第13話 転移者と尋問
京都の北の山中。
ぽつんと設立された国立桜花学園が、軽快に昼休みの鐘を鳴らした。
この時間になると、学生はいっせいに食堂に向かうか、あるいは用意してきた弁当を広げて談笑をはじめる。
だが、大和は浮かない表情だった。
「絶対、まずいことしちゃったよな。ああ、どうしよう」
食堂に向かうことなく、たった一人で真逆の方向に向かう。浮かない表情で、頭を掻き毟っていた。
(俺のせいで、サブストーリーがめちゃめちゃになってる……)
大好きだったキャラクターに、助けを求めたまではよかった。しかし、そのせいでストーリーが破綻しかけている。
追い込まれて、焦りを感じていた。
破綻させたストーリーとは何なのか。
実は、魔法少女である純連にも、専用のサブストーリーが用意されているのだ。
純連は、この街に平和を取り戻すために戦う魔法少女だ。
国に属さずに戦っている理由は、ゲームでは明かされなかったが、ともかく魔物を狩り続けることに尽力していた。
主人公の"青陽緑"に、その様子を見られて、そこから幼馴染みの七夕琴海と再開して仲を深め、最後には強敵を倒して終了となる。
正直言って、かなりありふれた、作り込まれていないストーリーだ。
そしてこの世界でも、その通りに物語が進行すると思っていた。
しかし、そうではない。
(純連と琴海が先に出会うって、どうなるんだこれ……?)
すでに、ゲームと同じストーリーにならなくなっている。純連の魔法少女引退の危機を引き起こしてしまったのだから、もう落ち着かない。
どうなってしまうのかわからないのが、何とも怖すぎる。
「はぁぁ……何とかなるかな……」
待ち合わせ先では、すでに純連と、琴海が待っているはずだ。
一体何を言われるのだろう。
大和は”魔法”を使えるなんて嘘もついているし、後ろめたいこともしている。
ゲームのキャラクターである彼女達を、どれほど誤魔化せるのか。
どこまでストーリーを修復できるのか。
敵対せず、なんとか説得して、収まる形に持っていかなければならない。
「ここか……」
呼び出された場所は、誰にも使われていない空き教室だ。
桜花学園では、多くの入学生を受け入れるために、空部屋を整えて教室を増やしている。ここもそんな場所の一つだ。廊下にはまったく人の気配は感じない。秘密の話をするには、もってこいの場所だ。
「失礼します……」
気が進まないまま、大和は扉を開けた。
椅子と机が積まれるだけの、何もない部屋に二人は待っていた。
「来ましたね」
「待っていましたよー!」
画面越しの美少女達は、全く違う反応で、揃って声をあげた。
琴海は昨日と同じく冷たい視線を向けてくる。一方で純連は、無邪気に手を振って出迎えてくれた。
あまりに対照的な性格の二人が、友達であることが不思議だった。
「早速ですが、話を聞かせてもらいます」
「はあ……」
大和が扉を閉めるのを確認すると、琴海は書類を机の上に置いて、冷たく尋ねてくる。
「まず、あなたは何者ですか」
いきなり、核心を突いた質問に、大和は一瞬喉が詰まりそうになった。
態度を表に出さないように気をつけながら、慎重に、しらばっくれる。
「……どういう意味だ?」
「一介の新入生でしかないあなたが、いきなり無断で外に出て魔物狩りに行くなんて、普通じゃないでしょう」
もっともな疑問だ。
(どう答えようか……)
大和も、自分が怪しまれていることは承知していた。しかし、いざ面と向かって聞かれると、うまい返答が思いつかない。
仮に『あなたたちはゲームの登場キャラクターです。私はそのプレイしていたから知っています』なんて、正直に言ったら終わりだ。
頭がおかしいと思われるか、百歩譲って、信じられたとしても、その先が怖くて想像できない。
「どうして、魔物狩りという危険な行為を、進んでやったのですか」
そんな内心とは無関係に、琴海は語気を強めて、詰め寄ってくる。
しかし、真実を話すわけにはいかない。
強気で言い返した。
「だって、そのくらいは当たり前だろう」
「当たり前……ですか?」
予想外の返答だったのか、意図を読み切れない琴海は、聞き返した。
「ああ。魔物に襲われたときに対処できなきゃ、生きていけないからな」
「この場所は守られています。魔物が入ってくることはありません」
「でも、それだって絶対じゃない」
「…………」
琴海は何かを言いかけて、口をつぐんだ。
大和が語ったのは理由の全てではないが、少なくとも嘘偽りは述べていない。
モブキャラクターの運命を回避するために、魔物狩りに行ったことは事実なのだ。
きっと、彼女達はこう考えるだろう。
この世界は一度、魔物によって蹂躙され、多くの犠牲を払っている。
今でこそ、魔法少女の活躍で押さえ込みには成功しているものの、戦いの渦中で心に傷を負った者は多い。
「それは……いえ。あなたの事情は分かりました」
思惑通り、それ以上の追求をしてこなかった。
納得はしていない。
渋々、という風な態度で受け入れた。
「強くなって、どうなりたいのですか?」
「自分の身くらい、自分で守れるようになりたい……そう思っているよ」
「そうですか……」
こんな場所で死ぬわけにはいかない。
何より死にたくない。
考えているのは、ただそれだけだ。
「ですが、その願いを叶えるわけにはいきません」
大和の想いを、琴海は受け入れなかった。
「ことちゃんっ!」
「今、わたしが見逃しても、いつか誰かに見つかります。遅いか早いかの問題です」
反論しようとする純連を、琴海が遮った。
その断固とした態度に、思わず口籠って、そのまましゅんと落ち込んだ。
「もし見つかったら、あなただけの問題では済まなくなる。大勢の人に迷惑がかかる。そんな行為を、国家の魔法少女として見逃すことはできません」
「…………ああ」
大和に、弁明の余地はない。
すでに身勝手のせいで、すでに純連の物語を破綻させてしまっている。そもそも国家権力に逆らう意思があるはずもなく、ここで食い下がる気は毛頭なかった。
頼らずに、せめて一人で魔物と戦って、レベルアップを目指せばよかった。
いまさらな後悔の念を抱いていると、琴海は意外な提案をしてきた。
「もし、外で戦いたいのなら、正式な許可を取りなさい」
「えっ……?」
大和は、驚いて顔を上げた。
「真っ当な方法をとるなら、何も言うことはありません。純連、あなたもです」
「で、ですがことちゃん、許可なんて取れませんよ……」
純連はさっきまでと違って、少し弱気な態度であった。
「申請したら、正式な魔法少女として登録されてしまいますし……」
「…………」
「そうなったら、今までのような活動は、できなくなってしまいます」
「そうね。同じ場所にとどまって、討伐活動をすることはできないでしょう」
大和と事情は違うが、純連も、非合法で活動している立場だ。
国家の魔法少女になれば、今までのような自由がなくなる。
だからこそ正式な活動を拒んできたのだ。
「でもそれなら、どうやって……?」
純連の疑問に対して、琴海は机に置いていた紙を掲げてみせた。
それが何なのか、大和はいち早く理解した。
「それって、まさか……!」
琴海が見せつけたそれには”クラン申請書”と書かれていた。
それを驚いたように見る二人を前に、告げてくる。
「もし今後も活動を継続したいのなら、わたしを納得させなさい」
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