第8話 転移者とお人好しの魔法少女

 憧れの美少女と『二人きりで帰宅』という、誰もが切望してやまないイベントの当事者になった大和は、いたたまれない居心地の悪さを感じていた。


 少し前の自分であれば、最高のシチュエーションに血涙を流して悔しがっただろう。

 だが素直に喜べない。鳥居大和は"アルプロ"のいちゲームユーザーでしかないのだ。

 一方的に知っているだけの間柄なのに、そんな気持ちを抱いていることがバレたら、気味が悪がられるだろう。

 だから感情を隠そうとするのだが、それで相手もどう接していいのかわからず、困った様子だ。

 しばらく談笑するような空気にはならなかったが、やがて彼女が口火を切った。


「このあたりまで来れば、もういいでしょう」


 通学路から少し外れた細道に入ったあたりで、足を止めた純連が振り返る。

 大量の緑色の落ち葉が、絨毯を作っている。学生はこんなところに足を踏み入れないため、かなり荒れ果てていた。


「では、聞かせてもらいますっ!」


 そして、ふたたび美少女は、大和へと詰め寄っていく。

 身を引いて、聞き返した。


「えっと……今度は何を?」

「決まっています! あなたのことですよ!」


 少し憤ったような雰囲気で、ビシッと大和を指さした。


「純連はあなたのことを知りませんし、あなたも純連のことを知りません。秘密を作ったもの同士、お互いを知るべきです!」

「そ、そうなのかな……?」

「はい。なのでまず、あんな危険な場所に一人でいた理由、聞かせてください!」

「そ、それは」


 大和は、言葉に詰まった。

 話を濁そうと、後ろ手で頭を掻きながら視線を逸らそうとする。


「話せないのですか?」

「…………」

「……純連は心配しているんです。あなたからは、とても危ない感じがします」


 気遣うような言葉を受けて、ようやく自分がどのように思われているかを理解した。

 あれは今思い出せば、完全に自殺行為だ。

 魔物の出る危険な街に、死んだ目で、素手で入りこんだのだ。ともすれば、自分の命を断つための行為だったと思われてもおかしくない。


 しかし、そこに至るまでの事情が突拍子もなさすぎて説明できず、何も言えなかった。

 どうしたものかと、大和も頭を悩ませた。


(夢かどうか確認するため、会いにいった……なんて)


 そんなの絶対に、理解されない。

 というか、事情を全て知っていても、返答に困るしかない理由だ。


 画面越しの美少女は、優しかった。

 嬉しい。何年も、優しい言葉をかけられていなかった大和は、涙が出そうなほどに感激している。

 だが、だからこそ何も返事ができないことに、心が痛んだ。


「もう危ないことはしないと、約束してくれませんか?」

「いや……それはできない」

「うぇぇっ!?」


 純連は、びっくりしすぎて変な声を出した。いまのは諭される流れだっただろう、という顔だ。


「ダメです、死んでしまいますよ!」


 腕まで掴んで引きとどめて、思いとどまらせようとしてくる。

 罪悪感はあった。

 しかし、これだけは譲れない。


「強くならなきゃいけないんだ」

「えっ……」

 

 強く、はっきりとした口調に、腕を掴んだまま固まった。

 背の低い彼女は少しの間、目を丸くする。


「強く……ですか?」


 ぽつりと理由を聞きたげに、言ってくる。


「一番弱い魔物を相手できるくらいには、ならなきゃいけないんだ」

「どうして、戦う必要があるのですか?」

「…………」


 ある……しかし、素直に答えられない。

 未来を知っているからです、なんて言えないからだ。

 そのうえ、死にたくないから経験値を積んで、レベルアップするために戦うのだと告げたらどうなるか。

 絶対に、引き留めにくるだろう。

 できることなら、目の前の少女と仲違いはしたくない。しかし正直に言えもしない。

 

「純連は、危ないことをする人を止めなければいけません」


 結局、反論できない以上、反対するのは極めて当然のことだ。


「このあたりでは一番弱い魔物に苦戦していたあなたでは、危なすぎます。魔法少女として見過ごせません」

「う……」

「それに、あなたが"外"で死んでしまったら、純連はとても困ることになるんです」


 唸る純連に、聞く。


「困るって……どうして?」

「人が死んでしまったとなれば、警備が厳重になってしまいます。それに、一般の人を守るのが魔法少女の役目です」

「正式な魔法少女じゃなくても……?」

「たったしかに……いえ。純連も、気持ちはちゃんとした魔法少女なんです!」


 純連は、少し顔を赤くして怒った。

 彼女は正式なこの地区の住人ではあるものの、国に認められた"魔法少女"ではない。

 魔法には目覚めたものの、とある事情から、内緒で魔物討伐に従事している、いわば裏・魔法少女。お互いに、警備の人間に見つかると困るのだ。


「絶対に、外に出るなってことか」

「そうは言っていません。理由を話してくれれば、純連だってちゃんと考えます」


 純連は腕を組んで、大和の言葉を待った。

 どうしようと、悩んだ。

 正直に事情を話して、自分の"経験値稼ぎ"を手伝ってもらうのが一番いいはずだ。

 しかし正直に話せなかった。


(だって、どう話せばいいんだ)


