第12話 転移者と魔法少女シリウス


 大和達の前に舞い降りた水色の少女は、星のように美しい衣装を纏っていた。

 純連のような、神聖さと可愛さを引き立てる装いではなく、美しさを追求した洗練されたデザインだ。


「どうして、こんなところに一般の人がいるのか、教えなさい」


 彼女は、大和だけを敵視するように、厳しい眼で睨み付けてくる。

 魔法少女である純連も動揺していた。

 

「私は、剣の魔法少女――シリウスよ」


 懐から手帳を取り出して見せてきた。

 ゲームで見たデザインと同じだ。表紙には、国防省の表紙が記されている。

 それは純連が持っていない、国家から認可を受けて戦っている証だ。


「ど、どうしましょう……あわわっ」


 純連が、目を丸くして焦っているのは、まずいところを見られたことを分かっているからだ。

 こちら側は、違法行為の真っ最中。

 完全に油断しきっていたところだった。


(待て。待って、こんなイベント、ゲームにはなかっただろ……!?)


 大和も、純連以上に大焦りしていた。

 彼女――『シリウス』のことはゲームを通して知っている。しかし、こんな場所で『八咫純連』と出会うイベントはなかったはずだ。


「ここは立ち入り禁止の、危険区域であることは、分かっているはずです」

「…………」


 正確に詰められて、二人とも黙り込んでしまう。


「ここは、一般人がくるような場所じゃない」

「そ、それは、やむにやまれぬ事情がありましてっ……!」

「違法行為だと認識している以上、どんな理由も、言い訳にはなり得ません」


 彼女は、大和の弁明を受け入れる気はなく、言葉を打ち切った。


「許可を得ているというのなら、その証を見せなさい」

「……ありません」


 そんなもの、持っていない。

 本来であれば、この場所に立ち入るには、国の許可と申請が必要だ。

 しかし純連は国の認可を受けていないため、それを持っていない。裏の雑木林の抜け道から、こっそり忍び込んでいる大和は、言わずもがなだ。


(や、やばい。こんな展開考えてなかったぞ!)


 大和は、とんでもないことになったと、内心でひどく恐怖した。

 知らない展開が始まってしまったことも気がかりだったが、それよりも、このままでは自分は逮捕されてしまうかもしれないことのほうが重大だ。

 ゲームの世界だったとしても、逮捕されて前科がついたらおおごとだ。

 さらに、そこに純連も巻き込んでしまったというのなら最悪だ。償っても償いきれない。

 

「今すぐに立ち去りなさい」

「ま、待ってださいっ!」


 純連は、初めて出会った水色の魔法少女に、手を伸ばして訴えかけた。

 だが彼女は振り返り、冷たく突き放す。


「ここ最近、この一帯で一人で魔獣狩りをしているのは、あなたですね」

「え、どうしてそれを……?」

「あなたの行動は察知していました。何か目的があるようですが、今後、その行為は許しません」


 今日、この場に自分が姿を現したのは偶然ではない。

 二度目は見逃さない。

 彼女は暗に、そう言っていた。


「二度と、この場所で出会わないことを願っています」


 それは魔法少女・八咫純連にとって、死刑宣告に等しかった。

 手が震えている。

 彼女は明るさと、元気さが取り柄の魔法少女だが、ゲームで見せた明るい表情も、楽しげな雰囲気もない。

 

『ここが――この街が、純連の故郷なんです』


 ついさっき、寂しそうな表情を浮かべて、そう教えてくれたことを思い出した。


 八咫純連は物語フィクションの存在であり、そのストーリーも架空のものに過ぎない。

 だが、今はこれが現実の世界。

 この世界が、作中で語られなかった要素も詰め込まれた世界なら、これは致命的な事態だ。

 純連はもう、活動ができなくなってしまう。

 最悪の場合、大和ごと"アルプロ"の物語から追放されてしまいかねない。


(俺のせいで……っ!)


 物語に介入した、大和のせいだ。

 純連が、国に通報されるなんて、ゲームのストーリーにはなかったが、今はありうる。


「待ってくれ……!」


 彼女を庇うために、とっさに体が、口が動いた。


「あなたの言い分を聞くつもりはありません」


 だが、当然のように彼女は、大和の言葉に聞く耳を持つはずがない。

 だから――

 知り得ない、"ゲームの知識"を使ってみせた。


「待ってくれ、七夕琴海・・・・っ!」

 

