第6話 転移者と魔法少女の尋問


 大和が、自分がモブキャラクターであることを自覚して、絶望した。


 その理由は、ゲームのメインストーリーの構成にあった。


 アルプロの舞台は、日本とよく似た架空世界の京都だ。

 ある日、世界中で何の前触れもなく突然、空の上に暗雲の渦が現れる不可思議な現象が発生した。その雲の下で、"魔物"が発生するようになったのだ。

 国が"敵性生物"と呼ぶそれらは、ファンタジー世界の創作物達に、よく似た姿を象っていた。小鬼ゴブリンを始めとして、スライムやゴーレムなどの、多種多様な幻想生物が確認されている。


 そして、その全ての存在が、いっせいに人間に襲い掛かった。

 世界中の都市が瞬く間に制圧された。



 だが、どの国家も黙っていなかった。

 各地で軍隊が出動し、現代兵器を用いた、制圧作戦が実行される。

 防衛戦争は、人間と魔物との押し合いとなったが、無限に湧いてくる魔物の前に、各国は徐々に不利な状況に陥る。

 某国では核兵器も使われ、都市一つが焼き払われたが、それでも魔物が途絶えることはなかった。

 

 このままでは、世界が崩壊する。

 誰もがそう思った。

 だが、そうはならなかった。




『速報です。先日認定を受けた国家魔法少女が、東北地域で○○村の住人約二十名を救出して戻ってきました――』




 全世界で、"魔法"と呼ぶ力を持つ、少年少女が現れ始めたのだ。

 元々一般人であった若者達は、ある日突然に、魔物に対抗できる力を得たのだと口を揃えて言った。

 その魔法は、現代兵器以上の有効打を、魔物に与えることができた。


 魔物の勢力圏は押し留められた。

 しかし。強力な魔物を倒すにはまだ足りず、現在は完全な膠着状態に陥っている。





 物語の中心人物、主人公かつ、プレイヤーの代理人である"青陽緑"。

 彼は、特別な力を秘めた少年だ。

 ストーリーで数々の難敵を打ち倒し、仲間の危機を救っていく運命を背負っている。


 彼と、彼を取り巻く"魔法少女"たちが世界を救う。

 そんな世界に大和は来ていた。






 問題なのはこの先だ。

 この作品、美少女に焦点を当てているためか、男性のモブキャラクターに対する扱いが、あまりに酷い。

 立ち絵すらない彼らは、決まって、最悪の扱いを受けてきた。


『うぎゃああっ!?』

『ひぃっ、な、なんで学校に魔物がいるんだよぉ!』


 主人公達の邪魔になるような余計なことをしでかしたり、天災としか思えない理不尽な制裁を受けて、フェードアウトしていく。

 それは恐らく主人公以外の男キャラクターを立たせないためで、そのおかげで全ヒロインは主人公に恋心を抱くのだ。

 ユーザーは、モブが優遇されるストーリーなんて望んでいない。だからそれ自体に異論はない。

 しかし今、大和はその”モブキャラクター”の立場になってしまっている。


「……まずい」

  

 冗談ではない。

 この作品でモブになったのなら、訳のわからない都合で、唐突に死にかねない。

 安全地帯で魔物に喰われたり、ぺちゃんこに潰される未来もあったはずだ。 

 夢ではないのなら、死んでしまったら、きっとそのまま"死ぬ"。

 ゲームのように復活するなんてありえない。

 

「ほんとに冗談じゃないぞ……」


 死にたくない。

 必死で足掻いて、生き抜かなければならない。

 しかし大和はただの会社員だ。

 彼らのように、魔法を扱うような力はない。

 

「どうすればいいんだ。主人公にすがる……? いや、無理だろさすがに……」


 自問自答するも、答えはなかなか出てこない。


「ああっ、あなたは……!?」


 ため息をついたその時に、誰かが目の前で声をこぼした。

 大和が視線を上げる。

 紙パックのジュースを咥えた少女が、大和に視線を見てわなわなと震えていた。

 声をあげてすぐに、ジュースを取り落としそうになって、慌てて持ち直した。


「おととっ……あ、あぶなかったです」


 両手でキャッチして、何事もなく紙パックを受け止めた彼女は、ほっとした表情を浮かべた。

 中身が飛び出ることはなかったようだ。

 ……かと思うと、ギギギ、と首を回して大和を見てくる。


「ええっと……?」

「ど、どうも。おはようございます、です」


 大和より少し背の低い、爽やかな制服を着た青髪の少女は、引きつった笑顔だ。

 

