われてから、そんな設定があったことを思い出した。


 七夕琴海。

 魔法少女シリウスは、始まりの魔法少女の一人だ。

 この街で最初に、命がけで魔物と戦って、民衆を守ったことで知られている。

 隊員の態度に、信頼と、多少の尊敬が混ざっている理由が理解できた。


「最悪の事態に陥らないよう、細心の注意を払っていただきたい」

「はい、そのつもりです」

「何かあれば、そのスマートフォンで、いつでも我々に連絡してください。ではゲートを開けさせましょう」


 リーダーと、その他の迷彩服の役人が指示を飛ばす。

 すると、踏切のようなゲートが機械によって、ゆっくりと開いた。

 軽く頭を下げたシリウスが先に進み、大和と純連も続いた。





 そこから、さらに二つの検問所を抜けた。

 しばらく歩いていくと、とうとう、物寂しい山中の空気に包まれる。

 枯れ葉や枝が散乱しており、夜の暗さもあいまって歩き辛い。この場所から、ほとんど人の手が入っていないことが分かった。


「ここからは、魔物が出てきてもおかしくない場所です。注意してください」


 シリウス――琴海にそう言われ、気を引き締めてバットを握り直した。

 

「純連。あなたもいつでも戦えるように、そろそろ変身しておきなさい」

「あっ、そうでした。すっかり忘れていました」


 純連は、目を丸くして、はっとした表情を見せた。

 まだ隠しておきたいからと、魔法少女姿で検問所を通ることができなかったが、ここからは監視カメラもない。

 もう遠慮することはないと、目を瞑って息を整える。

 

「ではお言葉に甘えて……魔法少女に変身、ですっ!」


 空に向かって人差し指を立てて、高らかに、宣言した。


(あ、ゲームと同じだ……!)


 それはスマートフォン越しに見た、変身のかけ声と、全く一緒だった。

 大和の視線を引きつけたのは、ゲームでは付いてこなかったアニメーションが観れるのではないか、という期待からだ。

 テンションが最高潮にぶち上がった。


 二人の目の前で、身体が水色に輝き始める。

 その不可思議な現象は、彼女が非現実の、『魔法少女』である証だ。

 ドレスアップの神々しい変貌がはじまる。


 ――最初は、ただ見惚れていた。


「ん……?」


 しかし少しして、何か変だと、徐々に目を細める。

 八咫純連は、一ファンである大和の前で、徐々に変身を遂げていく。

 光の中に薄らと姿が見える。

 桜花学園の女制服が虹色に光り輝いて、それが弾けて、消え去って――


「うへっ……!?」


 思わず、変な声が出てしまった。

 そして、観たがっていたシーンから、思わず視線をそらしてしまった。


(ちょっと、おい、嘘だろ……!)


 見間違いかもしれない――背けた視線をもう一度向ける。

 そして、見間違いではないことを、確かめてしまった。


「ま、ま……」


 制服だった虹色の光が、それごと弾け飛んだ・・・・・

 足から順番に新たな光を纏い、弾ける。高下駄のような靴に変貌し、長くて真っ白なハイソックスに変化する。

 腰の部分から、ひらりと伸びた長スカートが、すぐに覆い隠した。


 上半身を覆う光が、青色のラインの入った巫女服を作り上げる。

 最後に、軽快な音とともに、ふっくらと膨らんだツインテールを留める大きな髪留めが生まれる。

 彼女は目を開いて、そして自慢げな笑顔を浮かべる。

 指先を真上に掲げて、決め台詞だ。


「魔法少女すみちゃん、ただいま参上ですっ!」


 八咫純連が、魔法少女へと華麗な変身を遂げた瞬間だ。

 可愛らしい衣装を見せつけ、褒め称えられるのを待つように、得意げな顔を浮かべている。

 しかし、大和から思ったような反応が得られない。首を傾げた。


「……あの。なぜ目を逸らしているのですか?」

「い、いや……だって」


 視線をそらしつつも、ちらちらと純連を見てしまう。

 シリウスのほうに恐る恐る視線を向けてみるが、彼女も、大和が顔を赤くしている理由を理解していないらしい。


(え、マジで? 見えてたの俺だけ……?)


 二人に背中を向けて、心臓を抑えた。

 ゲームでも実装されていなかった純連の、変身アニメーションを生で見た衝撃も、霞んでしまうほどのショックだ。



 これはアルプロに限らない、魔法少女作品の、昔からの伝統だ。


 大和は見てしまった。

 衣装換装の一瞬――生まれたままの、全裸になった瞬間を。



 現実に、謎の光は存在しない。

 カメラ視点の補正も、特別な演出もない。

 邪魔をするものは何一つないのだ。

 魔法少女である純連は、そんな姿を見せてしまったことに全く気付いていないらしく、平然としたまま立っている。

 

(見なかったことにしよう)


 大和は、決めた。

 自分が見たものは何かの間違い、幻覚だと思い込んでおくべきだ。裸が見えてしまった……なんて、口が裂けても言えない。

 

「ははん。さては、この可愛らしい姿に見惚れてしまったんですね」

「は、はい……」


 ニヤニヤと迫ってくる純連と、気まずくて目を合わせられない。

 その巫女服の内にあるものが、今も透けて見えるみたいだ。胸の高鳴りと、罪悪感がせめぎあって、どんな顔をしていいかわからなくなっていた。


「話はそこまでにして」


 琴海が、会話を打ち切った。


「時間も限られていますから、もう先に進みますよ」

「はいっ、すみちゃん、がんばっちゃいますよ!」

「お、おう」


 大和だけが、出鼻を挫かれたような返事を返した。

 そこから先は、光の中で見て、焼きついてしまった光景を、必死で振り払わなければならなかった。


(忘れろ、忘れろ。さっきのことは早く、忘れるんだ――)


 しかし、一度焼きついてしまった純連の姿を、すぐに忘れられるはずもない。

 ほとんど集中することができないまま、モヤモヤとした気持ちで山を降りた。


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