 意図的だった。

 その名前で、彼女を呼び止める。


 背を向けていた魔法少女シリウスは足を止めて、それを聞いた純連にも、変化が起こる。

 目の前の水色の少女を信じられないように見て、つぶやいた。


「ことちゃん……なんですか?」


 まるで親しい人間の名前を呼ぶみたいに、気安いあだ名で、彼女を呼んだ。


「…………」


 魔法少女シリウスは反応を見せない。

 しかし純連が近づいて、手が触れる前に、彼女は振り返った。


「やっぱり。あなたは、ことちゃんなのですか?」

「っ……ち、違うっ」


 シリウスは、近づいてくる純連を振り払う。

 びっくりしたように手を引いたが、今度は引き下がらなかった。


「その喋り方、間違いないです……ことちゃんです。そうですよねっ!?」

「…………」


 大和の一言をきっかけに、純連は、少しづつ確信を得た。

 それを見て歯噛みした彼女は、キッと鋭い視線を大和に向けて、睨んだ。


「なぜその名前が、そこで出てくるの」


 怒りの篭った強い声だが、先程のような冷静さは感じない。美少女顔に、優しい雰囲気はなかった。

 般若のような表情を浮かべたシリウスは、困ったように戸惑う純連を無視して、大和すぐ傍まで迫ってくる。

 今にも胸ぐらを掴みかかりそうな剣幕だ。


「答えなさい。なぜ、あなたから、その名前が出てくる……!」

「そ、それは、その……」


 大和は唾を飲んで、体が震えそうになるのを堪えて、反論しようとした。

 

「違うんです! 待ってください、ことちゃん!」


 肩を掴んで、暴力的になろうとする彼女を、純連がいさめた。


「っ……やめなさい! わたしは、そんな名前じゃ……」

「その人は、魔法少女の正体を見破る魔法が使えるんですっ!」

「何ですって?」


 純連は真剣に訴えていた。

 その返答は、全く予想していなかったものだ。

 徐々に、毒気を抜かれたように感情を落ち着かせていく。


 やがてシリウスは、腕を下げて、目を瞑った。


「あ……」


 次の瞬間、全身が光り輝いた。

 あまりの眩しさに、二人とも目元を覆う。


 光が収まった後に目を開けると、そこに桜花学園の制服を着た、絶世の美少女が立っていた。

 髪の色も服装も、さっきと変わっている。

 どう見ても普通の学生である彼女を前に、純連は、今度は迷わなかった。


「ことちゃんです!」


 純連は、ゆっくりと目を開いた彼女に、嬉しそうに飛びついた。

 ぎゅっと。両腕で細い体を抱きしめる。

 先ほどまで、あんなに冷たく振る舞っていた彼女は、困ったような表情で受け入れて、ため息をついた。


「まさか、そんな理由で、正体が暴かれるなんて」


 彼女は本当に疲れたように、ため息をついた。

 さっきまで流れていた冷たい空気は、今の二人の間には皆無だ。お互いに旧知の仲のように振る舞っていた。

 

「本当に、お久しぶりです! ずっと会いたかったんですよ!」

「……ええ、久しぶり」


 隣で、蚊帳の外で様子を眺めている大和はというと。


(よ、よかった……何とかなった、のか……?)


 ”アルプロ”の知識があったおかげで、乗り切れた。


 彼女こそ、八咫純連と関わりのある、唯一の人物。

 七夕琴海は、作中のメインストーリーで活躍する、"主人公組"の一人だ。

 そして魔法少女シリウスの正体でもある。


 シリウスはしばらく、じゃれてくる純連の頭を撫でていたが、しばらくすると、胡散臭そうな視線を向けてくる。


「魔法少女の正体を見破る魔法なんて、聞いたことがないけれど」

「え、ええっと……」


 その的確な追求に、大和はたじろいだ。

 魔法少女シリウス――七夕琴海は、かなり訝しんでいる態度だ。しかし、自分の方から追求をやめた。


「……まあいいでしょう。それは一旦置いておきます」

「ほっ」

「ですが正体が分かっても、今あなた達がやっているのが、違法行為だという事実は変わりません」

「うっ」

「ううっ……」


 しかし安心したのも束の間。

 今まで嬉しそうだった純連も、痛いところを突かれて、胸を抑えた。


「とにかく今日は帰りなさい。明日また、詳しい話を聞きにいきます」


 じっと二人を交互に見つめたシリウスは、呆れたようにため息を吐いた。


「ことちゃん……!」

「わたしは、この後も仕事が待っていますから、行かせてもらいます」

「あっ……」


 純連が、呼び止めるまもなかった。

 シリウスは制服姿のまま、人間ではあり得ない跳躍で堤防の柵を飛び越える。

 僅かな間に、その姿を消した。


「……行ってしまいましたね」

「ああ……」


 二人とも、この展開についていけない。

 水音だけが響く寂しい河川敷に、呆然としたままとり残された。

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