(あの子だ)


 大和は一瞬で確信した。

 魔法少女でない姿を、現実で見るのは初めてだったが、見間違えるはずがない。

 大和がずっと大切に思ってきた、そして、迷惑をかけた"彼女"で間違いない。 


「あ、あのっ」

「はい!」


 前のめりになって声を出すと、彼女は驚いているみたいに、一歩さがった。

 ここで言わなければと、そう思った。

 姿勢を正して、全力で、思い切り頭を下げた。


「このあいだは、ほんとに、ごめんなさいっ!」

「えっ」


 謝罪を聞いた彼女は、動きをぴたりと止めた。

 大和は頭を上げなかった。


「あ、あの……誰かと間違えていませんか?」

「え。でも、この前の子だろ……?」

「ちょ、ちょっと向こうに来てください!」

「あ、うん」


 少し焦ったように、青色の髪の少女は周囲を確認した。

 誰も見ていないことを確認してから、急いで紙パックのジュースを飲み干し、「そいっ!」と投擲。少し離れた場所にあったゴミ箱へのシュートに成功する。


 手を掴まれ、引っ張られて、空き教室に連れて行かれた。そのまま扉が閉じられる。

 椅子と机が後に詰められた空の教室は、もの悲しい雰囲気だ。

 ぽつんと、少女と二人きりになる。

 

「え、ええっと……?」


 少女は、キッとした視線を向けてくる。


「あなた、どこかでお会いしましたか?」

「え。だって……あー……この前助けてくれた人、ですよね?」


 一瞬、知り尽くした"彼女"のキャラクター名を口にしそうになった。

 だが、この世界で大和は一度も名前を聞かされていない。とっさに口をつぐんで、目を逸らし、何も知らないふりをした。

 だが、彼女は焦っているような雰囲気を消さずに、迫ってくる。


「なぜ分かったのですか」

「えっ」

「とても気をつけていたはずです。ばれるなんて、ありえません!」


 小柄な少女は、すごい剣幕で迫ってくる。

 だが、大和にはその意図が分からない。

 なんでそんなに焦っているんだ?

 ずいと可愛らしい顔を近づけて、遠慮なく詰め寄ってきた。


「さあ吐いてください! どこで、正体を見破ったのですか!?」

「ちょ、ちょ」


 大和は後ずさる。

 いつの間にか壁際まで追い詰められていた。

 夢にまで見た彼女と、体が触れ合ってしまいそうだ。ファンとしては、推しに迫られて天に登るほどに嬉しいことだが、こんな状況ではさすがに嬉しくない。


「もう、逃がしませんよ! 吐け!」


 似つかわしくない言葉遣いで、大和の体を掴んでゆさぶってきた。


「いや、ほんと待って。俺は何を答えればいいんだ?」

「さっき、助けてもらったって言ってたじゃないですか!」

「だってそれは、助けてもらったから……」

「人違いです!」

「いや、違わないって! 街に出ているところを助けてもらったじゃん!」

「ほら! 正体ばれてるじゃないですか!」


 がるる、と歯を剥いた少女は決して譲らない。

 その様子を見て、大和はようやく、自分が何かを見落としていることに気がついた。


 何かが決定的にすれ違っている。

 考え始めて――記憶の片隅から呼び出してきた記憶で、息を呑んだ。


「っ……!」


 しまった、と思った。

 とびきりの、失態を犯してしまったかもしれない。


(や、やば……っ)


 背筋に嫌な汗が流れる。

 なぜならアルプロでその"設定"が出てきたのは、最初期の頃だけだった。いつも、"正体を知っている"のが当然のように物語が進んでいたため、すっかり忘れてしまっていた。


「あなたの前に、"この姿"で現れたのは、初めてのはずですっ!」


 彼女は、なぜ正体がばれてしまったのか理解できない。だから、焦った様子で大和を問いただそうとしてくる。



 ――意図せずに、"魔法少女"としての姿と、学生の姿を一致させてしまった。



 つまりは、絶対に知るはずのないことを、当然のように語ってしまっていたのだ。



 アルプロで登場する美少女キャラクターは、すべからく"魔法少女"に変身することができる。そのため学生の姿と、魔法少女の姿の、二種類が存在することになる。


 プレイヤーから見れば、どちらの姿も、違うようには見えない。

 イラストの特徴や、声優の特徴的な喋り方から、同じキャラであることは一目でわかる。


 しかし、ゲーム内の登場人物の事情はまるで違う。

 だが、どんなに似ていても、キャラクター同士では正体を暴けない。だから理由を知ることに必死なのだ。


「お願いですから、答えてください! 死活問題なんです!」

 

 彼女は訳あって、自分の正体を隠したがっている魔法少女だ。だから人一倍必死になって、肩を揺さぶってまで問いただそうとしてくる。


(どうしよう。さすがに理由は話せないだろ……!?)


