第7話 転移者と現世の追憶
長かった入学式が終わり、学生たちは緊張した雰囲気で体育館を退出していく。
新学期の始業式といえば、これから始まる学生生活への期待感で満たされる時間だ。しかし浮ついた雰囲気はどこにもない。
皆が神妙な顔つきで、雑談もないために、足音ばかりが聞こえてくる。
「ふぅ……きつかった」
社会人経験を積み、ブラック企業を経験している大和でも、きつい時間だった。
ここは普通の学校と違い、政府が直接に運営している特別な場所だ。"魔物"と戦う可能性のある少年少女への叱咤激励は、激しいものだった。
この場所が無くなれば、多くの犠牲が出ると考えれば、無理もないことだが、大変なことに変わりはない。
ゲームの設定も、いまはすべて現実。
頼みの綱である"魔法"の才能を持った相手に対する、当然の対応といえるだろう。
「……どうせ、ここはゲームの世界だ。俺には関係ない」
周囲の神妙な雰囲気とは対照に、大和はどこか白けた想いを抱いてしまう。
厳しい言葉の連続も、胸にささらなかった。大変だなあ、という想いを抱くだけで、あとは他人事だ。
前を見ると、明らかに男女比の偏った学生たちが廊下を歩いている。
ここが『作り物の世界』であるという想いは拭えないままだった。
「帰りたくないよな……」
居心地の悪さを味わっていても、大和はそう考えて、疲れたように息をついた。
もとの世界より、ここはずっとマシだ。
現実には、残してきた大量の仕事があるし、嫌いな上司からの罵声が待っている。そのことを考えると、戻りたいとは思わない。夢だったとしても、二度と覚めないでほしい。
「せめて平和な世界だったらよかったのに」
とはいえ、心中は穏やかではない。
例えば"アルプロ"が、ギャルゲーだったら、こんな苦労を背負うこともなかった。
せめてもの救いは、大好きなキャラクターである『八咫純連』に出会えたことだ。
彼女は、この世界特有の存在である"魔法少女"で、今の自分が助けを求められそうな唯一の相手だ。
迷惑をかけたくないという想いはあるが、死にたくないなら、頼るしかない。
早急に、対策を打つ必要があった。
(やっぱり"あのこと"を頼み込もう。俺だって、生き残るくらいなら、なんとかなるかもしれない……!)
モブキャラクターで生き残る道にも心当たりがある。その計画のために、魔法少女の協力が必須だった。
(もしゲームの法則が適用されるのなら、"レベルアップ"の概念があるはずだ)
レベルをあげれば、敵を倒せるようになる。
大和でもレベルがあがれば、この世界で生き抜くことくらいはできるだろう。理不尽なイベントで死ぬ可能性はぐっと低くなる。
「身を守れるようにならないとな」
そこまで方針が決まったところで、大和は自分の教室にたどり着いた。
開きっぱなしの扉から教室に入る。国から配布されたスマホを使い、生徒番号の書かれた座席表開いて、見比べた。
「あ」
「えっ」
ずっと考えていた相手。鞄を置いたばかりの八咫純連と、ばっちり視線が合った。
お前マジかよ、とでも言いたげな表情で大和を見ている。
「あ、あー……どうも」
突然の美少女出現に、動揺を隠せない。
しかし、それは相手も同じだったらしい。数秒間かたまったあと、とととっ、と小走りに近寄って聞いてきた。
「もしやあなたは純連と同世代で、同じクラスなのでしょうか?」
「うん……多分」
「そ、それは想定外です。そうですか、う、ううむぅ」
目を瞑って腕を組み、考え込んでいるような仕草を見せる。
大和も立ち尽くして、どうすればいいか分からなくなったが、それは相手も同じこと。
だが、何かをする前に、懐かしい音色のチャイムが鳴り響いた。
「時間だ。さあお前たち、十秒以内に全員席につけ!」
教室の扉が開いて、教師と思わしき人が入ってくる。
体育教師のような、厳しそうな雰囲気を醸し出している男だ。ギロリと、俺たちや、他の雑談している女子たちを一睨みすると、雰囲気が引き締まった。
「じゃ、じゃあまた後で……」
教師に目をつけられる前に、大和はそそくさと去っていく。
純連は何か言いたいことがありそうな様子だったが、しぶしぶ席に戻っていった。
「今から、朝のホームルームを始める。私が本クラス担当の――」
突然に始まったホームルーム。
しかし、大和はそれを全く聞かずに、これから先の未来を夢想した。
自分は、どうなってしまうのだろう。
悶々とした気持ちのまま、ホームルームの時間を過ごした。
初日はほとんど学校に関する説明だけで終わり、午前中のうちに解散となった。
先生が去っていったとたんに、彼女が大和の目の前に現れた。
「一緒に帰りましょう」
「えっ」
憧れの美少女、八咫純連からの誘いに、思考が停止する。
机越しに詰め寄ってくる。選択肢はない。喉が詰まりそうになりながら、頷いた。
(え、そんなの、タダでいいのか?)
アイドルと握手するのにお金を払う時代に、向こうから、二人きりの下校を申し出てきたことに大困惑する。
当然、ゲームだと知っているのは大和だけなので、少女は緊張したような反応に首をかしげるだけだ。
「も、もちろんっ」
運営に一銭もはらわずに、こんな神体験をしてしまってもいいのだろうか。
思わず舞い上がりそうになったが――
(バカ、何考えてるんだ)
首を振って、思考を打ち消した。
相手はアイドルじゃないし、運営もいない。気持ちの悪い考えを早々に処分した。
「たっぷり話を聞かせてもらいますからね」
「あ、ちょっと待って。まだ全然帰り支度してないって!」
「早くいきましょう、さあ!」
大和より先に教室を出ていった純連は、扉の向こうで待っていた。
少しどぎまぎしながら、大和も遅れて用意を終え、あとを追いかけた。
「…………あの子」
そんな二人を、物影から見守る視線があったことに、気づかなかった。
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