 口をつぐんで俯く姿を見て、純連は確認してくる。


「どうしても、言えませんか」


 言いたいが言えない。

 そんな状況に、もどかしさを覚える。

 落ち込む大和を見て、息を吐いた。


「ごめん……でも、強くならなくちゃいけないんだ。どうしても」

「魔物と戦うことが、それに繋がるのですか?」

「ああ、そうだ」


 頷いた。

 すると純連も考え込んで、周囲を静寂が支配する。


「その気持ちは、わからないわけじゃありません」

「えっ?」


 聞き間違いだろうか。

 しかし、純連は間違いなく頷いている。


「この学園に来る人は、自分なりに、何か努力しようとしている人ばかりです。あなたもそうなんですよね」


 桜花学園への入学は強制ではない。

 魔法の才能という切符は持っていても、拒否することも可能だ。その場合は一般人とみなされ、魔法の使用禁止を言い渡されるが、それを選択する人も決して少なくない。


 一方で、学園に来る学生は、何かしらの理由を抱いている。

 安定をとらなかった理由はさまざまだが、純連も、大和をその"理由を持ってやってきた"一人だと思ったのだろう。


 実際は、いつの間にか来ていたというのが正しいのだが、黙っておくことにした。


「確かに、自分の身を守る力をつけるのは、重要なことです」

「ああ」

「どうして一人で街に出たのかは、純連にはわかりません。それしかなかったのですか?」

「それしかないと思って、ここに来た」


 学校で行われる訓練では身につかない。

 経験値は、魔物からしか得られないためだ。


「それなら、こうしましょう」


 純連は指を立てて、ある提案をしてきた。


「少しの間だけ、純連があなたをサポートをしてあげます!」

「え、サポート……?」

「魔法少女が一緒についていってあげるということです。それでも目的は果たせますか?」

「多分……ある程度は、なんとか」


 序盤のレベルアップは早い。

 魔物をある程度討伐すれば、自分も一人で街に出ても怪我をしない程度に、強くなれるはずだ。

 だが、その序盤は、命の危険が大きすぎると思っていた。

 彼女のほうから護衛を申し出てきたのは、願ってもみないことだ。


「でも、どうしてわざわざ……?」

「このまま放っておいたら、あなたは外に出ないでいてくれますか?」

「そ、それは」

「そういうことです。身を守れるくらいに強くなるまで、お付き合いします」


 ふふん、と自信ありげに胸を張る。

 大和は、何かを言おうと手を伸ばして、しかし言葉が出てこなかった。


「でも、それって大変なんじゃ……」

「純連は、人を守ることは人一倍得意なんです。魔法の練習にもなりますから、ちょうどいいです」

「そんなによくしてもらうなんて、申し訳ないよ」

「純連がやりたいからやるのです。気にしないいでください!」


 自分を癒してくれるだけだった二次元の相手は、この世界の"邪魔者"であり、足手まとい確定の大和を受け入れる姿勢だ。

 胸元に手を置いて、にやりと不敵に笑った。

 

「純連は、最強の魔法少女になるんです」


 大和は純連だけを見つめた。

 その姿と言葉は、ゲーム内で見たことがある、彼女のものと同じであった。


「あなたを守るくらい、負担にはなりません!」


 自分の能力、強さを、まるで疑っていなかった。

 不遜で、可愛らしいそのポーズを見た大和は、喉から音が溢れさせる。

 ほんの僅かに胸が痛むのを感じた。



 ――弱すぎだろ、このキャラクター。



 心ない、SNSの書き込みが頭をよぎる。

 表情に出てしまいそうになるのを、必死におさえた。


「……もしかして、疑ってますか?」

「えっ」

 

 じとーっ、と疑わしげに見つめてくる純連を見て、大和は我にかえる。

 一瞬、思考が飛んでいたことに気づいて、慌てて首を振った。


「そ、そんなことないっ! お前が、弱いはずないだろっ、絶対!!」

「おおっ!?」


 躍起になって否定する大和にびっくりしたように、純連が身を引いた。今の剣幕に押され、逆に一歩後ずさる。

 それを見た大和は、さっと顔を青ざめさせた。


「ご、ごめん。急に叫んで……」

「あ、いえ……なんだか思っていた反応と違いますが」


 まあいいです、と、こほんと咳をして気を取り直す。

 制服姿の彼女は、あらためて大和に手を伸ばした。


「では今日からその依頼、純連が受けましょう!」

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