第15話 転移者と魔法少女の進化


 翌日の昼休みを迎えた。

 あれだけの啖呵を切った大和は、戦々恐々とした気分で、この日を迎えた。



「これで全部あるはずよ」


 昨日と同じ教室に、三人は集まっていた。

 大和の前で、琴海は大袋を机に置く。

 中を覗き込んだ大和と純連は、表情を凍らせた。


「す、すごいです。一晩でこんなに集めるなんて……」

「うん……これだけあれば多分、大丈夫」


 黒曜石のような『スライムの核』と、骨のような素材で作られている、野蛮なデザインの『ゴブリンの首飾り』だ。

 大和が指定していた数を、大幅に上回っている。それほど時間がかかっていないのに、とんでもない量だ。魔法少女が、少しだけ空恐ろしくなった。


「これを、どうするつもりなのかしら」


 琴海はいまだ訝しげな表情で、腕を組んでいる。

 それもそのはずで、これらは魔法少女にとってゴミ同然のものだ。魔物が死んだ後に残したものなんて、普通は触れる気にもならない。何より、大和の自信のなさそうな態度が、疑念を加速させていた。


(うまくいってくれ……)


 事実、大和は神に祈っていた。

 素材が間違っていないことは確信している。しかし、知っているのはあくまで、架空の世界の話でしかない。

 ゲームのように『進化を確定させるボタン』がないし、素材が違うと言われてしまう可能性も捨てきれない。

 だが、こうなった以上、うまくいくように祈ることしかできない。

 置かれた袋を、そのまま純連に渡した。


「とりあえず、これを持ってみてくれないか」

「それは構いませんが……そのあとは、どうすればいいですか?」

「とりあえず、持つだけでいいよ」

「……分かりました」


 大和の身を案じているのか、純連は浮かない表情だ。

 それでも言われた通りに袋を持った。

 魔法少女の姿ではない、ただの女子の能力しかない今の姿では、意外に重かったのか一瞬落としかけていた。


「…………」

「…………」


 大和も純連も、何か起こらないか待っていたが、変化はない。

 琴海は腕を組んで見守っていた。

 しかし、しばらくしても何も起こらない様子を見て、息を吐いた。


「やっぱり――」


 あからさまな変化が起こったのは、その瞬間だ。

 袋の中身が一斉に光りはじめたのだ。


「ほわっ!?」


 純連は目を剥いて、思わず取り落としそうになる。その瞬間まで、何も起きないと思っていた琴海も、組んでいた腕を解いた。

 周囲に光の球体が現れて、純連のほうに近づいていった。


「なななっ、なんですかこれはっ! ちょ、ま……」


 当の本人が困惑するのをよそに、光は、純連の中に入っていった。


「ひゃぁっ!」

「純連っ!?」


 光が収集した途端に、ひっくりかえるのを見て、琴海が悲痛な声をあげた。

 友人の身を案じている様子で、慌てて駆け寄った。


「……何ともないです」


 しかし、純連は尻餅をついたまま、何事もなかったように目を瞬かせている。


「本当に?」

「はい。特に変な感じはしませんが、なんだったんですか……?」


 しかし純連はやはり首を横に振って、異変が起きていないことを示した。

 琴海は思い出したように袋の中身を確認して――目を見開く。

 それを取り落とす。袋の中身が床に散らばった。スライムの核と、ゴブリンの首飾りだ。だが、最初に入っていた量よりもずっと少ない。


「今のは何ですか! 一体、どういうことなの!」


 先ほどまでの呆れた様子とは違って、すごい剣幕で迫ってくる。

 

「ま、待って。落ち着いて! 魔法の強化をしただけだって……!」

「落ち着けるはずないでしょう……!」

「変身してみたら分かるよ!」


 すでに確信を持っている大和は、強気で、そう反論した。

 "演出"が出た以上、成功したことは間違いない。


「で、ではとりあえず、変身してみますっ!」


 大和が詰め寄られている隙に、琴海の背後で、きらめく音が響いた。

 水色の光は二秒もすればおさまった。

 顔を覗かせると、すでに可愛らしい水色の和装へと変身を終えた純連が立っている。そして両手をしげしげと見つめていた。


「んんっ……?」


 変身を終えた純連は、怪訝な表情を浮かべた。

 

