第2話 転移者と国家公務員
殺風景な部屋の中、国防省所属を名乗る公務員・厳しめ系OLの
(どうなってるんだよ、これは……!)
大和は焦っていた。
理解が追いつかないせいで、さっきから相手の話も頭に入ってこない。
ちゃぶ台の上には、用意された書類が、整頓されて置かれている。
説明を終えた篠井は、顔を上げて、視線を合わせてきた。
「これで説明は以上ですが。何か、わからないところでも?」
(山ほどあるよ!)
やけっぱちに返したくなるのを、ぐっとこらえた。
今、何より大和が尋ねたかったのは、目の前の相手の正体についてだ。しかしそれは、事情があって聞けなかった。
なぜなら大和は、目の前の女性を知っていた。
職場の仕事仲間とか、知り合いとか、あるいはテレビに出ていたとか、そういった形ではない。
アルカディア・プロジェクトの『ゲーム内』に出演していたことを、思い出したのだ。
主要キャラではないが、ストーリーの最中に、お助けキャラのような立ち位置で、たびたび登場する人物として描かれていた。
要するに。篠井瑞穂は、架空の人物。
そのはずなのだ。
「……俺、どうしてここにいるんですか」
「あなたが、魔法の適合者である可能性があるためです」
記憶にある”立ち絵”と違わない姿の女性は、大和の問いに返した。
表情は笑っていない。突然、"魔法"などというファンタジー極まりない用語が出てきて、大和はわずかに動揺する。
(まさか、現実が嫌すぎて、とうとう覚めない夢を見ているのか?)
こっそり、ちゃぶ台の下で膝をつねってみた。
しっかりと痛みが伝わってくるだけで、夢が覚めるような気配はない。
「調子が悪いように見えますが、大丈夫ですか」
「……はい」
絞るように返すのが、精一杯だった。
内心を素直に語れるはずがなかった。
「時間もありませんので、手早く話を進めてしまいましょう」
篠井も、本調子でない大和を気遣ってか、手早く終わるように、急ぎ足で話を進めていく。
「貴方は国家によって選ばれた"適合可能性者"。平たく言えば、魔法が使える可能性のある方のことです」
「はい……」
「現在の我が国は、未知の敵性生物に侵攻を受けています。すでにご存知かとは思いますが、国家も様々な対策を行っていて――」
やはり篠井は、ゲームの中の設定を、本当にあることのように語った。
魔法だの、敵性生物だの、現実ではありえない言葉が当然のように飛び交った。
だが、途中から言葉の半分以上が、大和の耳からこぼれ落ちる。
かわりに、深い思考の中に没頭していった。
「これに対抗するべく、特別な才能を持った存在を集めていて――」
手に汗が滲む。
ここが夢だというのなら、早く目覚めなければならない。
大和には、そうやって焦る事情があった。
(仕事に行かないと。早く行かないと、上司に殺される)
何はともあれ、これは夢だ。
なら今すぐに夢から覚めないと、とんでもないことになる。クビになったら、明日から生きるための場所がなくなってしまうのだ。
頼れる家族も、友人もいない。
そんな大和にとって、唯一の生命線が断たれることは、死に等しい。
辛くて死にたいと願ったことはあるが、こんな形でそうなるのはごめんだった。
「今は大切な説明をしているところです。聞いていますか?」
「えっ……あ、すみません」
不審な態度をとがめられ、まったく聞いていなかった大和は飛びあがった。
篠井は呆れた態度で、抱えていたタブレットを置いた。
「現在の国家では、敵性生物に対抗するべく、国民の中から才能を持つ者を集めています」
「はい……」
「あなたも候補の一人として、これからは専門の学園に通っていただくことになります。ここまでは、よろしいですね」
よろしくない。
だが、そう言うわけにもいかない。
唇を結んでこらえた。
篠井の口から語られる設定は、全て"アルプロ"のものだ。
確かめる意味を込めて、逆に質問を投げかけた。
「俺に、魔法の才能があるってことですか?」
「そういうことになります。詳細なデータは、こちらから確認できませんが」
手元のタブレットを確認した篠井の返答に、大和は肩を落とした。
(……どういう状況なんだよ、ほんとに)
自分の立場がわからず、困り果てていた。
なぜこんなに鮮明な夢を見ているのか、何もかも意味がわからない。
魔法が使える?
そんな馬鹿馬鹿しいことがあるはずない。
「では、これからの生活のため、こちらをお渡ししておきます」
篠井は、自前の黒色の鞄から取り出したものを、ちゃぶ台に置いた。
一つは、スマートフォンの写真が印刷された箱。
もう一つが、名前だけが空欄の契約書だ。
「専用の小型スマートフォン端末と契約書です。内容に問題がなければ、そちらに、サインをお願いします」
大和は渡されるまま、契約書を取った。
内容にざっと目を通すと、法律などの、難しく、複雑な単語ばかりが書かれていることが分かった。
(わからん……)
全年齢対象のゲームとは思えないほどの煩雑さだ。
難解すぎて半分も読み取れないことが分かって、頭を抑える。
だが、新しく思い出したこともあった。
アルプロの最初でユーザー名を決めるときの演出が、契約書のサインという形をとっていたはずだ。
(今はとりあえず名前を書くしかないか)
とりあえず、素直に本名を書き込んだ。
名前を確認した篠井は、ざっと目を通してから、鞄にしまう。
「この部屋や家具は引き続き、自由にお使いください。そちらのスマートフォンは絶対に紛失しないように、注意願います」
「あの……このスマホって、何に使うんですか?」
「この地区では基本的に、外部へのアクセスが遮断されます。かわりに専用のサーバから、内部の情報共有用SNSや、危険区域マップなどにアクセスできます。初回起動すると、案内が表示されますので、参考にしてください」
言われるまま、実際に箱から取り出して、スマートフォンを起動してみた。
すると、即座に画面に明かりがついた。
画面には、すでに自分の名前が登録されている。簡単な篠井のレクチャーを受けながら、アプリの内容を把握していく。
(ゲームでは細かく描写されなかったのに。すごい作り込まれてるな……)
機械を操作しながら、思わず感心した。
すごく丁寧に作り込まれている。
もし夢だったと言われたら、自分の想像力の高さに驚愕する程度の出来栄えだ。
「ではこれで。次の方の所に行かなければなりませんので、失礼します」
「あっ……」
説明を終えた篠井は、机に出していた書類を片付けて、すっと立ち去った。
大和はスマホを置いて、追いかけて引き留めようとした。
だが、理由が思いつかない。
そのまま玄関の扉を閉じる音が響いて、大和は一人ぼっちになる。
伸ばした手は虚空を彷徨ったあと、引っ込んだ。
「…………どうなってるんだ」
ゲームのキャラクターが現実にいた。
外の景色も、ゲームで見たものと同じだ。
大和は、篠井の残していった書類を手に取ってみる。
物語の舞台となる学園への切符だ。
「国立桜花学園、入学手引き……」
壁を見ると、都合よく、男子用の学生服がかけられている。
架空の学園の校舎を描いた書類を抱いて、絞るように言った。
「……なんだよ。この都合のいい夢は」
受け入れることができない。
社畜を続けすぎて、自分は、おかしくなってしまったのだ。
これだけ長く夢を見ているなら、現実では昼頃を過ぎているかもしれない。
目覚めてしまえば、いつもの日常が戻ってくる。
その瞬間を想像するのが怖くて、抱きかかえた書類が音を立てて曲がった。
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