 大和が、少女が"魔法少女"だと知っているのは、自分がプレイヤーだったからだ。

 馬鹿正直に言えるはずがない。


「え、ええっと……」

「なんですか!?」


 何か納得できる理由がなければ、絶対に、この場から返してくれない雰囲気だ。

 とっさに、言い訳を絞り出した。


「ま、魔法……とか」

「へっ」


 涙目になっていた彼女は、やっと揺さぶるのをやめた。

 まじまじと見つめてくる。


「魔法、ですか?」

「え、ええっと。魔法少女の正体が分かっちゃったりする魔法が、実は、使えるんだ……」

「なんですかそれは!?」


 腕を鳩のように後ろに回し、目を丸くして、びっくりしていた。

 ゲームCGでさえ見たことのない、あまりに可愛らしい反応だ。


「と、ということは、学園の誰にも正体はばれていない……ということですか?」


 どうやら、嘘を、あっさり信じてくれたらしい。

 個人が使える"魔法"が情報漏洩の元凶なら、話さなければ、ばれないことになる。心配を解消するべく、うんうんと、頷いた。


「俺は誰にも話してない。それ以前にそんな相手もいないし」

「よ、よかったです」


 ようやく少女は肩を下ろした。

 少しして、じっと目を細めて確認してくる。


「あなたも、あの場所にいたということは、あの夜を秘密にしたいですよね」

「ああ」

「では、お互い誰にも話さない、ということでいいのでしょうか」

「うん。そのつもりだけど」


 元々自分の不利になることだし、最初から大和は、"彼女"の不利になることをするつもりはない。

 血迷って危険地帯に出たことが知られれば、おおごとだ。密告をする理由なんてひとつもない。


「これで口封じは完璧です……!」


 そんな内心を知らない"彼女"は、ほっとしたように、腕を組んで頷いた。

 それから唐突に思い出したように、顔を上げて視線を合わせてきた。


「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでした」


 ずっと片思いしていた"彼女"は、それまでと違って、多少フレンドリーな風に話しかけてくる。

 直接視線を合わせた瞬間に、胸が高なった。

 な、名前を言うのか。

 思わず声がひきつった。


「鳥居っ、大和です」

「そうですか。八咫やた純連すみれといいます。あだ名は募集中なので、お好きに、気軽にお呼びください!」


 ふんすと。

 無い胸を張りって名乗りをあげた。

 緊張していた大和だが、そんな自慢げな"彼女"に感動を隠せない。思わずこの場で、神に感謝しそうになった。


「おっと、こんなことをしている場合じゃありませんね」


 だが、少ししてから純連は、思い出したように指先を立てる。


「まだあなたには、聞かなければいけないことがあるのですよ」

「いろいろって……?」


 大和は、何か厄介なことを尋ねられそうだと身構える。

 例えば、あの時外にいた理由を尋ねられたらどうしようとか、いろいろな考えがよぎった。 

 しかしそこで、廊下が静かになってきたことに気がつく。

 

「あれ……?」

 

 確認のために壁の上を見上げた。

 そして、血の気が引いた。

 

「ちょっと待って」

「何ですか? まだ話は終わっていませんが」

「入学式、始まってないか……?」

「へ」


 指さした先には、時計がかかっている。

 九時を、もう一分過ぎている。

 お互いに目を丸くして、顔を見合わせる。それから廊下を覗くと、あれほどいた人の気配は皆無だ。

 さぁっ、と青ざめた。

 純連の決断は早かった。


「話はまた、後で聞かせてもらいますっ。さらばです!」

「あっ待ってくれ!? 俺も行かなきゃいけないんだ! 置いていかないで!」


 先に駆け出していった純連を、大和が遅れて追いかけた。廊下を全力ダッシュし、入学式に間に合うように走った。


 しかし、当然、間に合うはずもない。

 既に開始されていた入学式の会場の前で、二人並んで、こっぴどく黒服の大人に叱られたのであった。 

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