第11話 転移者と初戦闘


 バットを構えて、震える手で強く握り直した。

 大和の前には、架空の存在でしかなかった魔物が存在している。できるだけ足音を立てないように、二匹のスライムに近づいていった。


 ――だが、しかし。

 急に、今までは風で震えていたスライムが動きを止めて、息を呑んだ。


「っ!?」


 気づかれただろうか。

 大和も足を止めて息を殺したが、もう遅い。

 彼らに顔はない。しかし大和のほうに視線を向けたように感じた。

 尺取虫のような動きで、どちらも大和のほうに近づいてくる。だが、そのスピードは亀の歩みより少し早い程度で、脅威ではない。


「う、おおおおっ!」


 大和は、恐怖を誤魔化すために叫んで、バットを振り上げた。

 大丈夫だ。思い切りやれば倒せる――!

 足元まで這いずってきた一匹に、思い切り振り下ろす。

 だが、ぐにっと柔らかい感触が伝わってくるだけで、大した手応えはないまま、弾力に弾かれる。まるでゴムボールを殴って跳ね返されたみたいな手応えのなさを感じ、バットは勢いよく明後日の方向に向かった。


「かった……!?」

「もっと、力を込めて振って大丈夫ですよー!」


 後方から、呑気なアドバイスが聞こえてくる。

 あっさり潰して、倒せるのではないかと思っていたのに、想像以上に硬い。

 朱色のスライムは、相変わらず迫ってくる。

 いったん退いて距離をとり、もう一度構え直した。


「おおおおおおっ!」


 力加減は分かった。

 地面の反動なんて一切考慮しない。

 今度は、さっきよりも力を込めて思いきり、バットを地面に叩きつけた。


 スライムは大きく凹んで、身体を曲げた。

 柔らかい感触に、弾かれそうになるが、その前に。

 パキン――と。

 水晶玉を割ったような感覚とともに、手応えが消失する。


「うおっ、と、と、とっ」

「ちょっ……!? 危ないですよっ! 下、下ですっ!」


 勢いがつきすぎてバランスを崩し、残ったスライムに顔を突っ込みかけた。

 かろうじて足をついて体制を整え直す。


「要領は、わかった……おらっ!」


 力加減はわかった。今度はさっきよりも迷いなく、容赦無く振り下ろすことができた。

 スライムに、回避するすべはない。

 衝撃を吸収しきれずに、またも的確に核の部分を撃ち抜かれた。

 同じくガラスが割れるような音を響かせると、どろりとした嫌な感覚のあと、手応えも消失する。粘液は白い光に変化して、大和の目の前で消えていった。


 そのあとに、さっきまでなかった黒色の石ころが残った。

 

「これは……?」


 地面に、ぽつんと残された小さな塊を、しゃがんで観察する。

 石ころは、黒曜石にも似た妖しい輝きを放っていた。


「それは、スライムの核ですね。もう触っても大丈夫ですよ」

「ああ……そういうことか」

「?」


 納得する様子を、純連は不思議そうに見つめた。


 純連はわかっていないようだったが、なるほど、これは要するにドロップアイテムなのだろう。

 ゲームでも、敵を倒すことで、進化素材をドロップするシステムがあった。

 とりあえず拾っておこう。

 大和が二つの欠片を拾い上げてポケットにしまうと、純連が首を傾げた。


「持って帰るんですか?」

「え、ああ。もったいないし」

「一応、魔物の死骸ですが……」


 なぜ反応が微妙なのか不思議だったが、なるほど、そういうことか。

 どうやら、これが進化素材だということは知らないらしい。構わずにしまった。

 大和が、ようやく息をつくと、純連が尋ねてくる。


「初めて魔物と戦ったわけですが、どうでしたか」

「案外戦えるなって感じだったけど……スライムは最弱の魔物なんだよな」

「そうですね。スライムに苦戦しているようでは、この先が思いやられます」

「うう……」


 純連の物言いは、はっきりとしたもので、大和は落ち込んだ。

 アルプロの中で最弱の魔物に、苦戦してしまうような有様では、到底"死亡イベント"を回避できないだろう。

――その事実が、再確認できてしまった。


「このあたりを普通に出歩けるくらいには、強くなりたいんだけどな……」

「だとすると、まだ先は遠いですねえ。まったく修行が足らないですよ」

「いや、足りないって、始めたばっかりだけど……」


 大和の言葉を無視して、ふふん、と胸を張った。


「心配しないでください。初めてなんて、そんなものです。純連も初めてのときは苦戦してしまいましたから」

「そうなのか?」

「はい。難しいことは考えずに、とにかく数をこなすことがいいはずです! そのほうが強くなれる気がします!」


 知ってか知らずか、純連は大和と同じ方針を掲げていた。

 無意識だろうが、経験則でレベルアップのことを知っているのかもしれない。

 

「今更なんだけどさ、こんな初心者に付き合ってもらっていいのか?」


 次の魔物を探しに行こうとした純連に、つい聞いてしまう。


「心配しなくても、大丈夫です。スライムは放っておくと勝手に増えてしまうので、定期的に倒さないと面倒なんですよ」

「そうなのか」

「そういうわけなので、引き続きスライムの掃除にいっちゃいましょう!」

「お、おおー!」


 純連と大和は、二人で腕を上げて、河原を歩いて行こうとした。




 その時のことだった。


「待ちなさい」


 空から感情のない声がかかった。


「へっ……?」

「え、なんだ。どこから声が……」


 急に聞こえてきた甲高い声に、二人とも戸惑った。

 相手の姿を見つけたのは純連のほうで、真っ先に声をあげた。


「だ、誰ですかっ!?」


 空から降りてきたのは、まったく見知らぬ相手だった。

 相手は剣を携えた、魔法少女。

 純連には、全く心当たりがない様子だ。


「お前は……」


 大和の前で、"彼女"の水色の滑らかな髪が、夜風になびいた。

 純連の和装とかなり異なるものの、フリルのついたミニスカートと、ドレスのような特殊な洋装を纏っている。

 纏っている独特の雰囲気が、彼女が”魔法少女”であることを示していた。


「あなたたちを、この先に行かせるわけにいきません」


 道を塞ぐように、立ちはだかった彼女は、まるで清水のような澄んだ瞳を向けてきた。


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