第14話 転移者と進化の道筋
クランの結成書類を掲げた琴海に、純連が尋ねた。
「つまり、ことちゃんが、一緒にきてくれるということですか?」
「ええ。そういうことよ」
「……ところでクランって何ですか?」
純連は腕を組んで疑問符を浮かべている。何を言われたのか、よくわかっていない様子だ。
「クランを組むと、リーダーの権限で色々なことができるようになるんだ」
かわりに大和が説明した。
「いろいろ……というと?」
「例えば街に合法的に入れるとか、武器を持つことが許されたり、他にも国家魔法少女専用の施設が使えたりとか」
「おおっ、それはすごいです! 素晴らしいです!」
理解が及んだ純連は、ぱあっと表情を明るくした。
魔法少女の役割は基本的に街の防衛と攻略だが、後人の育成を言い渡されることもある。琴海もその名目で提出するつもりだろう。
ゲームでは、同じクランに所属させて経験値を吸わせるという、単にレベリングのための仕組みだった。興味を持ってこの世界で仕組みを調べたときは、その充実度合いに驚いたものだ。
「あっ、でも……それって、ことちゃんに迷惑をかけるんじゃ」
純連はまず、そのことを心配した。
クランを組むと言うことは、リーダーが、メンバーたちに責任を持つということだ。
だが琴海は、言い切ってみせた。
「そのくらいは構わない。あそこは、わたしの故郷でもあるわけですし、あなたの活動には意義があると思いますから」
琴海の故郷がこの土地だというのは、初耳だった。
しかし大和も、さすがに二度目は驚かない。幼なじみだという設定は知っていたので、当然だと受け入れた。
「もちろん、つきっきりになるわけにはいきまえん。今までよりも、あなたが活動できる日は少なくなると思うけれど」
「何の問題もないです! ありがとうございますっ!」
純連は心から嬉しそうに、手を握って、ぶんぶんと振り回した。
そんな様子を見守っていた大和だったが、しかし。
「でも、あなたは別よ」
「えっ」
急に、冷たく振られて、肩を揺らした。
純連に向ける態度とは全く違う。厳しい声色で、向かい合ってきた。
「事情は理解しました。でもあなたは、自分の身を守ることができないでしょう」
「それは……」
「何の縁もないあなたを監督する義理はありません」
――もっともだ。
その主張に、反論することができない。
純連が討伐に付き合ってくれたのは、底抜けのお人好しからくる親切心からだ。お互いに不法侵入者であったという点で、シンパシーを感じていたこともあるのかもしれない。
しかし、琴海にはそれがない。メリットもない。
「ことちゃん……」
「純連、あなたは口を挟まないで」
琴海は、お人好しの幼馴染を黙らせた。
純連は自分の身を守れるうえ、支援の魔法も使うことができる。
だが、スライム一匹倒すことさえ苦労する大和を連れて行くメリットは皆無なのだ。危険な目に遭えば、その責任を問われるのは琴海なので、デメリットしかない。
「もしも、どうしても外に出たいのなら、力をつけるか、他の正式な手順を踏んで」
身の程を弁えて生きろと、そう言っているようだった。
しかし頷けない。
(それじゃあ、だめなんだ)
この世界に安全な場所なんて存在しないと、知ってしまっている。
守られている地域だろうが、盤石な校舎にいようとも、命の危険がつきまとう。ストーリーを面白くするためという理由で、理不尽なことが起こるのだ。
自分の命は、自分で守らなければならない。
(……待てよ)
不意に、脳内に閃光が走った。
とある可能性が、頭の中に浮かぶ。
これならいけるかもしれない。
唇を噛んでいた大和は視線を上げた。
「待ってくれ!」
万が一、このチャンスを逃したら、取り返しがつかないことになる。
「まだ、他になにか?」
「頼む。俺を連れて行ってくれ。きっと役に立てるはずだ……!」
自分を手で示して、主張した。
この期を逃せば、死を待つだけの日々を迎えてしまう。それだけは、死んでも御免だ。
焦りが、大和に新たな"嘘"をつかせた。
「何を言っているのかしら。そもそも――」
「俺の"魔法"は、魔法少女の正体を見抜くだけじゃないんだ!」