「どうしたの?」

「いえ……何でしょう。うまく言えませんが、どうも変な感じがあって」


 何か違和感を感じている様子だ。

 しかし、それが何かまでは分からないらしい。大和は、すかさずに言った。


「新しい魔法が使えるようになってる……はず!」

「はずって、どういうことよ」

「いや、だって俺、魔法少女じゃないし。詳しくは分からないよ」


 もちろん全部答えることができるが、しかし黙っていたほうがいいだろう。

 どうせ、すぐにわかるのだから。


「おお、おおおおっ!」


 期待通り、純連はすぐに気づいてくれた。

 目が、今までにないほどに輝いている。

 両手を前に掲げて、正方形の光のエネルギーを作り出していた。

 それはもともと純連の使える、攻撃反射能力を持つ魔法の盾だが、大きさが段違いだ。


「すごいです! 盾を、とても大きく作れるようになりました!」


 琴海が絶句するのをよそに、振り返って感動を訴えてくる。

 設定がゲーム通りであったことに、大和は深く安堵した。あれは全体防御用の盾だ。すると今度は琴海ではなく、純連のほうが詰め寄ってきた。


「どうして魔物の落とすもので、新しい魔法が使えるようになったのですか!?」

「説明はちょっと難しいけど……何となく、こうすれば強くなれることが分かったんだ」

「そうなんですか……!? これは、とてもすごいことですよっ!」


 詳しく説明せずにはぐらかしたが、純連は気にしておらず、自分の作り出した盾を眺めて、目をきらきらと輝かせるばかりだ。

 そして大和は、今度は自信を持って琴海に向かい合った。


「これで分かってもらえたと思う。俺は、魔法少女の才能も見抜けるんだ」

「……正直、驚きました」


 今までは全く信用していないような視線だった。しかし今は、信じがたいものを見るように、大和を見つめている。

 もう疑いの色はなくなっていた。


「その魔法は、どういう原理なんですか」

「……うまく言えない。でも純連と一緒に過ごしてたら、分かったんだ」

「これは純連だけの特別なのか。それとも他の魔法少女も、同じことができるということ?」

「一緒に魔物を倒した純連以外は、詳しく分からない。でも多分"進化"自体はできると思う」


 自分で魔物を倒して成長すれば、もっと分かるようになるのだと、そういう方向に誘導する。

 すると琴海は、ため息を吐いた。


「……あなたのことを信用するわけじゃないけれど、納得はしました」

「納得……ってことは」

「あなたのクランへの加入を、責任を持って認めます」

「本当か!?」

「ただし、条件があります」


 指を立てて、大和に申し付けてくる。


「今のわたしは、その魔法に、大きな価値があると考えています」

「…………」

「魔法の情報は全てわたしに預けて、他言しないこと。街では必ずわたしの指示に従うこと。これが加入の条件です」


 真っ直ぐに大和を見て、手を伸ばしてくる。

 よければ手を握れ、ということだろう。


「あ、ああ……わかった」


 プレッシャーをかけられた大和はたじろいだが、利害は一致した。互いに手を握りしめる。

 

「交渉は成立ね」


 そう言うと、懐から一枚の紙を取り出した。

 大和と、変身した姿のままの純連が、覗き込む。


「おお、クランの結成書類ですね」

「すみちゃんはもう、名前、書いたんだな」

「ふふん。当然です」


 クラン結成の申請用紙には七夕琴海、八咫純連の名前が記されていた。

 ボールペンとともに手渡され、促される。

 

「その空欄に、あなたの名前を書きなさい」

「は、はい」


 大和は、急いで紙を持って、テーブルに置いた。

 そして自分の名前を書き込む直前――ある記述に、ようやく気付く。


「『上賀茂解放部』……?」


 申請用紙の、クラン名を記す部分に書かれていた名前を見て、つぶやいた。

 ゲームに出てこなかった名前だ。


(ちょっと、待て)


 ――手が止まった。


 嫌な予感がした。

 直感が訴えかけてくる。大和は、書類の他の部分の記述に視線を滑らせて、探していく。


『加入者は、複数のクランに所属することを不可とする』


 見つけた。

 申請用紙に書かれた制約事項の一つだ。


(待て。これは、だめだろう)


 もしかすると、とんでもないことになったのではないか。

 想像して、背筋が冷たくなった。

 ゲームでもそうだった。

 一人の魔法少女は、複数のクランに所属することはできない。

 その文章は、そのルールが明確にされているだけにすぎない。だが、大和には焦る理由があった。


(シリウスは、メインストーリーの、主人公パーティの一人だぞ……!?)


 純連に関してはあまり問題ではない。

 シリウス、琴海のほうだ。

 彼女は主人公のクランに所属し、ともに世界を救う最前線のメンバーだ。

 だがこれでは、そこに加入することができなくなる。

 

「どうかしましたか?」

「うわっ!?」


 純連が、横から覗き込んできて、心底驚いた。

 大好きだった美少女が、目を丸くして不思議そうに首を傾げている。

 

「い、いや大丈夫」


 大和は急いでペンを握り直して、唾を飲んだ。

 懸念が手を重くする。

 しかしいまさら止めることなんてできるはずがない。自分が断っても、純連とクランを組んでしまっているのだ。


(……ああっ、もう!)


 自分の名前をサインした。

 ゲームに存在しなかった二人のクランに、自分の名前を連ねてしまった。

 書き終えたのを見計らって、琴海が紙を取った。


「では、このあとは手続きしてきます。活動は今晩から始めましょう」

「よろしくお願いします、ことちゃんっ!」


 書き込んだ紙を持った琴海の言葉に、純連が嬉しそうに頷いた。

 内心で漠然とした不安に包まれれつつ、大和も無理やりに笑顔を作った。


(これ、どうなるんだ……?)


 不安がったが、いまさら、動き出した物語を止めることはできない。



 物語の根幹に、ただの一般人である大和が組み込まれてしまった。

 誰も見たことのない、アルカディア・プロジェクトの物語が、始まってしまった。

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