「……どういうことかしら」
琴海は胡散臭そうな目だ。
この土壇場で新しい情報が出てくるなんて、ありえない。どう考えたって怪しい。
それは大和もそう思うし、純連もどうなるのかと、オロオロと様子を見守っている。
こうなったら"
「魔法少女には、まだ誰も知らない"力"があるって言ったらどうする」
――"嘘"の価値は、本物だ。
それなら、大丈夫。
大和は心臓を大きく鳴らしながら、自分の心を支えつつ、二人の反応を待った。
「何を言っているのか、わかりません」
ため息を吐いて、呆れ顔になる。
まったく信じていない否定的な反応だ。
「実力を上げるためには、ひたすら努力を積み重ねるしかない。魔法も同じことです。強くなるための抜け道なんてありません」
「いいや、ある!」
「そんなこと、どう信じろというのですか」
「でも、正体を見破る魔法だって、聞いたことがなかっただろ」
今度は、琴海が沈黙した。
少なくとも、一瞬で正体を見抜かれたこと、は確かな事実だ。
しかし、正体が一般には知られていないとはいえ、知っている人間は皆無ではない。そこから何らかの事情で伝わってしまっていた可能性だってある。
だからこそ、疑り深い表情は変わらない。
「あなたが、わたし以上に"魔法"について理解しているとでも?」
「……少なくとも、強くなる方法は、教えられる」
大和は、真っ向から魔法少女と感情をぶつけるように睨みあった。
「それなら、今、その価値を示してもらいましょう」
「えっ……今?」
「おう。強くなれるというのなら、一体何をすればいいのか、今ここで話しなさい」
一転して命令口調で尋ねてくる琴海。
だが、とりあえず話を聞いてくれるらしい。
大和は息を呑んだ。
こうなれば、もう引き返せない。
「昨日。純連と一緒に討伐に向かったときに、これを拾ってきたんだ」
覚悟を決めて、ポケットに手を入れて、ものを取り出した。
「その黒い石は……」
「あの時の、レッドスライムの核の破片ですか……?」
大和が指でつまんだのは、黒色に輝く石ころ。
魔物がドロップするアイテム――『スライム核の破片』である。
理解できないという目で見られる。
「魔物の死骸なんて拾ってきて、どういうつもりですか」
「魔法少女が強くなるためには、これがたくさん必要になるんだ」
「……意味が分かりません」
「例えば、純連が強くなるには……『ゴブリンの首飾り』とこれが五十個づつ必要になる」
「へっ。純連の話ですか?」
自分の話になると思っていなかったのか、自分自身を指差した純連は、間の抜けた表情を浮かべた。
琴海は、まだ黙って話を聞いていた。
「それほど大変な量じゃないはずだ。集めれば、俺が言ってることが正しいって分かる」
「…………」
「他の魔物も、倒したら、何か決まった"もの"を残すんじゃないか? それを適切に使えば、きっと魔法少女は強くなれる……そういう情報がわかるんだ。それなら、連れて行く価値もあるだろう」
言い切った大和は、息を吸い直したあとに、じっと睨み合った。
(さあ、どうなる……?)
無言の時間に唾を飲む。
目をつけられた以上、二度と同じように、勝手に外に出ることはできない。
この機会を逃したらレベルアップのチャンスは失われてしまう。なんとか見つめ返すのが精一杯だったが、それだけはやめなかった。
「……そこまで言うのなら、一日だけ保留します」
琴海のほうが早く折れた。
「いったん信じましょう。証明するために、それを集めてくればいいのね」
「ああ」
「その程度なら問題ありません。明日。この部屋で会いましょう」
「あ、ことちゃん、待ってください……!」
琴海はクランの書類を持って、颯爽と教室を去っていった。
それを、純連が追いかけていき――去り際に、心配そうに大和を見た。
しかし大和が何も言わない様子を見て、そのまま追いかけていく。
「大丈夫……俺は、やれるはずだ」
大和は、生き抜くために、必死で戦わなければならなかった。
嘘をついてしまったことで湧き上がる罪悪感を、胸を抑えて、必死でこらえた。
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